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転生幼女はあきらめない  作者: カヤ
辺境編

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ちゃんと、待つ


もちろん、私は、お父様のお屋敷の人をあまり知らないし、屋敷勤めの人を捜索に出したりはしないだろう。でももしかして、もしかしてセバスならいいのになと、ほんの少しそう思っただけなのだ。


使者は私のほうにずんずん近付いてきて、すぐ近くで私の目を覗き込んだ。


「これは見事な淡紫」

「確かに」


そう言うとお互いに頷き合い、町長のほうを向いた。町長はソファの反対側にゆったりと腰かけ、興味深げに一連の流れを眺めていた。その濃い金髪と緑の瞳はどこかで見た気がする。そうだ、初めてトレントフォースに来た時の、金髪の兄妹だ。


「確かに、行方不明のリーリア様と思われます」

「それでは、さっそく連れて帰らねば」


使者はそう町長に話しかけると、私をバートから受け取ろうとした。私はバートにぎゅっとしがみついた。


「待て」


バートは私を抱えたまま手で制した。


「なんだ君は。いや」


使者はバートがいることに今初めて気が付いたような顔をすると、


「君たちがリーリア様を預かってくれていたというハンターか。今までありがとう。いずれオールバンス侯からも改めて礼があるはずだが、とりあえずこれを」


と部屋の隅に合図をした。隅にいた使用人が小さな袋を持ってやってきた。バートの代わりにキャロがずしりとしたそれを受け取り、中身を確かめる。


「金貨、10枚か」


キャロはフッと鼻で笑った。金貨1枚が約10万ギル、およそ100万円ということになる。


「安く見られたもんだぜ」

「なっ」


使者の一人が腹立たしそうにしたが、もう一人が止めた。


「今は捜索がすべて。手持ちがそれほどないのだ。必ず、改めて礼があるはずだから、今はそれをおさめてはもらえまいか」

「礼、ねえ」


キャロは金貨の入った袋を投げ上げて、受け止めた。チャリンと音がした。


その音を合図にしたかのように、バートが私を抱えたまま一歩前に出る。その横にミルが並び、キャロ、クライド、そしてアリスターが並ぶ。


「礼と言うなら、まず名乗れよ」


口にしたのはミルだ。


「それから、リアの父ちゃんの使者だという証拠を見せろ」

「リアがどういう経緯で見つかったのか、なぜ俺たちと一緒なのか、今どうしているのかを、ちゃんと聞くべきだろ」


そうかわるがわる口にした。最後にアリスターが前に出た。その瞳を見て使者が目を見開く。


「夏空の青。なぜ」


しかしアリスターはそれを無視し、こう言った。


「そしてリアが本当に戻りたいかどうかもな」


部屋に一瞬沈黙が広がり、そして使者が失笑した。


「バカな。このような赤子に」


そうつぶやくと、しかし二人改めてきちんとこちらに向き合った。姿勢を正してきちんと踵をつけると、


「私がトマス・レミントン」

「ハロルド・レミントンです」


と名乗り、懐から封筒を取り出し、そこからさらに厚手の四つ折りの紙を取り出すと、バートに見せた。


「れみんとん」


私は口の中で静かにつぶやいた。レミントン。ハンナが言っていた。


「この者、正式な使者にて、わが娘リーリア・オールバンス救出の全権を委託する。ディーン・オールバンス」


バートがゆっくりとその紙を読みあげる。そしてお父様らしき人のサインがある。


「町長から、この町の優秀なハンターが国境際でリーリア様を救い出したという経緯は聞き及んでいます。見たところ大事に養育されているようす。特段、事情を伺うこともないかと判断いたしました」


そのふるまいはまさしく使者にふさわしい。


「レミントンってのは、四侯の一つのはずだ。それがなぜ使者になってる」


バートが静かに尋ねた。


「四侯でも魔力が高く結界を支えるのは一握りです。我らは家名こそレミントンだが末端の貴族。普段は要人の警護の仕事をしておりますが、使者として貴族の肩書があったほうがいいだろうということで選ばれてまいりました」


