冷や汗
【ご報告】「転生幼女」書籍化します!
王子と兄さま、それにギルは初対面だったが、食事の時にすでにお互いに挨拶は済ませていたので、部屋にいるものは一応皆顔見知りということになる。
「リア、つらいでしょうがさらわれた時のことを話すことができますか」
「あい」
ここにハーマンがいたらきっと、
「幼児に何を聞いていらっしゃるのか、ばかばかしい」
とでも言っていただろうが今周りにいるのは気心の知れた人だけだ。私がはいと返事をしたのを不思議に思う人はいなかった。
「構わなければ、ルークさん」
バートが口を挟んだ。
「俺たちが一度リアから話を聞いているんだ。まさか幼児が覚えていると思わなかったから驚いたが。俺たちが話して、リアに確認を取っていく方が早いかもしれない」
「リア?」
兄さまは私にどうするという顔をした。
「しょれ、いい」
「そうですか。では、バート、殿下も、お願いします」
「わかった」
バートは一瞬額に手をやって、何かを思い出すような顔をした。
「俺たちが国境で出会ったところから、いや、最初からがいいだろうな」
私達が出会った状況はけっこうつらいということなのか、兄さまの知りたいところからということなのか。
「リアが言うには、ハンナというメイドに夜起こされて、気がついたら竜のかごに乗せられていたらしい」
「やはり、ハンナでしたか」
兄さまは少しつらそうな顔をし、ジュードは一瞬目を閉じた。
「ずっと走り続けたと」
「ぱんと、みじゅ。おいも、おやちゅ、にゃい」
「ああ、リア」
兄さまは思わず立ち上がって私を抱きしめ、膝に乗せて座り直した。
「はんな、どうちて、わたちも、いった。ましゅー、くしゅり。れみんとん、おかあしゃん、やめる」
思い出したことをどんどん話していく。
「はんな、ちゅらい」
兄さまは頷いて、ジュードと目を合わせた。おそらく、調査の通りなのだろう。
「犯人の顔は覚えていますか」
「あい。みたら、わかりゅ」
それからこまごましたことをきかれ、答えられるだけ答えた。
「国境間近でリアと接触したことはお父様から詳しく聞いています。お父様と警護隊をラグ竜が敵と判断し、逃げたらしいとも」
「それについては俺が説明できる」
バートが手を上げた。
「ラグ竜の仮親という習性らしい。親からはぐれた個体を、ラグ竜が自分たちの群れの一員として育てようとする。リアはそう判断され、いつでもラグ竜に大事に、ぷっ、そう大事にされていた」
アリスターも王子も含め、ウェスター組は微妙に笑いをこらえている。失礼な。
「牧場に連れて行かれそうになって焦ったりもしたよ。リアを返してくれなくて」
「それほどですか。私もラグ竜には好かれるようなのですが、そこまでではありませんね」
「アリスターもラグ竜には好かれるよな」
ギルがそれを聞いてハッとした顔をした。心当たりがあるのかもしれない。しかし、何も言わずに黙って話を聞いている。
「そこからはあまり聞かなかったから推測になる。まず、俺たちが見つけたのは、おそらく犯罪者と思われる男たちとラグ竜の遺体だ。虚族にやられていた」
私を抱えている兄さまの手がピクリとした。
「そんな時は身元がわかるものがあれば通報するが、そうでなければ金目のものを頂いて放置だ。だがな、ラグ竜が何かをかばうように死んでいて、そのかばったものは女の子でなあ。その子もすでに亡くなっていた。それがハンナらしい。そしてその女の子をよけると、そこにリアがいたんだ」
「そんなことが……」
兄さまは私の頭に顔をうずめた。
「最初、その子どももダメかと思ったんだが、ラグ竜が表に返してくれて、それで生きてるとわかった」
「感謝を、ただ感謝を」
兄さまの声が震える。
「なに、偶然さ。助けると決めて面倒を見ていたのはアリスターだからな」
「アリスター」
