使者
私達は、取るものもとりあえずと言う感じで町長の家に向かった。
この町に来てからそれなりに時間もたった。最初から好意的だったこの町の人たちは、私とエイミーがさらわれかけた時に怒り狂い、私まで「この町の大切な子ども」に加えてくれた。アリスターが中心になって魔力を増やす手伝いをしていると知ってからは、親切に感謝が加わり、そのおかげで逆に特別扱いしないようにしようという空気になったらしい。
そこら辺にいる町の子とまったく同じ扱いで、とても自然だ。
私もこの町に来てからだいぶたち、恐らく身長も二センチくらいは伸びたし、体も動くようになった。まだ走れるというほどではないが、町長の屋敷に行くくらいなら歩いてもまったく疲れない。
アリスターに手をつないでもらいながら、午後の町をさっそうと歩いているのである。
「なあ、バート」
一緒に来た執事さんがちらちらと私を見ている。
「もう少し急いだほうがいいと思うんだが」
「あ、ああ、待たせとけよ。そんな使者。子どもが自分で歩くことは大切なんだ。それに」
「それに?」
「いや、なんでもねえ」
バートが明後日のほうを向く。さあ、町の端っこに出た。もうすぐ町長の屋敷だ。ふう。
「しかし、自分で歩くのはいいが、まあよちよちしてかわいいったらないな」
「あーあ、俺は言ってないからな」
バートが言い訳するようにそうつぶやいた。私は止まって、後ろを振り向いた。
「よちよちちてにゃい!」
「お、おお? すまなかったな。よちよち、じゃなくて、そう。さっそうとしてたぞ」
それでいい。なぜか腹を抱えて笑う皆を引き連れて、私とアリスターは町長の屋敷に着いた。執事がドアを開けると、屋敷の使用人が心得たように私達を応接室まで案内した。
執事はドアを開ける前に何か言いたそうにバートを見たが、結局それを呑み込んだままドアをノックした。
「入れ」
いつかの使者の時のようだ。こんな時なのに私は少しおかしくなってアリスターを見上げると、アリスターは真剣な目をして前を向いていた。
ドアを開けると、まずバートが、そしてキャロとクライドが、そして私とアリスター、背後を守るようにミルの順で中に入った。いつかの時のように町長がソファの向こう側に座り、その前に使者が一人座り、優雅にお茶のカップを傾けている。そして町長の後ろに使用人が一人、壁のところに見慣れない人が二人控えている。この二人は使者の護衛なのだろう。
「来たか」
町長の短い声に、使者はゆっくりと立ち上がると、こちらへ振り向いた。
「おとうしゃま……」
「リア?」
思わず小さくつぶやいた声をアリスターが拾う。そのアリスターも、バートたちも、一瞬驚いて体を固くした。
「ちがう」
そうだ。その人は20歳くらいだろうか。町長よりも淡く、私よりも濃い金髪を後ろで一つにくくり、姿勢よく立つその人の目は、深い紫色をしていた。
そうだ、年齢から言っても、髪の色や目の色から言っても、お父様の訳がない。お父様はもっと背が高かった。お父様はもっと何を考えているかわからない顔をしていた。その顔をほんの少しだけ崩して、優しく、
「リア」
と呼ぶのだ。こんな暗い、冷たい目で私を見たりは決してしなかった。
「うえっ」
「リア?」
帰りたい。帰りたい。お父様のもとに帰りたい。バートもアリスターも大好きだけれど、お父様と兄さまのところに帰りたい。
「うわーん」
泣き出した私に慌ててアリスターが手を離し、おろおろする間にミルが私をさっと抱き上げた。
「みりゅ、おとうしゃま、にゃい、かえりゅ」
「おお、そうか、そうだな、よしよし」
ミルは私が何を言っているかたぶんまったくわかっていなかったけれど、私の顔を胸に押し付けてそっと揺らした。ずっといろいろなことに耐えてきた私だったが、お父様に少し似ている人を見て何かが心の中で崩れた気がして、涙が止まらなかった。
「何もわからない赤子か」
使者ががっかりしたようにそう言った。
「まれにみる賢い子だという噂だったが」
「赤子を威圧して泣かせるような御仁が子どもを迎えに来た使者とは恐れ入る」
バートがうなるように答えた。
「バート」
「なんだ、町長」
町長の声にはいつもの元気が足りなかった。
「その方は、領都から来た」
「そう聞いている」
「お名前を、ヒューバート・ウェスターという」
バートは記憶を探るような顔をした。
「ヒューバート……ギルバート、ヒューバート……ヒューバート!」
そして何かにハッと気づいた顔をした。町長は疲れた顔をしてこう言った。
「そう。ウェスターの第二王子だ」
私の涙も思わず止まった。王子なんて、前世でも今世でも一度も見たことがない。私はミルの服にごしごしと顔をこすりつけた。ミルが優しく背中をぽんぽんと叩く。
いや、今見たばかりだった。
「ひっく」
私はミルの胸から顔を起こして、ミルの顔を見た。いつもと変わらない、茶色の穏やかな目が優しく私を見ている。
そうだ。王子だからなんだというのだ。ちょっとだけお父様に似ていて動揺してしまったが、お父様のほうがずっとハンサムだし、何なら兄さまだって小さいけれどすでにハンサムだ。それにあんなに目つきが悪くなどない。
いや、お父様は無表情だけれども……。うん、少なくとも目つきは悪くない。
私は目を袖でぐしぐしとこすって、ミルを見た。ミルは何だという顔をしてから、ああと何かに気づき、そして自分の袖口で私の頬に残った涙をふき取ってくれた。
「みりゅ、はんかち、もちゅべき」
「すまん、つい忘れてな」
苦笑いするミルに私も少し笑った。
「みりゅ、ありがと。おりりゅ」
「だいじょうぶか」
「あい」
私はミルに降ろしてもらうと、くるりと振り向き、アリスターを見た。こわばった顔のアリスターは、私を見て少し心配そうな顔をして、やっぱり袖口で私の目じりに残った涙をそっとぬぐった。
「ありしゅた、て」
そうして二人で手をつないで、まっすぐに使者に向いた。
「ほう」
ほう、じゃないよ。少しばかりお父様に似てたからって、いい気になったらダメなんだからね。




