動き出す
「許可できない、と言われたと」
使者に送った者は恐縮していたが、この者が悪いのではない。
「そのうえで、詳しい事情を話す者をすぐに遣わすと、そう言付かってきたのだな」
「はい」
使者が直接王に会うわけでない。面倒くさい伝言ゲームだ。
「私が直接向かえばよかったか」
さすがに四侯であれば、事前に連絡さえすればすぐに会ってもらえる。もっとも、そのような機会がめったにあるわけはなく、その権利を行使したことはほとんどないのだが。
「やむをえまい。ご苦労であった」
私は使者に出した者をねぎらうと、執務室の椅子に深く腰掛け、ため息をついた。拙速だったかと、根回しをしておけばよかったのかと顧みる。
しかし、捜索人の報告を待たねば方針すら決められなかった。王とて、私が娘をさらわれた経緯は知っている。何しろ私自身が直接報告したのだから。
こんなことなら、リアと孫の顔合わせをしたいという王のわがままを聞いておけばよかったか。会わせておけば少しは親身になって考えてくれたかもしれない。
リアを誰にも会わせぬと囲い込んでいたことが、結局裏目に出たのか。しかし、リアとの時間を他の誰ともまだ共有したくはなかったのだから、仕方あるまい。
考え込んでいる間に、とんとんと、扉をたたく音がした。入れと言って姿を現したのはジュードだった。いつも冷静なジュードが少し顔を青ざめさせている。
「どうした、城からの使者か」
「はい、あの」
「入るぞ」
「あ、お待ちください!」
ジュードの返事を待たずに入ってきたのは。
「殿下」
輝く金髪に同じ色の目。未だ現役の王の第一王子。私は椅子から立ち上がった。
「気軽に出歩きすぎではないですか」
「四侯の屋敷に行くのに何の遠慮がいる」
遠慮がなさすぎる。その遠慮のない行動力をリアの捜索の手助けに向けてほしかった。
私の声に出さない意見を悟ったのか、
「王家は四侯のどこにも肩入れすることはできぬ。知っているだろう」
と言い訳じみたことを言った。
「どこにも平等に肩入れすればいいことでは」
「今までできるだけ放っておいてくれという態度だったと思うが、オールバンス」
やはり自分に都合のいいようにはいかないようだ。
「ジュード、応接室に茶の用意を」
ジュードに声をかけて、きちんと座れる場所に殿下を案内する。とにかく、なぜ許可が下りないのか話を聞かなくては。
向かった応接室にはすぐに茶と軽食が用意された。優雅にティーカップを傾け、何も言わない王子にだんだんイライラしてきた。
「それで、殿下。使者の役割を果たしてください」
「いきなりぞんざいな扱いだな」
苦笑する王子はランバートと言い、年は25歳。四侯で言うならモールゼイの次代と重なる世代だ。私はスタンとは少し学院生活が重なる。そして私が卒業した後に王子が入学した。そして王子が卒業するころに、マーカスが入学したくらいになる。
つまり、よく知らない。正直なところあまり興味もなかった。
「まあいい。それがオールバンスだと皆知っているからな。なぜ許可しなかったか。それは四侯に新たな役割が発生したかもしれないからだ」
「新たな役割」
何のことかさっぱりわからない。
「先週、ウェスターの王家から使者が来た」
ウェスター。その単語に思わず反応した。
「ウェスターでは、どうやら古の大きな結界を再発動させる計画があるらしい」
古の結界。私は頭の隅から情報を絞り出した。
「つまり、町ごと結界を張るということですか」
「さすが、魔道具の商売をしているだけある」
年下に褒められても嫌味でしかない。
「やりたければやればいいではないですか」
「魔力が足りないのだそうだ」
「やめればいいのでは?」
「身もふたもない」
王子は肩をすくめたが、そのことがリアを迎えに行けないこととどうかかわりがあるのか。
「ウェスターの王家の次代は魔力量が多く、そのほかにも魔力の強いものを集めると必要分のほぼ8割近くの魔力が賄えるそうだ」
「それはよかった」
「他人事ではない」
