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転生幼女はあきらめない  作者: カヤ
辺境編

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自分で、前に

帰り道、私たちは無言だった。もう少し待てば、きっとお父様がこの場所を見つけて探しに来てくれるに違いない。私にはその確信があった。でもそれはいつなんだろう。その間に、またさらおうとする人が出るのではないか。


それならば、王族と自称している人についていった方が、少なくとも安全だ。


私はほとんど人通りのない夜の町並みを見つめた。目をつぶると、鮮明に思い出せる。朝起こしに来てくれる時から、夜寝る時までいつもそばにいてくれた人。赤ちゃんで何を言っているかよくわからなかっただろうに、私の言うことにいちいち生真面目に答えてくれた人。優しくて、明るくて、実は家族思いだった人。ハンナ。


私は目を開いた。そしてエイミー。


自分から出ていけば、もう、誰かを巻き込むこともない。結局最後はお父様頼みではあるのだけれど。私は抱っこしてくれているミルの胸に体を預けた。もちろん、家まで歩くのは平気だけれど、夜だからやはり急いだほうがいいのだ。そんな時までわがままを言ったりはしない。


「ばーと」

「なんだ、リア」


私の声は小さかったが、静かな夜の町によく響いた。


「りあ、いかにゃいほうが、いい?」

「そうだなあ。さみしくはなるなあ」


バートは冗談めかしてそう言った。でも寂しいからと言うのは、私を止める理由にはならないだろう。


「リアがそうしたいなら、行けばいいさあ」


ミルが私をゆすり上げながら夜空に向かってそう言った。


「でも」

「バートだってそう思ってる。ただ、交渉の場だからな」


キャロが後を引き継いだ。


「簡単にリアを連れていけると思われちゃあ困るんでな」


にやりと笑った。


「じゃあ」

「そうだな。お前は父さんの元へ帰らないとな」

「あい」

「一応王子だからな。信用できるぞ」

「あい」


さらわれても、さらわれそうになっても。


たとえ周りの人を巻き込んでも。


生きようと、前に進もうと思えば、こうして助けてくれる人が必ず現れる。それはとても幸運なことかもしれないけれど、時にあきらめようとする自分の背中を、そっと押してくれる、大切な出会いなのだ。


第二王子の言ったことは推測に過ぎず、たった一歳の魔力持ちを狙う勢力が本当にあるのかどうかはわからない。魔力の高い二つの家が婚姻することの利益がまずあるだろうか。それなら、そもそも四つの家に分かれる必要があっただろうか。


それに。私は考えたくなくて、ぶるっと体を震わせた。


「リア、寒いのか?」

「しゃむくにゃい」

「そうか」


私がいらないのならば、殺してしまえばいい。なぜこんなに手をかけてまでさらおうとするのか。わからないことだらけだ。


「さあ、夕飯は何にするかなあ」


ミルがそう言って私を抱きなおした。


「おいも」

「リアは芋が好きだなあ」

「つぶしたやちゅ」

「それも買おうな」

「あい」


とりあえずは、この温かい人たちの元を離れて、一歩踏み出さなければならないのだ。そしてアリスターはずっと下を向いたままだった。


ご飯を食べている間にも、その後ののんびりした時間にも、だれも今日のことを話さなかったし、未来のことも話さなかった。どうしようもないのだ。


私は既に決めた。アリスターが何年か悩む時間はそれで確保された。


しかし、私はお父様のもとに帰る。途中つらいことがあるかもしれないけれど、温かい場所から温かい場所に行くに過ぎない。だがアリスターは違う。


やっとできた温かい場所から、ハンターとして自立できそうなこの場所から、たった一人の場所に行かなくてはならないのだ。


そこはあんなに嫌がっていたキングダムではない。しかし、ウェスターの王家とかかわる、貴族の仕事をしなくてはならないのだ。


一緒に部屋に上がっても、私が眠りにつく頃にも、アリスターは結界箱を抱えてじっとベッドに座ったままだった。


次の朝も、私達はいつもの通りだった。休日ではないからミルはお茶は入れてくれない。大急ぎで準備して、ブレンデルの店に行く。バートはブレンデルと昨日のことを話しているが、私は積み木の前に行く。


アリスターは今日は黙々と魔石に魔力を充填している。私は積み木をしながら、気になってアリスターのほうをちらちらと見ていた。だって、いつもは片付けや手伝いをしながらなのだ。充填すべき魔石はいつだってたくさんあるし、やりすぎて困ることはないくらいだ。だが。


私は立ち上がると、アリスターのところにとことこと歩いて行った。いや、違った、すたすたとだ。目の前の私に気づかないほど集中しているアリスターを見つめる。やっぱりだ。確かに魔力量は格段に増えているし、魔力の扱いも上達している。無駄なく、確実に魔石に魔力を注いでいる。けれども。


その時店の表がざわめき、急に静かになったが私はそれどころではなかった。もうすぐアリスターの魔力が尽きる。自分でちゃんと判断できるか。


私はふーっと息を吐いた。そしてぱん、とアリスターの手から魔石を叩き落した。アリスターははっとして顔を上げ、私を見た。


「にゃい!」

「リア、俺」

「ちゃんと、できにゃい、あぶにゃい。りょうと、いかにゃくて、いい!」


アリスターは叩かれた手を押さえて、うつむいた。


私はそんなアリスターの膝に手を置いて、アリスターを見上げた。もう夏は終わった。しかしアリスターの瞳は夏の空のように青く透き通っている。その奥には強い輝きが見えた。


そうか、ほんとはもう決めていたんだね。できる事をすべてやってから、そうして旅立とうとしていたんだ。


私は膝に置いた手をアリスターに伸ばした。


「だっこ」

「リア!」


アリスターは私にしがみつくようにぎゅっと抱きしめた。行きたくない。でも、逃げていてもどうしようもない。立ち向かうしかない。わかっていて、心を決めて、それでも。


「いきたくにゃい、ね」

「うん」


店内には鼻をすする音があちこちから聞こえたような気がした。


「1歳と、11歳の子どもだぞ。ウェスターの未来を背負わせる気なら、ちゃんと考えてくれ」

「承知した」


バートに答えたのは、王子の声だった。私とアリスターは、ハッとして離れた。そんな私たちを正面から見て、王子はつぶやいた。


「淡紫と、夏青の瞳。美しい。そして重い定めから逃れることはできない。ウェスターの王族も同じだ」


重い定め。そうなのかもしれない。だが、そうだとしても、私はこの世界に生まれた以上、すべてを自分で選んで生きていく。定めに流されても、進むべき道は、自分で決める。王子を見ていた私は、手をつないで立つアリスターを見上げた。


アリスターは迷いの消えた目で私を見た。いずれ進まなければならない道なら、歩き始める時期は自分で決めよう。私はにっこり笑った。アリスターはほんの少し、口の端を上げた。


「ありしゅた、かっこいい」

「そうか」


今度こそ本当に笑みの形になった口元を引き締めて、アリスターは宣言した。


「領都に行きます」


進むしかないなら、自分で。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘じゃないのに、カッコイイ回だった。
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