リアのセバス
どうも昼寝をしていたらしい私が起きたとき、部屋のみんなは疲れ果てた顔をしていた。どうしたんだろう。私自身も泣きながら眠ったせいか、少し目が腫れているような気がした。
「リーリア様、これを目に当てましょうね」
「あい」
ドリーが暖かいタオルを顔に当ててくれた。
「リア、おいで」
「あい、にーに」
私はとことこと兄さまのもとに歩いていった。
「よっと」
兄さまは掛け声をかけて私を膝に持ち上げた。
「ほんとにかわいがってるなあ」
バートがその様子を感心したように見ている。
「ええ、リアは私たちの光ですから」
「あれだ、父さん大変だったんじゃねえのか」
そううっかり言ってしまったのはやっぱりミルだった。
「おとうしゃま」
会いたい。そういう気持ちを込めて兄さまを見上げると、兄さまは優しく頷いた。
「ええ、リア。お父様は嘆かれて大変だったのですよ。それこそ、ウェスターが悪手を打てば、国ごと息の根を止めようとするほどには」
「あ、あい」
さらりと怖いことを言った。幼児にどう返事をしろというのか。
「いけません、私としたことが、リアが大変だったことに驚きすぎてつまらないことを口に出してしまいました」
「あ、あい」
まったくフォローになってないからね。
「その辺にしとけよ。八つ当たりだろ、ルーク」
「すみませんね、子どもっぽくて」
ギルの注意に兄さまは少しすねたような顔をした。その向こうではヒューが少し渋い顔をしている。トレントフォースにいたあの時、私がついていかない選択をしたら今頃ウェスターはとても困ったことになっていただろう。
「リア、リアが休んでいる間に、バートたちにいろいろ聞いていたのですよ。正直、幼児を連れて狩りに出歩いていたなど信じたくないという気持ちも強いです。しかし、一緒に行かなかったせいでさらわれた話も聞きました」
「あい。わりゅいひと、いた」
兄さまは私の頭をそっと撫でた。
「しかし無茶をしすぎです。頑張ったこと、無茶したこと、どちらもお父様にきちんと話して、ちゃんと怒られましょうね」
「あい」
仕方のないことだ。私はふうっとため息をついた。
「では、リア、セバスの話をしましょうか」
「あい!」
兄さまは私を抱えたまま立ち上がると、そっとソファに座らせ、私の前に膝をつき、目を合わせた。兄さまの淡紫の目が少し揺れた。
「セバスは、もう屋敷にはいないのです」
「どうちて」
どうしてだろう。セバスは確かに私の面倒をよく見てくれていたが、基本的にはお屋敷の執事の仕事だったはずだ。
「リアがさらわれてすぐに、行方不明になりました。どうやらハンナの家族を連れてどこかに逃げたようです」
「はんな」
私の胸は少し痛んだが、セバスが行方不明ということが気になる。部屋には沈黙が落ちた。
なぜセバスはいなくなった。私は視線を下に落として考えた。
ハンナ、マシュー。薬。
お母さん、お仕事、レミントン。
「にーに、れみんとん、にゃに? わりゅい?」
私の言葉に兄さまは首を横に振った。
「レミントンは四侯の一つ。そして、いいえ、今のところ直接の関与の証拠はありません」
ということは、ハンナのお母さんは別に仕事を辞める必要はなかったはずだ。それなのにハンナはそのために罪を犯した。犯した罪は償わねばならない。罪人の家族は、どうなる? そしてセバスはどんな人だった?
