子どもは大切に
「おりりゅ」
「もういいか」
私はずっと抱っこされていたので、バートに降ろしてもらった。そこをアリスターにさらわれ、もう一度抱っこされた。
「リア!」
アリスターは一度ぎゅっと私を抱きしめた。
「おりりゅ」
そう言うとやっと下ろしてくれた。
「それがオールバンスの娘か」
その声に振り向くと町長が興味深そうに私を見ていた。
「りーりあ・おーるばんすでしゅ」
もう隠さなくていいだろう。自己紹介した私に、町長は尋ねた。
「なぜついていかなかった」
「まりょく、にゃい。きんぐだむのひと、にゃい」
なぜついていかなかったか、幼児に聞く町長はちょっとおかしい。おかしいくせに、私を見てあきれたようにこう言いかけた。
「お前は」
「りあでしゅ」
一応言っておく。町長は言い直した。
「リアは、魔力がわかるのか」
「わかりゅ」
はっきりと目に見えるわけではないが、気配はわかる。
「例えば私には魔力はあるか」
「まりょく、ありゅ」
「この者には」
町長は案内してくれた人をさした。
「しゅこし、ありゅ」
バートたちを見る。
「ありゅ」
アリスターを見た。
「たくさん、ありゅ」
「まいったな」
町長は頭に一瞬手をやると、天を仰いだ。そうしてしっかりと座り直すと、前に身を乗り出した。
「では」
その時、バーン、と音がして急にドアが開いた。
「父様! お客様は帰ったよね!」
「アリスターは? 来ているんだろ?」
金髪の兄妹が飛び込んできた。町長はまた天を仰いだ。隣で案内してくれた人もどうしようのないというように首を振っている。
「お前たち、客はまだ」
「バートたちは客じゃないもん」
「あ、いた!」
父親の言うことを遮る嵐のような子どもたちだった。兄のほうがバートにこう願い出た。
「バート、アリスターと遊んでいいよね!」
「アリスター次第だな」
バートは慣れているのか苦笑してそう言った。
「アリスター、行こうぜ!」
「いや、俺は」
アリスターはいかにも行きたくなさそうに断ろうとした。しかし、
「最近町ではやりの積み木があるんだけどな」
「積み木……」
はい、引っ掛かったようです。アリスターは積み木が大好きなのだ。正しくは木工が好きで、箱を組み立てたりするのが得意なのだが、余った木切れでいろいろな形を作るのも大好きなのだ。
「ねえ」
アリスター、しょうがないなあ。私は積み木についつられるアリスターを生暖かく見つめた。
「ねえ」
さ、私はバートと一緒に話をきかなくちゃね。
「ねえ、聞こえてるわよね」
アリスターには兄のほうが、そして私にはなぜか妹のほうが来ています。
「……にゃに?」
私は仕方なく返事をした。
「はい」
手が差し出される。何だろう。
「一緒に行くよ」
何だろう、この迷惑な子どもは。私はバートに助けを求めた。
「ばーと……」
「大丈夫だ。行ってこい」
バートの許可のもと、私とアリスターは嵐のような兄妹に拉致され、遊ぶ羽目になったのだった。使者が偽物って話だったよね? なんで遊びに来たみたいになっているの?
☆ ☆ ☆(バート視点)
「鉄壁の町長の唯一の欠点か」
「おいおい、自分の子どもを大切にすることが欠点とはおかしなことを言う」
俺の言葉に町長は肩をすくめ、両手を広げた。
「自分の子どもしか大切にしないんなら、それは欠点だろ、町長」
俺は厳しくそう糾弾した。
「なんであんな怪しいやつらにリアを連れて行かせようとした」
「別に連れて行かせようとしたわけではない。それに一介の町長に四侯のサインが本物かどうかなどわからなくて当然だろう」
それでも面倒だから手放してしまいたいという気持ちが見え隠れしていたのは確かだ。
「ただでさえ、アリスターを差し出せとうるさく言われているのに」
「まだそんなことを言っているのか、領都は」
アリスターは一度断ったはずだ。町長は座ったまま手を組んで顎を乗せると、何気なく口にした。
「どうやら、古い結界箱を再起動させようとしているらしいという噂を聞いた」
「古い結界箱……伝説のか!」
それは辺境に住んでいるものならだれもが耳にしたことのあるおとぎ話のようなものだ。キングダムができる前、それぞれの町が、それぞれの町を覆うだけの結界箱を持っていたという。
考えてみれば、個人用の結界箱がどんどん大きくなり、結果的には一国を覆うだけの結界箱へと進歩したのだから、その途中の大きさの結界箱はあってしかるべきなんだ。しかし、あるという話はあっても、それを動かすほどの魔力を持った人間は辺境にはいない。
「それでアリスターか!」
キャロが大きい声を出した。アリスターが自分で言っていた通り、魔力のためだけに求められているのだとしたら、なおさら行かせられはしない。
「あの使者が本物だとしてもそうでないとしても、リアの情報は早晩領都にも伝わる。いや、もう伝わっているかもしれない。とすると、今度はリアの番だな」
キャロは腕を組んだ。
「使者が本物なら、父ちゃんに返してやるのが一番なんだがなあ」
ミルの言う通りなのだ。アリスターはリアを返したくないようだが、子どもは親の元で育てるのが一番なのだから。
「お前たちがアリスターとリーリアを大事に思っていることは伝わった。同じように私の大切なのは、自分の子どもとこの町だ。害があると判断したら、そこまでだぞ」
町長は冷静にそう言った。それは仕方がない。
「しかし、あの使者だが」
「それがどうした」
町長は静かに続けた。
「二人だけと言うことはあるまい。実際、町の宿には五人で来ているし、どうやら隣町にもっと人数を連れてきているらしいという話も聞いた」
町長によると、数人ずつ分散してあちこちの町を回っていて、リーリアを見つけたので合流するというのだ。
「それだけ大規模ならやっぱり本物だったのか」
キャロが首をひねる。
「だがリーリアは違うと言った。魔力がない、貴族ではないと」
「そこだよ!」
町長が立ち上がった。
「子どもたちに乱入されたからうやむやになったが、なんだあの幼児は。私の大切な子どもたちの小さいころとはまるで違う。そもそも親から離されて三月、親のことなどほとんど忘れていてもおかしくないというのに!」
俺たちは顔を見合わせた。おかしい幼児ではあるのだ。かわいいからどうでもよくなるだけで。
「アリスターも賢い。四侯なんてそんなもんなんだろ」
ミルがどうでもいいことのように言った。
「しかし、本物かどうかわからないから行かないと、自分で判断して決めたんだぞ。そんな幼児がいるか」
「いるんだからしょうがないだろ。そのおかげであんたも子どもを変な集団に引き渡した汚名を着せられずにすんだんだからいいじゃねえか」
俺はぴしゃりとそう言った。町長は多分俺より15歳以上年上だが、少なくとも今回は敬える行動を取らなかったのは確かなのだから。
町長は何かを言いかけて、またソファに腰を下ろした。そしてふうと息を吐きだすと改めてこう話しだした。
「それは気になるがまあいい。私の言いたかったことは、町の外は危険だから、しばらくの間リーリアとアリスターをうちに預けないかと言うことなんだ」




