再会
何やらぶつぶつ言うハーマンをみんなさらりとかわして、隊列は進み始めた。竜のかごってこんなに広かっただろうか。私は思い切り息を吸いこんだ。
もう笛を鳴らして竜をはしゃがせたりはしないのだ。ここからはおとなしくして確実に領都に連れて行ってもらう。ふんふーん。ふんふんふーん。ぶんぶんと。
「キーエ」
「キーエ」
おっとしまった。つい楽しさが体の外にあふれてしまう。王子の冷たい目線に気づかないふりをして、ちゃんと座り直す。
秋の日差しが草原を暖める。タヌキとの対決で疲れた私は、いつの間にか眠っていたらしい。
「リア!」
アリスターの声がする。きっと一階ではミルが朝ご飯の支度をしている。しかしまだ眠いのである。
「リア、リア、もう少しで町だぞ!」
私ははっと目を覚ました。そうだ、もうトレントフォースではない。もう少しで領都に着くのだ。目の前には、トレントフォースとは比べ物にならないほど大きな町が見え、その奥には大きな城があり、城の背後を守るように山がそびえている。
山がすぐ側にあるのはトレントフォースも同じだ。しかしこの町には結界がない。つまり、この町は夜になると虚族の脅威にさらされやすいということだ。もっとも、竜が進むにつれ、山は実際にはかなり遠くにあることはわかった。高い山々が連なっているせいで、近くに見えていたのだ。
だとしても、なぜこんな山脈の近くに領都があるのか。平原に作れば安全だっただろうに。
そんな私の疑問は、町に近付くにつれどうでもよいものとなった。町は城壁などで囲まれてはおらず、その代わり一軒一軒が堅牢に建てられているようだ。
町の入り口にはたくさんの人が集まって歓声を上げている。
「ヒューバート様!」
「おかえりなさい!」
響く声は王子を歓迎するものが多い。王子も時折人々に手を振ったりしていて、なかなか王子らしい。その目がちらっと私を見て、何か言いたげに細められた。
「リアがそんな目で見るからだよ」
「りあ、いちゅものめ」
「いーや、絶対、ヒューも王子らしいとか思ってるだろ」
「……ブッフォ」
いつの間にか隣に並んでいたアリスターの言葉に、いつもよりうんと控えめな笑いが起きたが、護衛からだと思う。護衛失格じゃない?
その私たちのやり取りに気づいたのか、町の人々の歓声が小さくなり、やがて静まり返った。
「ありしゅたのせい」
「リアが変な顔するからだろ」
「ちてにゃい」
小声でのやり取りを見て、いっそう注目されてしまったらしい。
「リスバーンだ」
「本当に夏青の目」
「こんな短期間に二人も見るとは」
ひそひそと、だが好意的な気配がし、中には両手を胸で握りしめて、竜の上のアリスターを憧れの目で見ているものもいる。別に四侯だからといってご利益はないのに。それほど四侯が尊重されているのか、それとも兄さまたちが何かをやったのか。
「リア、その目」
「いちゅものめよ」
目をくりっと回して見せると緊張していたはずのアリスターが思わずははっと笑い、その笑顔に町の人がざわめいた。そして何に笑ったのかとかごに注目が集まった。あ、しまった。
「あら、かわいらしい」
「誰かしら」
「おお、もしかして」
かご越しで目の色まではわからないらしい。王子が竜で下がってきた。
「リーリア、見世物になってしまうが、この雰囲気ではお前を見せねば町の者の気がすむまい。外に出るか」
「ちかたにゃい」
「仕方ないってお前」
ヒューは苦笑して竜をひらりと下りた。王子の苦笑にも町の者はざわめいた。やはり王子は人気者らしい。
「ヒューバート様が笑った」
そういえば会った時は無表情だった。実は氷の王子とか呼ばれていたりして。私は思わず顔を緩めた。
そのにっこりした顔のまま、かごを開けた王子に抱っこされた。
王子は濃い金髪に、濃い紫の目をしている。つまり、色だけを見たら私と似ている。輝かしい王子をもっと明るくしたぷくぷくした幼児が、にっこりして首を傾げている。いや、抱かれた時にバランスが悪くて顔がずれただけなのだが。