「せばしゅ、りあのため」
私は兄さまの目をまっすぐに見つめた。
「りあのため、いにゃくなった」
奥でジュードが天を仰ぎ、兄さまは私の両手を自分の手に重ねて静かに額に当て、目をつぶった。
「リアは疑いもしないのですね、セバスのことを」
「せばしゅ、おとうしゃま、りあ、だいじ。にーに、だいじ」
当たり前のことだ。誰も大事にしてくれなかった時から、私を抱いてくれた人。
「せばしゅ、はじめて、りーりあ、よびまちた」
「リア、本当に悲しい思いをさせました!」
兄さまは許しを請うように私の膝に顔を埋めた。私は兄さまのきれいな金髪の頭をそっとなでた。
「だいじょぶ。だいじょぶよ」
そしてジュードを見た。
「せばしゅ、たしゅける」
ジュードは大きく頷いた。
「ルーク様、私がリーリア様にお話ししても?」
「かまいません」
ジュードはルークの隣にひざまずいた。
「リーリア様、ご無事でようございました」
「あい」
「セバスはご当主様がリア様を助けに向かった方向を避け、王都から東回りで、どうやらこのウェスターの町に入ったようなのです」
「ここ」
「はい」
セバスが来ている。
「理由はともかく、このシーベルが今魔力もちを集めているという噂を聞きつけたものと思われます。キングダムではごくありふれた魔力もちでも、辺境ではかなりの魔力もちということになりますから」
確かにセバスにもハンナにも、お父様には全く及ばないが魔力はあった。
「ウェスターの王家にも協力してもらい、ひそかに探しています。キングダムに連れ帰ることはできませんが、せめて退職金、つまり安楽な暮らしをとの、ご当主の命にございます」
「あい」
返事はしたものの、それではお屋敷に帰ってももうセバスもハンナもいないことになる。私の小さな世界はそのままではなかったのだ。そして。
私はアリスターとバートのほうをちらりと見た。この人たちとも離れなければいけないのだ。その時、兄さまは立ち上がると少し移動して私の視線をさえぎった。
「では、謁見は予定通り明日にしてもらい、今日は家族で過ごさせていただきます。リアも疲れたことでしょうし」
「そういう予定だと聞いている。狩人一行にも部屋が用意してある。それぞれ案内させよう」
ヒュー王子の声でみんなガタガタと席を立った。私の周りにはわらわらとバートたちが寄ってきて、それぞれ頭を撫でて行った。兄さまがそばにいてもお構いなしだ。最後にアリスターが私に手を伸ばし、手をつなごうとして、はっと手を引っ込め、ぎこちなく頭を撫でた。
そう言えばアリスターは少しは年が近いからか、いつも手をつないでいたけれど、頭をなでたりはほとんどしなかった。
「よかったな、リア」
そう言って、何かを振り切るようにくるりと背を向け、入り口で待っているバートたちの後を追った。
「ちょっと待て、叔父上」
しかしその背に、ギルから声がかかった。叔父上と呼んでいるのに、ちょっと待てとは失礼ではないか?
「それは俺のことですか」
「そうだ、叔父上」
「俺はアリスターだ」
「ではアリスター」
ギルは躊躇なく呼び捨てにした。
「さきほど、ルークが言ったことを聞いていただろう。今日は家族で過ごすと」
「だからリアは兄さんと一緒に」
「馬鹿かお前は。お前と俺も家族ということになる。お前は俺と一緒の部屋だ」
「はあ?」
アリスターはぽかんと口を開けた。そんなアリスターの横にギルが歩み寄る。
「来い」
「え、嫌だ」
反射的に出た拒絶に、ギルはため息をついてバートを見た。
「バートとやら。頼む」
「え、俺? 俺が説得すんの?」
バートはちょっと後ろに下がったが、頭をバリバリかくと、
「なあ、アリスター。こいつの言うことももっともだと思う。お前ちょっと、行ってこい」
「バート!」
「俺たちは黙っていなくなったりしねえよ。何のために領都まで来たと思う」
アリスターのため。アリスターははっと目を見開き、渋々頷いた。
「よし、ついてこい!」
「命令するな!」
二人は喧嘩しながら先に行ってしまった。
「ありしゅた」
「心配いりません。ギルはいいやつですよ」
「あい」
私はソファから降ろされ、兄さまと手をつないだ。
「まだ話し足りないことがたくさんあります」
「りあも」
「さあ、行きましょう」
「あい」
つないだ手は温かかった。
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