王子がやっと真剣になった。
「残りの二割を賄うのに、ウェスターの領地に、魔力量の多い二人の子どもが候補として存在すると」
「こども? 二人?」
「一人は夏青の目を持ち、一人は淡紫の目を持つという」
私はがたりと椅子から立ち上がった。
「まさか、リアか! リアを利用しようとしているのか!」
「落ち着け、オールバンス、落ち着け。そうはっきりとは言ってはいない」
「ではどういうことか」
王子は座ったままやや前かがみになった。
「まあ、子どもは保護しておくから、引き換えに魔力量の強いものを、定期的にキングダムから派遣しろと、そういうことだ」
「なんと卑怯な」
私は王子の前だが、こぶしを手のひらに思わず打ち付けた。ウェスターか。なんで好んで結界にとらわれようとする。結界のない暮らしは厳しいというが、なくても大丈夫なように、仕組みを作り上げて来たのではないか。それがキングダムより劣るとなぜ思うのか。
もしリアを利用するというのであれば、まず魔石の買い付けを切る。しばらくは足りないがファーランド産の魔石に切り替えていけばよい。次に魔道具の輸出を止める。リアを利用しようとするやつらの息の根を完全に止める。
「オールバンス」
他の輸出入についても介入する。
「オールバンス!」
私ははっとした。
「今物騒なことを考えていただろう。四侯であるばかりか商売を大きくやっているオールバンスの力を、めったなことでは使うなよ」
「しかし」
「しかしではない。話をちゃんと聞け。おそらくもう一人は消息のつかめなかったリスバーンの落とし子だ。そして二人ともトレントフォースにいるという」
「トレントフォース!」
「そなたが捜索隊を派遣しようとしていた町だ」
王子は言い含めるように言った。
「ウェスターの王家では、既にトレントフォースに迎えを出しているという。万全の態勢で、ウェスターの王都まで二人を保護する予定だから、四侯に、つまりリスバーンとオールバンスに迎えに来てほしい、ついでに魔力の充填をして行けと、つまりそういうことだ」
迎えに行かなくてもリアの安全は確保される。しかし、そのこと自体がキングダムに新たな問題を招いているということか。何もかも後手に回ってしまった。もっと早く行動すれば。私はこぶしを握りしめた。
「オールバンス、やめろ、そなたらしくない」
王子の声に私ははっと顔を上げた。
「そのままの心持ちで会議に参加したら、監理局のいいように操られてしまうぞ」
「私は」
そうだ。私は四侯のオールバンス。責務は果たすが、キングダムの奴隷ではない。
「リアを確保するも何も、犯罪者を野放しにして貴族の子どもをさらわれるような環境であるのはウェスターの責任。保護してもらわずとも、自分で迎えに行くところだった。むしろ余計なことをしてくれた」
「そのくらい傲慢でいいのではないか、オールバンス」
王子はにこりと笑った。そして真剣な顔に戻ると、
「いずれ娘は保護される。今迎えに行ってもすれ違い、オールバンスの力が分散されるだけだ。そして娘のことがなくても、ウェスターからこの要請が来そうなことはわかっていた。問題を分けて考えねばならぬ」
と言った。
「キングダムと辺境。その力関係が変わろうとしている。我らはキングダムの民を守るために、何をすべきか真剣に考えるべき時に来ている」
王子は立ち上がった。
「来週、王家、四侯、主だった貴族、監理局で会議を持つ。娘はいずれにしろ戻る。今は来週の会議に集中せよ」
「承知いたしました」
私は思わず目を見開いたが、居住まいをただし、受け入れた。
キングダムの非常事態にのみ執り行われる、円卓会議の招集だ。
明日5日(水)は「聖女二人の異世界ぶらり旅」更新です。
その「ぶらり旅」ですが、3巻が10月10日発売です! 3巻も結局大冒険!面白く仕上がっています(´∀`*)
明後日6日(木)からはリア編に戻ります。トラブルの気配……怖いと思う方は7回分まとめて読んでくださいね!




