リアのいるところ
「ルーク」
いい話とは限らない。これまでも何度も捜索人は帰ってきたが、良い知らせをもって来たものはいなかったのだから。私はルークを下がらせようかと考えた。
「いいえ、お父様。私も聞きたい」
しかし、ルークの目は力強かった。
「では共に」
どんな話であっても。
表立っての捜索はかえってリアの価値を高めてしまうと、グレイセスはそう示唆した。それでも、今まで使ったこともない辺境への魔道具の販路を通して、できる限りの人材を割いたつもりだ。信頼できる人間は少なく、辺境は広い。
私は希望を押し殺し、執務室で捜索人を待った。すぐにノックの音がした。
「入れ」
ジュードが案内してきたのは、旅装もそのままのむさくるしい男だった。しかし仕方がない。報告はなるべく早くと言ってある。
「閣下」
「堅苦しくなくてよい。それで」
挨拶をしようとする男をせかした。
「はい。リーリア様と思われる方は、トレントフォースにいます」
いますと。そう言ったか。
「トレントフォース……。ジュード、地図を」
「はい」
ジュードは棚から一枚の地図を抜き取った。その間、私とルークは震えそうになる手を必死で押さえていた。トレントフォースにいる。生きている。
確かトレントフォースはウェスターにあったように思う。リアを失ったのもウェスターとの国境付近だ。矛盾はない。
ジュードは机に地図を広げた。
「ここです」
ルークが指したのは王都ガーデスターの真西に当たる場所だ。近い。
「こんなに近くに……」
「お父様。それでも間にウェリントン山脈があって、山脈を越えた通商路はないと学院で習いました」
「そうだ、そうだな。ウェスターの西端まで、通常4週間はかかるはず。ファーランド周りでも同じく4週間、あるいはそれ以上」
「お父様、まず話を聞きませんか」
「おお、その通りだ。つい迎えに行くことを考えた」
自分が行けはしないのだが。私は捜索人に向き合った。
「経緯と現状を」
ふと見ると、捜索人はだいぶ疲れているようだ。
「ジュード、椅子を。それから軽食と飲み物を」
「承知しました」
椅子はすぐに用意され、捜索人はありがたそうに腰を下ろした。
「ありがたい。国境からは駆け通しだったので」
そう一言礼をいうと、捜索人は話し始めた。
「まず最初に、私は直接リーリア様と思われる人を見てきました。閣下と同じ、金の髪に紫の瞳。『リア』と呼ばれていました」
「まず間違いないな。それで」
「若い、評判のいいハンターのパーティに保護されたようで、元気に過ごしていたように見えました」
私は思わず深く息を吐いた。元気に。リア。
「可能ならば連れてこられれば良かったが、それは無理と判断し、とにかく急いで報告に戻ってきました」
「どういうことだ」
確かに本人かどうかわかったのならそのまま連れてきてくれればよかったという気持ちはある。そのために四侯の印は与えてある。
「こう言っちゃなんだが、国境近くでもなければ四侯の印なんて知られていないし、本当かどうかすら怪しい。リーリア様は強いハンターと、町全体に守られて、声をかけることさえできはしなかった」
「町の長には」
「信用されずに、つかまって動けなくなる危険性のほうを恐れました」
「なるほど」
男は椅子で少しだけ緊張を解くと、
「そもそも、リーリア様の行方が知れたのは、リーリア様を狙っている集団からでした」
「なんだと!」
私は思わず立ち上がった。
「一味は閣下より大胆に大掛かりに動いていた。だからウェスターの裏のほうの仕事をしているものの間では、四侯の淡紫がさらわれ、いったん行方不明になり、どうやら若いハンターに拾われてさらに西に向かっているようだという情報は割と大きく流れていたんだ。俺はその情報に乗り、一味につかず離れずで向かった先が、トレントフォースだった」
そんなことになっていたとは。
「もっと大掛かりに探させればよかったか……」
捜索人は首を振った。
「探させているとわかれば褒美狙いで無茶する奴らも増えたでしょうし、一味も急いで無茶をしたはずだ。町が子どもをがっちり守っているせいで、強硬手段も取れず、一味は手をこまねいている状況だった。その間に急いで戻ってきました」
私はジュードを見た。
「このように居場所がはっきりしたからには」
「はい。今度こそむしろ四侯の名前を前面に出して大掛かりに迎えに行った方がよいかと思われます」
「よし!」
私は再び立ち上がった。
「トレントフォースまで4週間、屋敷の警護をしているものから、機動力のあるものを中心に迎えの隊を組む。途中襲撃されてもいいように、護衛も多く入れよう。ケイリー周りで、ハンターを募る。魔道具店を通して探せばいいだろう。それとも……」
私は確実によいハンターを味方につける方法を考えた。
「ファーランド周りで北側からウェスターに入るか……」
「閣下、それはやめておいた方がいいです」
「お前」
名前は何だったか。まあいい。
「ウェスターがファーランドよりましだとは一つも思わねえ。しかし、各国とも王族はいて、ファーランドを通ってウェスターに入り、そこからお嬢様を救出したとあっては王家のプライドに触る」
「ふむ。面倒な事よ。それならば身内の犯罪者を野放しにしておかなければよいものを」
「失礼ながら、キングダムも同じです」
そうだ。リーリアはこの家からさらわれたのだった。
「お父様、私が向かいます」
「ルーク!」
「リーリアの世界は狭かった。セバスとハンナ、それに私とお父様。主にそれだけで回っていました。ハンナもセバスもいない今、いくら四侯の迎えだと言っても、見知らぬ人ばかりではリーリアが警戒します」
ルークがそう言いだすことはわかっていた。できるなら私が行きたいくらいだ、ルークも同じだろう。しかし。
「ルーク、無理だ」
「お父様!」
せめてケイリーの近く、国境際なら何とかなったかもしれない。しかし、辺境のさらに奥地には行かせるわけにはいかないのだった。
「お前はオールバンスの血を引く唯一。お前を失うわけにはいかぬ。今度こそ監理局も、王も許さぬだろう」
「しかし!」
「私が参ります」
私は驚いてジュードのほうを見た。ルークもだ。
「リーリア様とは、直接お話したことはありませんでしたが、顔は何度も合わせております」
ジュードが顔を合わせているとは知らなかった。
「リーリア様は、最初は誰だろうという顔で私を観察されている気配がありましたが、通りがかったふりをして何度もお顔を見に行っているうちに、セバスと同じ執事だとわかったようで時には笑顔を見せてくださることもありました。お互い話したこともございませんが、私をオールバンスの家の者だとはっきり認識しているはずです」
「いや、なんでこっそり見に行っていた……。堂々と行けばよかっただろうに」
「いえ、それは、なんといいますか、つまりセバスに先を越されたというか」
あきれたものだ。
「しかし、遠出もしたことのないお前に……しかも年だし」
「まだ40を過ぎたばかりにございます」
ジュードはきっぱりとそう言った。
「侍女など、まして体力もなく、辺境に行きたいと思うものもおらぬでしょう。その点私は執事として一応身の回りのことも気遣えますし」
ジュードが抜けるのは私にとっては痛い。しかしリーリアのために行ってくれるというのであれば、それはありがたいことである。
「危険だぞ」
「承知しております」
しかし、意気揚々と宣言し、心なしか心弾ませているジュードがトレントフォースに行くことは、結局なかったのだった。