兄さまが私を離さないというように強く抱いた。
「ありがとう、アリスター、ありがとう」
「いや、別にいいんだ」
アリスターが照れたように頷いた。
「おひしゃまのした、ありゅけにゃい。ごめなしゃい、はんな、いった」
私の言葉に部屋に沈黙がおちた。
「しじゅかにって。りあのしょばで、ちあわしぇでちた、いった」
声が震えた。
「きょぞく、ぶん、ちて、はんな、ぎゅってちて、あしゃがきまちた」
私はがんばった。
「はんな、ちかたにゃかった。はんな、あおいめ、きれい。いちゅも、わらった。りあ、だいしゅき。はんな、はんなは」
もう何を言っているのかわからなかった。
「わあ、わーん、はんな、はんな」
突然泣き出した幼児を誰が止められるだろう。驚いて固まる兄さまから、ミルが私をそっと抱き上げた。
「リア!」
「ルークさん、リアをとったりしねえよ。ちょっとあやすだけだ。ほら、リア」
「うえっ、ひっく」
「泣いていいんだ、泣いていいんだよ」
「わーん」
いつも眠い時に抱いていてくれたミルにしがみついて泣いた。
「そのすぐ後だった。虚族がまた出たのは」
バートが話しだす。
「倒れていた女の子の姿をしていた。隠れていろと言ったんだが、リアは隠れなかった。その姿をした虚族がローダライトで切られるのを見ていたんだ」
「そんな」
「その時と、熱を出した時くらいだ。リアが泣いたのは。それから半年近く、これが四回目か。リアが泣いたのは」
大切な人だった。いくら自業自得とはいえ、私のそばにいなかったら死なずにすんだのにと何度思ったことか。振り返ったからといって自分にできることは何もなかった。それでも、胸の痛みが消えることはなかったのだから。
ハンナが死んだ時、もうなくなったと思っていた涙は、いつまでも枯れることはなかった。
☆ ☆ ☆(バート視点)
「寝ちまったぜ」
「こちらに寝かせましょう」
ミルの声にドリーがすぐ反応した。ソファーに居心地のいいように寝かせ、用意してあったタオルをかける。
「本人から、その時の状況を聞いたのは初めてなんだ。そこを聞いても仕方ないと思ったし。でも、こんなことを忘れずに抱えていたなんてなあ」
そうつぶやいた俺がリアから目を戻すと、みんな目もとを抑えて、つらそうにしている。我慢しているが、王子も目が赤い。
「常々とぼけた幼児だと思っていたが、こんな深いものを抱えていたとは」
そのつぶやきは、実の兄を前にとても失礼だと思うが。
「ルークさん、俺たちと合流してからのリアは、何かを我慢していたかもしれないが、でもいつも楽しくて元気そうだったぞ。後悔しても仕方ねえよ」
「……はい」
「そんなあんたに申し訳ないんだが、本当に面倒な話はこれからなんだ」
「……はい?」
俺はこれから話すことの多さに、思わず遠い目をしてしまった。結界箱を作動したところからか。やべ。よく考えたら王子どころじゃねえ。これは俺たちがルークさんに怒られる案件だな。
リアが寝てしまってよかったかもしれない。俺は若干冷や汗をかきながら、話し始めた。
「じゃあ、まずリアが結界箱を作動させたところから」
「はあ?」
ルークさんが椅子から立ち上がった。やっぱりな。話が終わるまで、俺の命はもつだろうか。
前書きの通り、「転生幼女はあきらめない」書籍化です! 時期は来年ですが、詳細は決まりしだいお知らせします。読者の皆さんが読んでくださったおかげです。ありがとうございます!リーリアが本になる!
さて、しかし、今は間近の書籍化の宣伝を。
7歳スタート。転生少女が仲間と共に成長していくワクワクする話が「この手の中を、守りたい」。
10歳スタート。忙しかった社会人が生き直す、優しい優しいお話が「異世界で癒し手はじめます」。
どちらも11月12日発売です! 作者の転生ワールド、試しに読んでみませんか?




