領都へ(ルーク視点)
少し話が戻ります。
はやる気持ちを抑えながらも、私たちは無事シーベルへと着いた。タッカー伯のところまで迎えが来ていたのには驚いたが、キングダムから辺境へと客人が来るのはまれな事。最上級の礼を持って迎えたいという事なのだろう。そのためタッカー伯のところでゆっくりする機会がなかったのは残念だが、早めに行って領都のようすを見ておくのは悪いことではない。
しかし、この迎えはなんだ。
「ほうほう、なるほど四侯とはこうもうるわしい。宝玉よりなお透明な淡紫の瞳に、こちらは初夏の空のような青さ、さすが四侯ですぞ。さすが」
このうるさいでっぷりと太った男が迎えだとは。王都では四侯と言われることはあっても、瞳の色をこれほどまでに言われることはない。正直なところ、うるさい。
竜車に同乗すべきと主張された時はどうするかと思ったが、そこはギルが断ってくれた。
「我らが一人で竜にも乗れないと言いたいのですか」
と背を伸ばしている姿は、さすが年上と思ったものだ。もっともその後で、褒めてくれという目で見てきたのは無視した。まだ早いのではないかと言われながらも騎竜の訓練をしていて本当によかった。
シーベルの町は、領都とはいえキングダムの王都とは比べるべきもなく、小さくまとまったものだった。南側に果てしなく広がる草原は王都付近では見ることもないもので、その雄大な景色はいつまでも見ていたいほどだった。
北側に目を向けると間近に山脈が迫っているように見える。実際にはそれほど近くはないらしいのだが、西側に湖があるほかは平たんな王都と比べるとこれも珍しい景色ではある。しかし、その山脈が虚族を生む。夏に行ったファーランドもそうだが、家々はがっしりと建てられ、窓は小さく、家々の間隔も狭い。
城には特に驚いた。城自体は特段小さいとは思わないが、とにかく庭が狭い。いや、町中に比べれば広いことは広いが、これではオールバンスの庭のほうが広いくらいではないか。
「いやいや、広い所が見たいならば日中に草原にでも行けばよいのです。北の山脈にほど近いシーベルでは、夜に虚族が現れることもある。それは城も変わりないのですぞ。だからこそ、いざという時建物に逃げ込めるような作りになっているのです」
あちこちに物珍しそうに目をやる私に、太った副宰相がふうふう汗を拭きながらそんな説明をしてくれた。どうやらただの無能というわけでもないらしい。
民へのお披露目も兼ねているのか、私達の隊列は町の大通りをゆっくりと進んでいく。何のために我らがシーベルの町に来たのかは民には知らされていない。ただ、行方不明になった幼い妹を迎えに、同じように幼い四侯の跡継ぎが来るという、おそらくそういう涙を誘う話になっているのだろう。
それだけではなく、四侯のもう一家が自分の血筋を捜していると、そしてその捜索にウェスターの第二王子がかかわっていると。そのドラマに熱狂して大通りに並ぶ民のなかの、たまたま目があった赤子を抱えた母親にリアを思い出し、思わず口の端がほころぶ。
その母親は手を口に当て、なぜか泣き崩れた。赤子は大丈夫か。その周りの若い者たちは涙を流して大きく手を振る始末だ。
「おい、ルーク、うかつに笑うんじゃねえよ」
「笑ったのではありません。思わず口元が緩んだだけです」
「学院でもお前、すげー人気なのわかってるんだろ。もっと自覚を持って行動しろよ」
「なんですかそれは。ほかの人がどう思っていようと私には関係ありませんよ」
「そういうとこ、オールバンスのご当主にそっくりだよな」
それは心外である。私はお父様を尊敬はしているが、そのふるまいをすべて肯定しているわけではないし、真似したくないと思うことさえあるのだから。
しかし、もっと自覚を持って行動しろとギルが言うのなら、そうしようではないか。
「自覚を持って、ですか。ではギル、責任を取ってくださいね」
「責任? 何のことだ?」
「さあ、私に合わせてください」
「は?」
ギルと竜の上で仲良さそうに話しているようすそのものも民には受けていたが、私はギルから民に目を向けると、にっこりと微笑んで手を振った。
「キャー!」
途端に歓声が大きくなった。
「ルーク、お前!」
「さあ、ギル、責任を取ってください。自覚をもつのです、さあ、笑って」
「くっそ、後で覚えていろよ」
ギルも多少引きつりながらも微笑んで手を振る。歓声は一層大きくなったが、やめるにやめられず、城に入るまで手を振り続ける羽目になったのはギルのせいだということにしておこう。
「やれやれ、ひどい目に遭った」
「自覚を持てと言ったギルのせいです。自業自得でしょう」
「ひっど、ひどいやつだよルークは」
「ふん」
いちいち取り合っていたら日が暮れる。城に入ると休む間もなく謁見になった。これはこちらの希望である。リアがこちらに着くのはおそらくまだ先であると思われるが、ついたらすぐにキングダムに連れて帰りたい。それに、四侯の跡継ぎである自分たちが長くキングダムを離れているのはやはり望ましくないからだ。
先に済ませられることはすべて済ませておきたかった。
謁見の間に入ると、ずらりと並んだ貴族が目に入る。私達は副宰相のハーマンに導かれてウェスターの王とその傍らに立つ王子の前まで進んだ。王も王子も、話に聞いていた通り、濃い金髪に濃い紫の瞳をしていた。もしかするとオールバンスと祖先は同じなのかもしれぬとお父様も言っていた通り、親戚と言えばそれで通るほどにはオールバンスの一族とは似た雰囲気ではあった。
キングダムでも王と四侯は対等であり、臣下という立場であっても膝を折ることはない。私達は右手を胸に当て、軽く頭を下げた。それが不敬にみえるのだろうか、居並ぶ貴族にざわめきが起きる。しかしそれを王が片手で制し、そのままこちらに挨拶をした。お互い初対面の挨拶を済ませると、王は少し砕けた調子になった。
「こちらの要請とはいえ、キングダムからよく来てくれた。道中はいかがだっただろうか。ご家族は確かにこちらに向かっているとのこと。あと5,6日ほどで着くだろう。それまでゆるりと過ごされるがよい」
「ありがとうございます。しかし、遊びに来たのではありません。すべきことはすべきこととして、今日にでも始めたいのですが」
その王にギルは簡潔に答えた。社交で来たわけではないことをはっきりさせるつもりなのだろう。居並ぶ貴族からも、ウェスターの王家が、めったにない四侯の訪問を効果的に利用しようとしていることは伝わってくる。煩わしい付き合いは最低限に抑えたい。
リアの確保と、ギルの叔父の確保。これはどちらが重要という位置づけはない。心情的にはもちろんリアだが、対外的には血筋の確保という意味では価値は同等だ。したがって、対応は年齢の高いギルが中心となる。私は添え物でいいから楽なものだ。そのギルに今度は傍らに立つ王子が答えた。
「ほう。こちらとしてはありがたいですが、せっかくウェスターに来たのですから、あちこち見て回るのも一興かと。詳しくはまた明日ということで」
「では明日。さっそく用を済ませたいものです」
時間をかけるべきという王子と、やるべきことを済ませると主張するギル。さっそく見えない火花が散っている。それより早く、リアに会いたいのだが。あと5日。私はそっとため息をついた。
次の更新は月曜日。ルーク視点続きます。
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