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転生幼女はあきらめない  作者: カヤ
辺境編

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難所三日目

一日目、二日目は順調に過ぎた。三日目のこの小屋に泊まれば明日には道も広がり、宿屋に泊まることができる。子どもは弱いというけれど、私は何なら抱っこされていても眠れるし、床に敷いただけの毛布でもぐっすりだったので問題なかった。王子もよくあちこちに視察に行くので、こういうことは慣れていると言っていた。


大変だったのは、ドリーではないだろうか。


「トレントフォースに向かう時にすでに経験済みです」


胸を張ってそう言うが、やはり疲れが見えるので困らせないようにしている。


毎朝合流すると、服の着方から始まり、ちゃんとご飯を食べたか、体を清潔にしているかなどをチェックしてくれる。嫌がるアリスターにもだ。もちろんドリーがいない時だってちゃんとやってきたのだし、問題ないはずなのだが、問題ないと何となくがっかりしているのがおかしい。お世話をしたいのだろう。


だからドリーには大体は素直に従っている。旅の間にそんなにドリーを困らせることなくいい子にしてた私はちゃっかりドリーのお気に入りになっていたのであった。


「リーリア様、上を向いてくださいませ。はい、首はきれいですね。つぎにお手を上げて下さいませ。はい、服もきちんと着られておりますよ」

「あーい」


素直に手を上げ下げしてドリーに面倒を見られている私を王子は気味の悪いモノでも見るように見た。


「そいつは自分でなんでもやるだけでなく、アリスターにむりやり芋を食わせるような奴だぞ」


なんだ、気が付いていたのか。


「まあ、殿下。この年頃の子どもはそうやって自分でやりたがるものです。それでもやっぱりちゃんとできなくて、お手伝いがいるのですわ。ねえ、リーリア様」

「あーい」


素直に返事をする私をドリーは温かい目で見たが、王子はうさん臭そうに見た。


「誰だお前」

「りーりあでしゅ、ひゅー」

「お前は、まったく」


なんだか顔を赤くしてどこかに行ってしまった。王子は愉快な人なのである。


そんな打ち解けた雰囲気の中、この一日を過ぎればちゃんとした街に泊まれるという期待は皆の顔を明るくしていた。それでも、日の沈む前に到着した警備の人たちは集まって話し合いをしている。


「どうやらつけてきている奴らの気配は変わらないようだ。我らを害そうと思うなら、ここで虚族に襲わせるのが一番いい。しかし、今までの襲撃の傾向から見て、やはりリーリア様かアリスター様をさらおうとしている可能性が一番高い。だとすればここで襲撃するのは相手にとっても危険だと思うが。虚族の間を抜けていくのは無理だろう」


バートは首を振った。


「その仮定は、相手が結界箱を一つ持っているだけであっという間に崩れてしまう。通常の結界箱は直径3メートルほどだろ? それを個人で持って、例えばリアを抱えてラグ竜で走り抜けられたら? 俺たちには追うことすらできねえだろ」


襲われた時のために何をしておくべきかいろいろなパターンを考えていた。


「今日は結界箱を使おう」

「殿下、それは」

「確かに小屋の中にいれば虚族は来ない。しかし、扉を閉じることにより周囲に対して盲目なのがずっと気になっていたのだ。魔力を充填できる私にとって結界箱を使うことはなんの問題もない。必要がないから使わなかっただけだ」


結局、最後の日だけは、荷物はもう一つの小屋に集めて、人は一つの小屋に集まる事になった。小屋からかなり離れたところまで、携帯用の明かりであえて薄明るくする。


人が集まった小屋の入り口が入るように外側に結界箱を設置し、発動させる。その結界のぎりぎりのところで、視界を遮る虚族をバートたちが減らし、その内側で護衛たちが警戒態勢を取るということになる。


