一つ前の町
それから一週間、どんどん町と町との間が近くなり、草原の間の街道はしっかりしたものとなり、すれ違う人やラグ竜も増えていった。領都の方向には町よりもまず山脈が見え、領都が山脈の近くにあることをうかがわせた。
つまり、虚族も多いということだ。
領都はウェスターの東端に近い所にあり、ウェスター全体を治めるのに都合のいい所ともいえないように思う。安全なだけなら、途中で狩りをしたあの町あたりが一番だっただろう。私は不思議に思った。
そんな思いとは別に、すれ違う人たちは王子一行だとわかると道をよけたり、竜を降りたりと、初めて王子の王族らしい一面も見ることとなった。勿論、途中の町の宿屋もどんどん上等なものになっていった。
「リーリア」
「あい?」
王子が何か言って来た。私はおとなしくしているつもりだ。いろいろな人とすれ違うので、あちこち見るのが結構楽しいのである。
「その目を止めろ」
「むらしゃき、かわりゃない」
「わかってる、絶対お前はわかっている」
なんのことだろう。
「ヒューもやっぱり王子だったんだなあって思ってる顔を止めろって言ってるんだよ、王子は」
「アリスター」
「なんだ」
「お前もそう思っていたのか」
「あっ」
「ぐはっ」
アリスターは横を向いた。最後の一人は護衛失格だと思う。
「まったく、せっかく領都近くまで戻ってきてやっと王族らしく敬われるかと思ったのに」
ぶつぶつ言っていて王子らしくない。
「リーリア」
「あい、ひゅー」
「もうすぐ領都だ。ちゃんと、おとなしく、いや、おとなしいことはいつもおとなしいな。つまり」
「ちゅまり?」
「そういうところだ。まったく、幼児らしくしてろ、幼児らしく」
「あーい」
「くっ」
返事をしても不満顔だ。口うるさいのである。しかし、王子をからかって楽しんでいられるのは領都のひとつ前の町までだった。
「リーリア様、あの町が領都の手前の町ですよ。急げばあと数時間で着くのですが、今日はここで泊まる予定です」
「あい」
ドリーが教えてくれる。今日も豪華な部屋だろうか。領都に近付くにつれ、町長や町の実力者が是非に四侯を見たいという要望が増え、王子も仕方なくそれに応じ、私とアリスターはさらに仕方なくそれに応じていると言った状況なのだ。
たいていの人たちは、私とアリスターが並んで立っている、あるいはアリスターの膝の上にいる私を見て、
「ほう、これが夏青と淡紫」
と言ってにこにこして終わるからいいのだが、
「これがキングダムの」
と、キングダムに対する不満を皮肉気に乗せてくるものもいて、そんな人たちと会うのはとても疲れるのだ。
もしお父様が一緒にいたら、
「なぜ私たちが会う必要がある」
と言って会いたいなどという要望は一顧だにしなかっただろうと思うと、やはり辺境の王族は大変だなあと思う。もっとも辺境の王族が大変なのではなく、お父様が変わっているだけだったと後で知ることになるのだが。
私はと言えば、アリスターにくっついて目を見開いていればいいベッドとおいしいご飯が手に入るのだから、楽な仕事だと割り切ればそこまで大変な思いをすることはなかった。
でもアリスターはそうではない。もともと貴族であることを嫌っているから、ハンターでいることを条件に渋々やってきているのだ。四侯の責任も教えられずその豊かさも享受してこなかったのに、目の色だけでもてはやされるのは何とも気持ち悪いことであるようだった。
「なあ、リア」
「あい」
「リア、嫌じゃないのか。じろじろ見られるの」
寝る前に魔力の訓練をしていたら、隣で結界を作る練習をしていたアリスターがぽつりとつぶやいた。私は比較的簡単に魔力の変質を感じることができるが、アリスターには難しいらしい。
それでも、できるようになったら狩りは無敵だぜと言って、一生懸命練習しているのだ。
「りあ、いや」
「やっぱりか。でも我慢してるよな。リアはえらいなあ」
アリスターは私の肩をぽんぽんと叩いてくれた。
「俺、時々見世物みたいですごく嫌になるんだ」
「あい、わかりゅ」
「どうしたらいいんだろうなあ」
「ごみ」
私はお父様を思い出してそう言った。さすがにゴミはないか。でもお父様なら、周りの雑音を出す人はゴミくらいに思っていそうだなあ。
「ゴミ?」
「おとうしゃま、ひとのめ、きにしにゃい」
「おとうしゃま? リアの父さんか」
「ひと、どうでもいい。だからきにしにゃい」
「どうでもいいことないだろ」
アリスターはちょっとあきれたように言った。
「しりゃないちょうちょう、ありしゅた、だいじにしにゃい。だいじにしにゃいひと、きにしにゃい」
ふう。長くしゃべれた。私は達成感を覚えた。
「だって、人って助け合って生きてるだろ」
「ちょうちょう、ありしゅた、たしゅけてない」
「ブッフォ」
同じ部屋にそっと控えていた護衛がついに噴き出した。
「アリスター様」
「なに?」
「ヒューバート様は、この国の王族ですから、民が王子を助けてくれなくても、民のためになることを考えます」
「うん」
アリスターは素直に頷いた。ただの面倒な王子ではない。むしろ、自分と言うものをなるべく出さないように押さえている立派な王子であることは、旅を通じて私もアリスターもわかっていた。
「でも、アリスター様は、四侯は立場が違いますから」
「民のことは考えなくていい?」
「考えてくれた方がいいですが」
護衛はニコッと笑った。
「リスバーンは既に跡取りがいるとか。オールバンスもそうですよね。だったら、もしキングダムでご実家で暮らしていても、アリスター様は自由だったのではないですか?」
「自由なもんか! なあ、リア」
私は自分が育っていたらどうだろうかと考えた。
「りあ、たぶん、じゆう」
「リア」
アリスターは裏切られたような顔をした。
「ありしゅた」
「なんだ?」
「ちから、ありゅ、ちかたにゃい」
「仕方ない、けど」
「あとは、じゆう」
好きなことを好きなようにすればいいではないか。
「後はって……自由なのか?」
「りあ、じゆう。きんぐだむでも、うぇしゅたーでも。いやなことは、ちない」
アリスターはちょっと意地悪にこう聞いた。
「見世物になっても?」
「しょれでごはんくれる。べちゅにいい」
「ブッフォ」
護衛が腹を抱えて笑い出した。
「リア様は本当に、割り切りがいい」
「むじゅかしいこと、かんがえにゃい」
私はアリスターの膝をぽんぽんと叩いた。
「いやにゃとき、いや。がまんできるとき、しゅる」
「わがままでもいい?」
「あい。おとうしゃま、わがままでちた」
アリスターは微妙な顔をしたが、何となくほっとしたようだった。
「幼児にわがままって言われる四侯っていったい……」
護衛は頭を抱えている。そんなのんきにしている場合ではなく、次の日には、私とアリスターは目を見開き驚くことになる。ウェスターの領都から盛大な迎えが来たのだった。
「いりゃない」
「それな」
「ブッフォ」
護衛が噴き出すのは既にセットである。
次は木曜日の予定です!
水曜日はぶらり旅更新。
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