持っていくもの
アリスターがなぜ一週間待ってほしいと言ったか。
「まだちゃんと魔力訓練を教えていない人がいる」
ということだ。そんなことはない。アリスターが教えたのはやり方であって、習得した人たちがどんどん教えていく。もちろん、ハンターでなければそのやり方は最初はわからないので、普通の人たちの訓練はゆっくりだ。それでも、確かに成果を上げようとしていた。
だけど、失敗しても、忘れても、アリスターがいるから何とかなると思っていた面は否めない。あと一週間で領都に旅立つという話に、町の皆の訓練にやっと真剣さが加わった。
自分の準備はどうだったかって?
そもそも身一つでさらわれてきた私だ。ここで増えたのは、いくつかの着替えと、壊れた魔道具箱、そしてラグ竜のぬいぐるみだけだ。
そのピンクのラグ竜のぬいぐるみは、エミがある朝持って行ってしまって、その日の帰りにまた手渡された。
「いいかい、このラグ竜のお腹の部分はね、ほら」
ただの縫い目だと思っていたところは、実は隠しポケットになっていた。
「リアに言ってもわかるかどうか」
エミはちょっと首を傾げた。
「でもね、例えば銀貨一枚とか、小さいものが一つ、入るくらいの大きさだからね。せっかくだから、何か大切なものを入れておくんだよ」
「あい」
私はポシェット型にしてもらったラグ竜のぬいぐるみを、しっかり肩から掛けた。
「多分無理だろうけど、このぬいぐるみを見たら、この町のこと、思い出してくれるといいわ。楽しかったねえ」
「あい。ありがと」
「お利口だよあんたは」
エミはそう言って笑うと、さっさと仕事に戻ってしまった。
いつものようでいてそれでも慌ただしい一週間はあっという間に過ぎ去った。王子はと言えば、隣町に拠点があったようで、
「一週間後に迎えに来る。必要なものはこちらでそろえる。何も持ってこなくていい」
などと勝手なことを言って去ってしまった。護衛と称して何人か残っていたが、まあ、いないよりは役に立つだろう。宿屋にお金を落としていくし。
途中キャロとクライドが帰らない日があったり、バートとミルも忙しくしている日があったりで、残りの日々をゆったりと仲良く過ごすというわけにもいかず、あっという間に旅立ちの前の日になった。
私はアリスターと一緒に、部屋で荷物の整理をしていた。と言っても着替えと、壊れた魔道具箱だけだ。
「本当にこの魔道具箱も持っていくのか」
「あい。あと、りゅう」
私はいつも持っているぬいぐるみを見せた。
「本当は積み木も持っていきたいんだけど、いいや。少しは木工もできるから、領都で木切れを手に入れて作ってみるよ」
「しゃんかく、わしゅれにゃいで」
「もちろんだよ。あれがなかったら建物の屋根ができないもんな」
「あい」
アリスターが私の髪をくしゃくしゃとかき回した。
「ありしゅた、しょれだけ?」
「俺? うん」
アリスターの用意したのは、背負いの袋一つだけだ。
「俺はハンターだ。ローダライトの剣があれば、後は着替えだけでいい。細かいキャンプ道具はバートたちが持ってくれているし、そもそもハンターでもキャンプなんてめったにしないしね」
それもそうだ。
「虚族に襲われちゃうからな」
「あぶにゃい」
「リアは大丈夫かもな?」
「ねたら、けっかい、はれにゃい」
アリスターは一瞬何を言っているかわからないという顔をしたが、はっと気が付いて青くなった。
「そうか、人の張る結界は万能じゃないんだ」
そうして私を抱き上げた。
「リア、無茶しないでくれよ」
「あい」
知らない人が勝手に無茶をさせるのだと言いたかったが、面倒で返事をするだけにとどめてしまった。
「おい、アリスター、リア」
その時、とんとんとドアを叩く音がしてキャロがドアをあけた。
「荷物の整理をしたら、下に持って来いよ。なんだ、仲良しだな」
抱っこされている私を見てにやっと笑った。いいのだ。仲良しなんだから。
「リアに無茶しないように言ってたんだよ」
「そりゃ大切なことだな」
そう笑うキャロについて、アリスターが私の分も荷物を持って下に下りて行った。私はと言えば、慎重に一人で階段を下りた。
下には久しぶりにみんなが集まっていた。そしてそれぞれ荷物を脇に置いている。私は目を丸くしてそれを見た。
「なんだよリア、ちゃんと領都まで送るって言っただろ」
バートがおかしそうに笑う。
「あい、でも」
「リア、お前だけでもそうしたが、今度はアリスターもだろ。申し訳ないなんて思うなよ」
思わずうつむいてしまった私の前にしゃがみこんでバートが私のほっぺに手を当てた。そうだ。私よりずっとアリスターとの付き合いが長いんだもの。当然ついてきてくれるはずだ。私は急に元気になった。
まだ一緒にいられるんだ。
「お、目がきらきらしてるぞ。もうちょっと一緒だな」
「あい!」
その時、流しの下の物入れに頭を突っ込んでいたミルが情けない声を出した。
「このケトル、気に入りだったんだけど持っていくには重いよなあ」
それはお休みの日に茶を入れてくれていたケトルだ。
「落ち着いたらまた買えばいいだろ」
「けどよ」
ミルは口を尖らせてケトルを眺めた。やっとあきらめがついたのか渋々と物入れの中に戻す。
「あんたら」
振り返ると、アリスターが呆然としてケトルをしまうミルを見ていた。
「その荷物」
荷物? そうやって見渡すと、旅にしては少しだけ荷物が多いような気がする。それに。私は一階を見渡した。部屋にも荷物が少ないような気がする。
「気が付いたか」
バートが照れ臭そうに腕を組んだ。
「ま、そう言うことだ」
「どういうことだよ!」
アリスターの声には、戸惑いと、それから少し怒りがこもっていた。
「こんな、だって、まるでここに戻ってこないみたいな、なんで」
「アリスター」
クライドの低い声が響く。
「ハンターはどこででもできる。俺たちもそろそろ、別の町で腕試しをしてもいい時期だと思った」
「クライド……」
アリスターはどうしていいかわからないようだ。
「王子とは話をつけてきた」
キャロが片眼をつぶって見せた。
「お前は領都で俺たちと暮らしながら、城に通って勉強をする。今までほど、ハンターとしての時間を作るのは難しいだろうが、ないよりましだろ」
「キャロ! でも!」
「それにさあ」
そう何かを言いかけたミルを見ると、鼻の頭に脂の汚れがついている。私はポケットからハンカチを取り出すと、
「みりゅ、はんかち」
「なんだ?」
かがんで私を見るミルの鼻を拭いた。
「お」
と言って袖で拭き直すミルは、またハンカチを忘れている。
「領都にいけばきっと、新しい出会いがあると思うんだよなあ」
「俺もそう思う」
クライドがミルに頷いた。
「みんな」
アリスターはうつむいて急いで袖で顔をこすった。皆それを見ないようにしている。
「アリスター、最初はお前の面倒を見ていたかもしれない。でも今は俺たちはパーティだろ」
「うん」
「一緒に領都に行って楽しくやろうぜ」
「うん」
「さあ、荷物を置いたら、夕飯だ」
「うん!」
そして明日は、皆で出発だ。




