出ちゃった
食堂に下りた私は、結局、また部屋に逆戻りすることになった。もっとも、広い王子の部屋にである。私はアリスターと一緒にソファに深く座っている。そこなら足がぶらぶらしないだろうと王子が言ったからだ。ぶらぶらしたっていいではないか。
「敵の目が黄色だったと言うが、リーリア、薄明かりで間違えたということはないか」
「わりゅいひとも、みえてた」
「うーむ」
この世界では目の色はそのまま力を表す。ごく淡い色はどんな色の目でも強い魔力もち。それでも、私は今まで黄色い目と言うのは見たことがなかった。
「俺、聞いたことある」
キャロがつぶやいた。
「キングダムの王族の目が金色だって」
「めったなことをいうな。それにキングダムの王族なら、リアを狙う理由がない」
王子は護衛たちを見た。護衛たちは頷いた。
「しかし、これも確かではない。が、イースターの王族も、金色の目だと言われている」
「イースター」
バートたちから戸惑いの声が漏れる。私も初めて聞いた。
「リーリアがわかるわけがないか。ここで地理の勉強だな。仕方ない」
王子は仕方がないと言ったが、口元が緩んでいる。話したいに違いない。しかし、興味はある。
「我々の住んでいるこの世界は、周りを海に囲まれている。中央にキングダムがあり、その周りを囲うように辺境三領がある」
「みっちゅ」
「そうだ、リーリア、みっちゅの国だ」
「みっちゅ」
「ちがう、三つの国だ」
王子は慌てて言い直した。
「一つはキングダムの北のファーランド。トレントフォースからはウェスターの領都よりファーランドのほうがよほど近いな」
「交易はあったぜ」
「そうだろうな。もともとキングダムからはみ出したものが、適当に地域的なもので分けられたにすぎないからな」
王子は頷き、そう続けた。そんな適当な。
「建国の歴史なんてそんなものだ。それからキングダムの南西部にあるウェスター」
それにはみんな頷いた。
「そして、キングダムのま東にあるイースターだ」
「確かにそう言えばそんなだったかもしれねえ。けど」
「ほとんど名前を聞かない。それは一つはウェスターとイースターは山脈で区切られており、ほとんど国交がないからだ」
「そうだ、領都の北は山脈で行き止まりのはずだ」
キャロと王子がそうやり取りしている。
「国交はあるが、キングダムを通過しなければならないので、あまり盛んではない。また、イースターは南と北に山脈があるが、国土のほとんどが平地で虚族の被害が少ない国なんだ」
ぜんぜん知らなかった。ファーランドのことも。
「だから実質キングダムの属国のようなものだな」
「属国」
キャロがつぶやいた。
「でもさあ、属国ってことはさ、キングダムみたいなもんってことだろ?」
ミルが不思議そうに聞いた。
「じゃあさあ、ただ普通にさ、リアを嫁にくれって言えばいいことだろう?」
それはそうだ。行くつもりはないが。
「こんなとぼけた幼児だと知らなければ、嫁にもらう価値は大きいからな」
失礼な王子である。
「しかし、キングダムは四侯の血をキングダムの外には出すまい。だから、辺境にリーリアが出ることは決してない」
王子は私を見た。
「はずなのだが」
出ちゃった。そして出ちゃったものは仕方ない。
「そういえば、リアはなんで辺境に来たんだ?」
キャロが今更だがというように聞いた。
「状況からなんとなく想像はつくが、今なら話せるか?」
話せるだろうか。私はどこから話そうか考えた。最初からにしよう。
「ねてたら、おこしゃれて、きがえ、ちた」
「誰に?」
「はんな」
バートたちははっとした。ハンナの事は覚えているのだろう。王子たちはいぶかしげにバートたちのほうを見たが、バートは後でと合図した。
「おきたら、りゅうのかご、いた」
「その、ハンナはどうしてた?」
バートが聞きにくそうに聞いた。
「どうちてって、なんでわたちもって、にゃいてた」
「リアだけ渡す予定だったってことか。それにしてもあんな若い子がなんで誘拐に手を貸す」
私もちゃんと事情を知りたかった。もし何かあるのならば、セバスにでも相談してほしかった。もし私だけが連れ去られても、ハンナはきっと犯人として捕まっただろうし、そしたら弟の病気どころか、家族だって暮らせなくなってしまっていただろう。
「おとーとが、びょうきがって」
「脅されたか……」
バートはやはり事情があったかと言う顔をした。
「ずっと、りゅう、のった。おとうしゃま、たしゅけに、きた」
「お前、オールバンス侯が、自らか!」
「あい」
驚く王子の言葉に私は頷いた。
「りゅう、はちった。きーんて、ちた。おとうしゃま、とめりゃれた」
「国境を、越えられなかったのか……」
もう少しだったのに。
「そうか、あの時、お前、父親と離れたばかりだったのか……」
「あい」
「いや待て、犯人はどうした」
「とめりゃれた」
私はバートをみて一所懸命説明した。
「りゅう、はちって、とまった。べちゅの、わりゅいひと、きた」
「仲間か! 落ち合うはずだったんだな……」
「しょして、きょぞく、でた」
ふうっと、大きいため息が出た。アリスターが私の肩に手を回して、ぎゅっと抱き寄せた。
「オールバンス侯はだめでも、ほかの奴らはいいんだろ、国境を越えても」
「恐らく付いてきていたのは護衛隊だ。奴らも国境は越えられないからな。しかし」
王子は私の頭をポンポンとたたいた。
「こんなとぼけた幼児にいろいろあったとは」
「それからもいろいろあったよなあ」
「それはぜひ聞かせてくれ」
遠い目をするバートに王子はそう言うと、私には珍しく優しく話しかけた。
「領都までは、安全に行くからな!」
「あい! ふえくだしゃい」
「それはだめだ」
優しくても笛はやっぱり駄目だった。
「りゅう、はやくなりゅ」
「疲れてしまうからダメだ」
仕方がない。ほっぺをぷうっと膨らますと、アリスターがすかさずつついた。二人でキャッキャッとなった。あれ、何の話をしていたんだったか。
「リアの話を聞いたところで」
そうだった。悪い人の話をしていたのだった。
「それでは、なんで結界箱のない所でリアが助かったのか、話してもらおうか」
王子の言葉にぎくりとした。
次は水曜日にぶらり旅、木曜日に転生幼女の予定です。「ぶらり旅」3巻とコミカライズ1巻の10月の発売もよろしければどうぞ!