おお、という声がどよめきとなって町の人々に伝わっていく。王子はやはり苦笑すると、
「すごい人気だな。私は抱きなれていないからな。バート!」
「おう」
「リアを抱いて竜に乗れるか」
「大丈夫だ」
バートのラグ竜が私のにおいをふんふん嗅ぎ、いいわよと言うように正面を向いた。手を伸ばしてバートに抱かれ、竜の上の人となる。割れんばかりの歓声だ。
「すげえな、リア。手でも振るか?」
「ふりゃない。にーに、じぇったいにゃにかちた」
「兄さんか? 確かに、そうでもなきゃこの人気の説明はつかないな。さ、動くなよ」
「あい」
正直なところ、ついいたずら心が出て手を振ってしまったのだったが、その途端歓声が大きくなって怖くなってやめた。アイドルにはなれない性質のようだ。
領都の町を練り歩く羽目になったが、次第に城は近づいてきた。兄さまはいるだろうか。不安でバートの服をぎゅっとつかんだ。バートは私の背中をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫だ。もうちょっと、もうちょっとだ」
「あい」
街並みが終わると、ぽっかりと空間が開き、大きな広場になっており、明るい色の石畳がきれいに敷かれている。町の人が来られるのは今はここまで。広場の向こうが城だ。白い城壁に大きな門、衛兵、そして門の前にはたくさんの騎士と、たぶん文官と、そして他の人よりほんの少し小さい、懐かしい人影が立っていた。
「にーに」
「今度は本物か」
「あい」
少し大きくなっただろうか。少しやせてはいないか。きちんと襟のついた貴族の服をまとい、凛と立っているその人は、確かに兄さまだ。こちらをまっすぐに見ている。
「おりりゅ」
「しかし、王子が先だとかなんだとかあるんじゃねえか」
「ばーと、おりりゅ」
「リア。わかった。クライド!」
バートがクライドを呼び、クライドが私を竜から降ろしてくれた。アリスターもひらりと竜を降りて、私の隣についてくれた。
「だっこするか、手をつなぐか?」
「だいじょぶ。ありゅく」
兄さまと一緒にいた時だって歩いていたのだ。アリスターはすっと一歩下がると私の後ろについてくれた。お兄様はさっきから私をまっすぐに見たまま動かない。
わかってる。わかっているんだ。一番最初に会った時だって、兄さまは扉の陰から動けなかった。次に会った時だって、お父様と同じ、無表情だったではないか。そしてその奥に、たくさんの愛情が渦巻いていて、いつだってそれが外に出たいと叫んでる。
でも、できない。それが兄さまだ。
だから私が行ってあげる。私は胸を張ってすたすたと歩き始めた。半年たって、よちよち歩いていたリアは、こんなに大きくなったよ、兄さま。誰も動かず、何も話さないまま、私だけがすたすたと足を進める。そして兄さまの前に立った。
「おーお、相変わらずよちよちしてんな」
「よちよちちてない!」
「お、おう、それでこそリアだ」
まったく、ギルだって背ばかり大きくなって何も変わらない。そんな私を兄さまの淡紫の目が見つめる。まったく、お父様も兄さまも臆病なんだから。私が忘れるわけないのに。
「あい! にーに!」
私は両手を伸ばした。
「リア……。リア!」
やっとお兄様が動き、私を抱きしめた。
「リア! リア!」
「にーに!」
「リア……」
私はぎゅうぎゅう抱きしめる兄さまの背中をバンバンした。出ちゃう、何かが出ちゃうから!
「ルーク、リアが苦しそうだぞ」
「え、あ」
兄さまはやっと手を緩めた。そして改めて私を抱き上げた。
「にーに、ただいま」
「おかえり、リア」
泣きそうな顔で頑張って微笑む兄さまの目から、やっぱり涙が一粒落ちた。やっと、やっと会えたね。
お待たせしました、そしてさすがに難産の回でした(苦笑)次は木曜日の予定です。土、日は「この手の中を、守りたい」、月、木は「転生幼女」水曜日は「ぶらり旅」を、金曜日は「異世界癒し手」更新しています。
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