アリスターの結界箱も存在も公表し、それは、小屋の中の戦闘力のない人々に託されることになった。もし虚族が入ってきた時は発動。場合によっては結界箱ごと隣の小屋に移動する。


「俺は虚族を減らす役割をする」


そう宣言するアリスターに、王子は真剣な顔で言った。


「アリスター、お前は小屋の中にリアといろ。結界箱だってお前のものだろう」

「俺は人相手の戦闘では役に立たない。結界箱でリアは虚族からは守られる。もし、それ以外の敵が来た時は、俺は足手まといなだけでなく、リアの足を引っ張る存在になる」

「アリスター」


思いもかけないことを言われて王子は驚いた。その王子の肩をポン、ときやすくたたいたのはミルだ。


「王子さんよ、アリスターは見習いとはいえハンターだ。年がまだ11だから見習いと言っているが、その力は大人に劣らねえよ。引っ込めておくより、虚族を狩らせた方が役に立つ。なあ、アリスター」

「もちろんだ」


アリスターは胸を張った。そんなアリスターを見ながら、ミルはさりげなく王子にこう言った。


「それに、近くにいたほうがアリスターを守りやすいのさあ」


王子ははっとしたがそれを悟られないよう、ミルにかすかに頷いた。


「ではアリスターは虚族を狩る係だ。無理はするなよ」

「わかった」


アリスターは明るい顔でバートたちのほうに向かった。


「お前は」


王子は私を見下ろした。


「りーりあでしゅ」

「リーリアは、小屋の中。わかっているな?」

「あい」


私は力強く頷いた。わかっている。これらのすべては、おそらく私が原因で起きていることなのだと。私は守られることが仕事なのだ。


「まあ、幼児は寝ているがいい」

「あーい」

「そう素直だとそれはそれで腹が立つ」


王子とは面倒くさい生き物でもある。私は肩をすくめた。


「それも腹が立つ」


そうして私の頭をくしゃくしゃにして去っていった。


「まあ、お嬢さまのおぐしが」


とドリーが倒れそうになったのは言うまでもない。


今日の予定が決まると、早めに夕食を取り、携帯用の明かりをあちこちに配置し、夜になるのを待つ。


「ずっと我らと一緒だったとはいえ、そなたたちも虚族をちゃんと見たことはなかろう。夜の早いうちに、見ておくか」


王子の言葉に、戦闘のためではなく雑用のためについてきた人たちは、恐る恐る、そして交代しながら外へ出てきた。


結界箱は、いつもはお茶の時間に使われる携帯用のテーブルの上にポンと置かれている。そこを中心に、半径1、5メートル。人で狭くなりすぎないように、護衛も半分は小屋の中に控えている。


日が海に沈むと同時に、あちこちに設置した明かりがその存在を主張し始め、その明かりに照らされて、ゆらゆらした影が一つ、また一つと小屋のそばに集まってくる。


その多くは動物の形をしているが、中には人の姿をしたものもいる。


「人だ。人だよ。小屋の中に入れてあげなくては……」


軽食やお茶の用意をしてくれる従者が、ふらふらと前に出ようとする。それを仲間が引き止める。


「あれが人なら、結界はむしろ良いもの。中に入ってくるはずだから、お前が外に出る必要はないんだよ」

「あ、ああ、そうか」


そうして皆が注目する中、その人型の者は結界に近付き、ヴン、とはじかれた。


「そんな」


それをきっかけにしたように、集まってきた虚族がヴン、ヴンと結界にはじかれ始めた。呆然とする従者を横目でちらりと見ると、キャロとクライド、そしてアリスターが前に出る。


「まさか」


明かりに照らされる虚族を、ほの赤く光を放つローダライトの剣が切り裂いていく。その体は切り口からずれて、やがてその姿はふっと消えからんと魔石の落ちる音だけが響く。


「うっ」


口元を抑え、青くなった従者が仲間に引かれて小屋の中に戻っていった。これが辺境なのだ。


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