きちんとした言葉遣いだ。でもさっきから頭の隅に何かがひっかかっていた。なんだ。


「町長」


バートが町長に呼びかけた。


「正直、四侯のサインなど見たこともないので、その使者が本物かと言われると私にその保証はできない。しかし偽物だと断ずることもできない。しかしその子は、家に帰すべきではないのか」


町長はそう言うと、興味なさそうに肩をすくめた。それを受けて使者は私に手を伸ばした。


「さあリーリア様、お父様がキングダムでお待ちですよ。戻りましょう」

「きんぐだむ」


私がそうつぶやくと使者は片方の眉毛を上げた。


「おお、賢い子だ。そうです。王都ガーデスターで、首を長くして待っていますよ。さあ」


そう言って私に手を伸ばした。屋敷でいつもそうして手を伸ばし抱き上げてくれていたのは、セバスだった。


バートも仕方ないと思ったのか、私を抱く手を緩めた。


バシッ。


私に手を払われて、使者は思わずと言ったように手を引っ込めた。驚いている。


「リーリア様、何をなさいます」

「にゃい」

「にゃい?」


使者はいぶかしげな顔をした。


私を抱き上げたハンナも、私を抱き上げたセバスも、お父様や兄さまほどの輝きはなかったけれども、確かにその体には魔力をまとっていた。バートやミルもそうだ。


しかし、この町に来て初めてわかった。辺境には魔力持ちが少ないのだ。だから魔力を充填できるほどの魔力持ちは珍しいし、虚族の気配を感じられるほどの魔力持ちはもっと少ないのだと。だからハンターが貴重なのだということも。


そしてそれがキングダムと辺境を分ける大きな違いなのだと。


私に手を伸ばした使者には、ほとんど魔力がなかった。末端と言えど、貴族で魔力がないのはおかしい。


「まりょく、にゃい。きぞく、にゃい」


私がそうつぶやくと、バートは私を抱えなおして後ろに下がった。


「何を言っている、この赤子は」


使者は途方にくれている。


「いっしょ、いかにゃい」


そう言うことだ。使者は困り果てて町長を見た。


「先ほどこの者が言ったとおり」


町長はアリスターに視線を向けた。


「使者どの、申し訳ないが。本人が行かぬというものを、無理に行かせるわけにはいかぬだろう」

「しかし、こんなところまで来たのに!」

「事情は察するが、どうしようもない。この赤子が納得する何かを持ってまた来るしかなかろう」


そうだ。お父様が無理ならできればセバスを連れてきてもらいたい。そう私は思った。と、バートが私を抱えたまますっと体を斜めにした。キャロとクライドが一歩前に出る。


「まさか、力づくで連れて行くつもりではないよな」


そのバートの言葉に使者は力を抜いた。私は使者にこう言った。


「おとうしゃまに、ちゅたえて。りあ、げんき。むかえ、まちゅ」

「我らを使者とは認めないと。そういうことですな。このチャンスを逃したら一生戻れないかもしれないのに」


そうかもしれない。もしかしたらこの使者は本当に使者なのかもしれない。そしてこれはチャンスなのかもしれない。でも。


「おとうしゃま、りあ、かにゃらず、むかえにくる」


この使者が本物で、きちんと報告してくれたら、お父様はちゃんと迎えに来てくれるだろう。


「りあ、ちゃんと、まちゅ」


使者は唇をかむと、


「本人がそう言うものを、無理に連れていくことはできませんな。無駄足を踏んだ」


そう言うと町長にだけ頭を下げ、キャロの手から金貨の袋を奪い取り、足音も荒く応接室を出て行った。


「リアの無事を確かめられたんだから、無駄足なんかじゃないだろうに」


アリスターのもっともなつぶやきだけが応接室に響いた。

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