出発……できるのか
出発の日の朝が来た。子どもがいるので無理な日程は立てられないし、途中はきちんと宿に泊まるのだという。また、道中で虚族に遭遇しないよう、朝早く出発し、早めに次の町に着く予定だ。
そして私とアリスターはといえば。
「いやだ」
「にゃい」
二人でそっぽを向いている。私たちの前には、王子から届けられた豪華な衣装が置かれている。そして、なぜか旅装姿の中年の侍女が一人、顔を少しひきつらせながら立っていた。この人はドリーと言うらしい。
「アリスター様、リーリア様、私はドリーと申します。主にお嬢様のお世話をするために領都から参りました」
そう挨拶していた。わざわざ領都から来るなんて大変だっただろう。
「アリスターです」
「りーりあでしゅ」
きちんと挨拶する私たちに、一瞬笑みを見せたが、その目が私とアリスターを上から下まで見ると、微妙にひきつった。
「仮にも四侯のお子がこのような、このような平民の服装などありえない」
そうつぶやくと、さっそくもって来た服に着替えるように指示をされたのだった。
そっぽを向く私たちに、
「なんでだよ。アリスターはともかく、リアはおしゃれでかわいいじゃねえか」
「俺はともかくってなんだよ」
「仰々しい衣装は俺だっていやだってことさ。でも仕方ないだろ」
4人の保護者の中で一番おしゃれなキャロがそう説得する。
「いやだ」
「にゃい」
キャロはやれやれと肩をすくめた。
「まずリアはなんで嫌なんだ」
「あちゅい、ちくちくしゅる」
かわいくても、襟のところのレースが顎まであってチクチクして嫌なのである。それにワンピースだと、うまく走れないではないか。まあ、そもそも走れはしないんだけれども。
「二人がごねてるって? おやまあ」
「エミ!」
私が走りよると、エミさんはぽふぽふと抱きしめてくれた。そして片手に持っていたお裁縫箱を出して、私のワンピースをじっくりと眺めた。
「いい作りだねえ。こりゃ領都のいいデザイナーの服に違いないよ」
感心して首を振っている。それに対して、侍女の人が、
「それは領都で人気のデザイナー、ジャコモに依頼して作ってもらった一点ものにございます。わざわざお嬢様の年齢と髪、瞳の色に合わせて仕立てられております。わがままを言わず、着てくださいませ」
と私に話しかけた。私はプイと横を向いた。ジャコモだかなんだか知らないが、着心地の良くない服を作るなんて最低だ。
「まあまあ、あたしが何とかしてあげるからさ」
エミはそう言うと、襟元のレースの部分の糸をぴーっとひっぱり、レースを外してしまった。
「きゃー! クレスト産の高級レースが!」
「騒ぐほどのもんじゃないだろ。レース自体はまた使えるんだし。これで糸を抜いて、長さは変えられないから、下に薄手のズボンをはけばそれでいいだろ、リア」
「あい!」
別に高級な服もおしゃれな服も嫌なのではない。着心地が悪いのが嫌なのだ。ちょっと暑いが、足をぶらぶらしても大丈夫なように下に薄いズボンもはいた。そしてラグ竜を肩から掛ける。これで十分にかわいいだろう。
「ま、まあ、お嬢様はそれでもようございますが、アリスター様、第二王子がわざわざ迎えに来た四侯の血筋がそれでは、私たちが非難されます」
「なんでだよ」
「なんで……きちんとした格好もさせてやらないのかと言うことです」
ドリーの言葉にそれはそうかもしれないと思ったアリスターは肩や胸元に飾りのついた派手な服を見た。だめだ、派手すぎる。
「いやだ。俺はハンターだ。見世物じゃない。これでいい」
と断り、そのまま出ようとした。ドリーが慌てて追いかける。
「ちょっと、あなた!」
「どうした、遅いぞ、ん?」
「ヒューバート様」
ドリーはほっとしたように王子を見た。
「なんで着替えていない」
あきれたような王子の声に、
「りあ、きがえた」
「俺はハンターだ。こんなちゃらちゃらしたものは着ない」
