使者
町長からの呼び出しはブレンデルの店のほうに来た。
私たちより前にトレントフォースに入っていたという怪しいやつらは、結局何もせずにいなくなり、その後特に問題となるようなことは起こっておらず、特にバートたちは少し気が抜けていた。
町長の使いだという人は店の奥で積み木で遊ぶ私を横目で見ながら、ブレンデルとバートに何か説明している。アリスターがその横で話を聞き漏らすまいと必死だ。
最終的にバートは頷くと、ブレンデルに断ってこちらに歩いてきて、私の前にしゃがみこんで目を合わせ、にこりとした。
「リア、いい知らせだ。お前の父ちゃんから連絡が来たぞ」
「おとうしゃま!」
私は立ち上がった。
「どうやら国境近くでお前を失ってから、父ちゃんあちこちに使者を出してたらしい。まさかトレントフォースにとは思わなくて、念のためにと探しに来てみたら、たまたま紫の目の幼児がいると聞きつけたんだと」
「辺境といえど探す場所はウェスター一国だぞ。それでも各町にキングダムから使者を送るなんざ、さすがに四侯だなあ、おい」
ブレンデルも顎に手を当てて感心している。
「ケアリーを真ん中としても、東の領都、西、そして回り込んで北のここまで一体いくつの町があるかわからないのに」
さらわれてからもうすぐ三月になろうとしている。あちこちの町を探しながら来たら、そのくらいになるのかもしれなかった。しかしあのお父様なら、やる時は徹底してやる。そうだとしたら、嬉しいのだけど。
「ほんとにリアの父さんの使いだってどうしてわかるんだ」
アリスターはバートの後ろをついてきたが、顔を背けて両手を体の横でぎゅっと握りしめている。
「俺と母さんがキングダムから逃げ出してきた時も、国境を過ぎたら途端にまったく追ってなんか来なくなった。辺境なんて貴族にはないも同じことなのよって、母さん言ってた」
「アリスター」
バートは立ち上がるとアリスターの肩をぎゅっとつかんだ。
「落ち着け。いずれにせよ国境の町まで俺たちがついていく。リアをポイっと渡してそれまでなんてことしないから」
トレントフォースの町に着いたのがたったひと月前だ。普段の1.5倍近い時間をかけてここまで連れてきてくれたのだ。それなのに、また送るためだけについてきてくれるというのだ。
「ばーと……」
ありがとうと言いかけたら、バートはカウンターのほうに振り返った。
「あ、ブレンデル! そん時は魔石をケアリーに持ってくからさあ」
「ああ、そりゃ助かるわ。いつだって魔石の供給は歓迎されるからな。ちょうどお前たちからでかい魔石も仕入れたしな」
「ばーと……」
感動がどこかに行ってしまった。だってついでにちゃっかり仕事も受けているのだもの。バートはまたこちらに振りむいて、にやりとした。
「だからな、心配すんな」
「あーい。ありがと」
「さ、今日は狩りに行く代わりに町長のところへ行こうな」
「あーい」
その日はそわそわとして、お昼寝もしたんだかしないんだかわからないまま起こされ、町長の屋敷に連れていかれた。
トレントフォースは、南北に縦に走るウェリントン山脈の西側に張り付くようにできた町だ。町の入り口は南側にあり、町長の屋敷は町の北側にある。町の中心からは少し距離があるので、皆に代わる代わる抱かれながらそちらへ向かう。
「まちの、はちっこ」
「そう。辺境はどの家も基本的には虚族が入ってこないように工夫がしてある。町長の家はさらにそれが強固で、しかも家そのものが広い。つまり、あえて町の端にしっかりした建物を建てることで、狩人がいざというときの避難先になるようにしてあるんだ」
「えりゃい」
「ほんとにな。町長は大きめの結界箱も持ってるぜ」
「しゅごい」
辺境では町長という仕事をする人は、きちんと町を守れなければならないのだという。
「だから大丈夫だと思うが」
バートは聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言った。
そうして町の家が途切れたあたり、広い広場があってその向こうに町長の屋敷はたっていた。お父様の屋敷を想像していた私は、思わずこう口にしていた。
「ちいしゃい」
いや、立派なのだ。町の家に比べたら、大きいし。でもいつも遊んでいた庭から見た父さまの屋敷は、どこに建物の終わりがあるかというほどだったので、つい口に出てしまったのだ。
「俺、今初めてリアがお嬢様だと思ったよ」
キャロがつぶやいた。それはそれで失礼なのだが。普段だってあふれ出る気品とかがあったはずだ。
「確かに、最初会った時こいつポケットにパンを隠し持っていたしな」
「干し肉もな」
残念ながら出会いが悪かったようだ。あの時は本当に大変だったのだ。しかし、ミルとバートのこの言葉のおかげで緊張がほどけ、楽な気持ちで町長の屋敷に入ることができた。ドアを叩くと、執事のような人が出てきた。ブレンデルの店にも来ていた、壮年の人だ。
その人は私に一瞬目を留めると、
「バートとお嬢さんだけでいいだろう。なんで全員で来たんだ。アリスターまで連れて」
とあきれたように言った。うちの執事とはだいぶ違う。何というか、砕けた感じだ。
「俺たちはアリスターもリアも含めてパーティだからな。この先を決める大事なことだ。だから全員で聞く」
そう主張するバートに肩をすくめると、
「とりあえず使者殿がじりじりして待ってる。町のものの都合などどうでもいいんだろうよ」
と言いながら応接室らしきところに案内してくれた。とんとんと扉を叩き、
「お客様をお連れしました」
と声をかける。
「入ってもらえ」
という答えにその人は扉を開け、私たちに扉のなかに入るよう促した。もしかして、誰か知っている人が来ているかもしれない。私は胸がどきどきした。
扉を入ると、奥の方に背の低いテーブルとソファがあり、使者らしき人が二人こちらに背を向けて座っていたが、私たちの気配に立ち上がってこちらを向いた。その奥にいる人が町長のようだ。
「おお、そちらがリーリア様か!」
町長に目をやっていた私はその声に使者のほうに視線をやった。知らない人たちだ。わずかに体を固くした私に、バートは小さな声で私に問いかけた。
「リア?」
私はバートのシャツを思わずぎゅっとつかんだ。
「しらにゃいひと」
「そうか」
それだけ言うと、私を抱くバートの手にほんの少し力が入った。




