私は私
「ふう、かごとは面倒なものだが、竜に乗るよりはいい。リーリア様は、あれですか、ウェスターはお好きですかな」
答える必要性を感じない。私は知らんぷりをした。
「それにしても、ルーク様と言い、リーリア様といい、四侯とは本当に美しい色をまとっている。どうですかな、リーリア様、私の孫に、ちょうどよい年頃の男子がおりましてな」
答える必要を感じない。だいたい一歳児に男子の話をされても困る。私は肩から掛けたラグ竜のポケットから笛を取り出した。
「なんですかなその薄汚れたぬいぐるみは。まあ、その孫がまだ五つなのですが」
「プー」
「私に似て見目もよく」
「プー、プー」
「キーエ」
ラグ竜が声を合わせる。心なしかスピードも上がっている。
「賢くて」
「プー、プー」
「キーエ」
「あ」
私の笛をタヌキは取り上げてしまった。
「かえちて」
「人の話を聞かないのはしつけの悪い子ですぞ」
子どものものを取り上げるのは悪い大人だと言いたかったが、そこまで口は回らなかった。私はぷいっとそっぽを向くと、ラグ竜のポケットからまた笛を取り出した。
「プー」
「なんと、まだ持っていたとは!」
答える必要を感じない。私は背中を向けた。
「プー、プー」
「キーエ」
「リーリア様!」
「プー」
踊れ、ラグ竜、踊れ。はしゃいでスピードを上げろ。
「キーエ!」
「プー、プー」
「キーエ!」
「キーエ!」
「な、なんでラグ竜がこんなに急いでいる! この笛のせいだな! リーリア様、やめなされ」
「プー」
「キーエ!」
「あ」
笛はまた取り上げられてしまった。なんだこの大人は。私はもう一つ笛を取り出そうとした。
「あ!」
「このぬいぐるみですかな、まったく!」
ハーマンは笛だけでなく、私からラグ竜のポシェットを取り上げた。
「かえちて!」
「悪いものが入っているぬいぐるみなどいりませんな。まったくこんな薄汚れたものは、そのかわいらしい服には似合いません」
ハーマンはそう言うと、かごの横をさっと開けてラグ竜を外にポイっと捨ててしまった。ラグ竜を。ポイっと。
「まったく、いいですか、身分の高いものは」
私はタヌキの声をさえぎり、大きな声を上げた。
「りゅう!」
「キーエ?」
「とまりぇ!」
「キーエ」
ラグ竜は一瞬戸惑い、静かに止まった。
「リーリア、どうした」
すぐにヒューがやってきた。一連のようすを見ていたはずだ。
「おりりゅ」
「しかし」
「りゅう、ひろう」
私の顔を見て、王子ははっとしてハーマンを見た。
「お前……ハーマン、何をした」
「なに、薄汚いぬいぐるみを捨てただけのことです」
「落ちたのはリアのあれか!」
「ひゅー、おりりゅ」
王子は竜を下りると、私をかごから降ろしてくれた。
「相手が四侯と言えど王子を顎で使うなどと……」
後ろから声が聞こえてくるが、答える必要を感じない。
ぬいぐるみが捨てられてからまだそんなに来ていない。私は竜がきた方向を、ぬいぐるみを捜しながらゆっくりと戻る。トレントフォースに行ってからずっと一緒だった。あれがあったからみんなと仲間でいられた。時には命だって助けてくれたではないか。薄汚くなんかない。大事なものなのだ。
「ほら」
下を向いていた私の視界に、ピンクのラグ竜が差し出された。
「ありしゅた」
「すぐ拾っといたから、汚れてない。平気だ」
「あい」
私はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「大事な竜だもんな」
「あい、ありがと」
私はアリスターを見上げた。確かにぬいぐるみは汚れていなかった。でも、アリスターのきらきらした刺繍の服は、腿の後ろのところが汚れていたし、アリスターの手は土で汚れている。その手で顔をこすったのだろう。顔にも少し泥がついていた。
落ちたぬいぐるみをすぐ拾おうとして、急いで竜から下りてくれたのだろう。だから滑って転んで、自分が汚れたんだ。
兄さまに会えると思って、浮かれてはいなかったか。嫌だと言いながら、面倒くさいと言いながら、兄さまに会うならなるべくかわいい格好でと思っていなかったか。
でも、私はこの半年間、ウェスターで過ごしたのだ。ウェスターの仲間とともに、普段着で、ちゃんと働いて。まあ、積み木もしていたが。オールバンスのリーリアは、確かにウェスターのリーリアでもあった。
兄さまには、そんな私をありのままに見せればいいではないか。突然来たタヌキに惑わされて、四侯らしくなんて言われて。
私はアリスターを見つめたまま、髪のリボンを外して捨てた。草原の風に吹かれて、すぐに金色の髪はくしゃくしゃになった。
「リア、お前」
それから服を脱ぐ。無理だった。ボタンが外せない。
「ぼたん、はじゅして、ありしゅた」
「リア」
「はじゅして」
アリスターはしぶしぶボタンをはずしてくれた。私は服を脱ぐと、座り込んで、ひらひらのついた靴下も脱いだ。そしてやっと、肌着一つになった。ポシェットをもう一度かぶると、私はくるりと振り向き、腕を組んだ。
「こりぇでいい。りゅう、ひとりで、のりゅ」
「ブッフォ」
「きゃろ!」
「す、すまん。腕、組めてねえから」
笑い事ではない。後ろでごそごそ音がしたと思ったら、アリスターが隣に立った。ジャケットとシャツをぬいで、上だけ肌着で、腕を組んでいる。
「さすがに俺はズボンは脱いじゃダメだろ」
「しょれ、だいじ」
「な」
「ブッフォ」
これは護衛のほうから聞こえた。
「なんと、野蛮な……」
タヌキがブルブル震えている。
「赤子のおもちゃをいきなり捨てるほうが野蛮だろうよ、まったく」
バートが肩をすくめる。ドリーが急いで荷物を抱えてやってきて、
「さ、今まで着ていたお召し物でございます」
と言って、普段通りの服を着せてくれた。アリスターも手渡された服をそのまま着る。
私は服を着ると、すたすたと風を切ってハーマンのところまで歩いた。竜車に乗っていた下働きが顔を出してそれを見ている。
「まあ、よちよちしてかわいらしい」
「よちよちしてにゃい!」
大事なことなので訂正しておく。
「ええ、そう、すたすた歩いておられます」
「あい」
私は頷くと止めていた足を動かした。
「はーまん」
「な、なんですかな、りーりあさま」
「りゅう、だいじ」
「しかし薄汚れて」
「だいじ」
「はあ」
言っても仕方ないとあきらめたのだろう。私はもう一押しした。
「りあは、りあ。にーに、どんなりあも、わかりゅ」
「はあ」
「きりぇいなふく、いりゃない」
「しかし」
「いりゃない」
「……はい」
私は王子のほうに振り向いた。
「ひゅー」
「なんだ」
「りゅう、のりゅ。しゅぐ、しゅっぱちゅ」
「承知した」
すぐクライドがやってきて、私を一人でラグ竜に乗せた。
「よくやった。がんばったな」
「あい」
私は、私。タヌキなんかに負けないんだから。
次は月曜日に更新出来たらいいなと。土、日は「この手の中を、守りたい」どこかで「毒にも薬にも」が入ります。
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