私達はそれぞれ答えた。飾りがなくなってずいぶんシンプルになった私の服を見ると王子は片眉を上げたが何も言わず、
「着替えの中でも一番シンプルな奴を」
と指示を出し、貴族らしくはあるが、色も落ち着いて飾りの少ない服を持ってこさせた。
「どうだ」
「これなら何とか」
アリスターは渋々とそれに着替えた。
「ありしゅた、にあう」
「そっか、まあ、動きにくくはないから大丈夫だ」
アリスターは少し照れると、腰にローダライトの剣を差した。何か言いたそうなドリーに首を振ると、王子は、
「時間がかかった。すぐに出発する」
と宣言した。時間がないのでバートに抱かれて街の入り口の見張り小屋に向かうと、街中の人が次々に出てきて別れを惜しむ。私まで惜しんでくれて、たくさんのお菓子が差し入れられた。ありがたい。
そうして見張り小屋の前に出た私は、ポカンと目を開けた。きれいな鞍をつけられたラグ竜と、それに騎乗するらしい、王子の護衛が10人以上、それになんの仕事をするかわからない人が数人、さらにハンターだと思われる5人組がずらりと並んでいた。このハンターは念のための護衛だろう。
そして町長とその家族が、見守るように立っていた。
「エイミー!」
「リア!」
エイミーは走ってきて私をそっと抱きしめた。
「さみしくなるわ」
「りあも、しゃみしい」
しばらくそうしているとそっと手を離し、ハンカチに包んだものをそっと渡してくれた。
「おさがりだけど、リアのお気に入りのラグ竜の着替えよ」
「わあ、ありがと」
そう言って下がった。私はそのハンカチをしっかりと握った。
さあ、行こう、そう思ってふん、と正面を向いてしっかり足を踏みしめたら、ラグ竜と目が合った。
「あ」
「キーエ!」
「なんだ、ラグ竜が言うことを聞かないぞ!」
「そもそもリーダーが勝手に、あ、待て!」
たちまちラグ竜の群れに囲まれた。口でそっと押してくる竜の鼻づらにそっと手を置く。
「キーエ」
「だいじょぶ。りあ、げんき」
「キーエ」
そうなの、それなら大丈夫かしら。
においをかいで口で私を押して一頭一頭ラグ竜が戻っていく。今度はトイレは大丈夫だろうか。私は若干不安になり、アリスターを見たら肩をすくめられた。うん。あれから何か月もたっているし、もう大丈夫だろう。
淡々と準備を進めるアリスターたちと違い、
「殿下!」
あっけにとられて手を出せなかった護衛たちが王子に説明を求めていた。
「私もわからない。バート!」
「なんだ」
面倒くさそうにバートが答えた。
「今のはなんだ」
「ああ、仮親らしい」
ピンとこない王子の代わりに、ハッとして護衛の一人がこう尋ねた。
「まさか、リーリア様は竜の子ども扱いされているのか!」
「そうらしいぜ」
「それは珍しい」
どうやら注目の的になってしまっているようだが、どうしようもない。さて、私はまたかごに乗せられるのだろう。どこに乗るのかきょろきょろしていると、先に乗ったドリーが、
「さあ、ここに」
と手を伸ばした。あの人と一緒に乗るの?
「にゃい」
私はプイっと顔をそむけた。
「りあ、ひとりで、のりゅ」
「まあ!」
そのようすを見て王子がため息をつきながらやってきた。
「一人では危ないだろう」
「りあ、ずっと、ひとり」
私の一言に周りが凍り付いた。
「そうじゃねえよ、まったく。一人でできると言いたいだけだ、こいつは」
キャロが半分笑いながらやってくると、クライドと一緒にさっさと荷物の整理をし、私を乗せ、ベルトで私を押さえた。
「大人だって知らないやつといたら緊張するだろ」
そのキャロの言葉に私は、
「これ、いいでしゅ」
手を上げ下げして見せた。向こうではアリスターがかごには乗らない、自分一人で騎乗すると言ってもめている。
「なんで出発するだけなのにこんなに手間がかかる」
嘆く王子に、四侯らしくさせようとするからじゃない? と思ったのは内緒である。




