リアの一日後半
しかしその後すぐにお昼ご飯になった。従業員はだいたい昼は家に帰って食べるようだ。私たちは、アリスターがお店に走って行って三人分の、というか2.5人分のお昼を買ってきてくれた。
薄いパンケーキのようなものを何枚も、そして蒸した肉をそぎおとしたもの、それに野菜の酢漬けだ。肉と野菜をパンにはさんで二つ折りにして食べる。食べ終わる頃には、
「よっと、持ってきたぜ」
とキャロとクライドが大きい枠を横にしてもって来た。
「リアのお昼寝用ベッドな。作んなくても使ってないやつを分けてもらえた」
「も少し大きいのはもうアリスターの部屋に入れて来たぜ」
そう言うと工房の隅っこにてきぱきと小さいベッドを組み立て、布団をセットして出て行った。
「仕事はええな、あいつら」
バートがくっくと笑う。
「ベッドもいいけど、あれやろうぜ?」
「あれ?」
「リアの作ってたやつ」
そして昼の残り時間、アリスターとたっぷり積み木をすることになったのだった。食後にそんなことをしていたら当然眠くなる。お布団に収まって眠り、起きたころにはもう帰る時間になっていた。
「リア」
「あい」
アリスターの声に返事をし、起きたばかりなので目をくしくしとこする。
「さあ、狩りだ」
「あーい」
布団からそのまま抱き上げられる。
「ちょっと待て!」
ブレンデルから声が飛んだ。
「なんだ?」
バートがいぶかしげに振り返る。
「まさか、狩りにその子を連れていくんじゃないだろうな」
ちょうど客足も途切れ、従業員たちも休憩でブレンデルと私たちの他には誰もいなかった。
「そのつもりだが」
「ばかな!」
バートの言葉にブレンデルは目を怒らせた。
「幼児を結界の外に連れていく必要がどこにある」
「だけどリアは旅の間ずっと狩りの時そばにいた」
「それは!」
そう言うとブレンデルはきょろきょろと周りを見た。
「まあ、この町の奴らは口に出さないが、お前たちが結界箱を持っているのは知ってる。だからといってな」
「町に置いて行ってさらわれるほうが怖いんだ」
「ここにおいてけ」
「だめだ」
ブレンデルとバートはにらみ合った。
「ブレンデル。あんたが昨日言ったんだろ! 俺たちの前にこの町にやってきた怪しいやつらがいる。どうもケアリーから何かを探しに来ているらしいって」
「だからこそ、置いてけ」
「駄目だ」
「バート、俺は強い。知ってるだろ」
「あんたがハンター上がりなのは知ってる。でも力づくの奴が来た時、リアは商品だろうから大丈夫だろうが、あんたたちに怪我をさせるのは嫌なんだ」
「くっ」
私は狩りについて行ってもここにいてもいいのだが。そんな危険なことになっていたとは知らなかった。
「リア、行くぞ」
「あーい」
結局はブレンデルは無理に私を置いていかせるわけにはいかなかったので、私はアリスターたちと一緒に狩りに行くことになった。なんとなく嬉しそうなラグ竜のかごに乗せられて。
一行は町を出ると北のほうに向かった。結界を出ても、まだ虚族はほとんど出てこない時間だ。
「よーし、このあたりにする」
バートがそう宣言した。
「安全を取るなら、町の結界のすぐ外側でやるのがいい。だが俺らには結界箱があるからな。リア、いいか」
「あーい」
私は竜の背のかごの中で、預けられた結界箱を掲げた。合図があったらかちッとスイッチを入れる。それだけだ。
そしてその場でおしゃべりをしながら夕暮れを待つ。と、私とアリスターの顔が思わず森に向いた。
みんながハッとして目を森に向ける中、やがてヴン、と揺らめく影が、一つ、二つ出始めた。
「リア、結界」
「あい」
かちっ。竜五頭と私を結界が包み込む。バートたちは全員結界の外に出ている。結界箱がないものとして戦うつもりらしい。しかし、虚族の数も旅の間ほど多くない。
戦っているのは常に二人だけ。残りは周りを警戒し、すぐさま魔石を拾い、戦っている二人に注意を向けている。しばらく虚族を狩った後、虚族が遠くにいて近くには一体もいないという瞬間が訪れた。その瞬間、
「撤退」
というバートの声とともに、皆が結界まで走ってくる。そしてすぐに竜に乗ると、そのまま町まで竜を走らせた。ラグ竜が急いで走る速度のほうが、虚族よりも早い。追いつかれないうちに町の結界に入ってしまった。そこで私は結界のスイッチを切った。その横で、キャロとクライドが、
「ん、リアがおとなしくしていれば何とかなりそうだな」
「むしろ竜を守らなくていい分やっぱり楽だったか」
と今日の成果を語り合っていた。
「よし、行けるぞ」
と言うバートの言葉に、
「おう」
と全員の返事が重なった。
それが私のトレントフォースの初日だ。
次の日、心配そうなブレンデルに朝からつかまった。
「おーい、エミ、この子をちょっと見てくれ」
「はいよ」
待ち構えていたのは、ブレンデルの奥さんだった。私は有無を言わさず抱きとられ、母屋に連れてこられた。でも嫌な感じはしなかった。奥さんはふわふわで柔らかいのだもの。
「あんた、リアって言うんだって?」
「リーリアでしゅ」
ちょっと気取って全部言ってみた。奥さんは優しい顔をして、
「リーリアかい。きれいな名前だねえ。リアって呼んでいいかい?」
「あい。えみしゃん」
「はは、エミでいいよ」
「えみ」
そう言いながらもおかみさんは私の頭をかき分け髪のつやや地肌を調べ、耳の後ろ、顎の下、首回りを見、手を表にし、裏返しとチェックに余念がない。
「ふーん、どこもかしこもきれい。衣服も清潔。ほっぺもぷくぷく。大丈夫のようだけれど」
そう安心したように言うと、真剣な顔をしてこう尋ねた。
「狩りなんぞに連れていかれて。怖くて眠れないとかないかい」
「こわいにゃい。いちゅも、ありしゅたー、いっしょ」
「そうかい」
ほっとした顔をし、後ろからラグ竜のぬいぐるみ型のポシェットを持ってくると、
「はい」
と言って渡してくれた。ラグ竜は茶色なのに、そのぬいぐるみはピンクだった。もうぬいぐるみなんてと思うだろうか。そんなことはなかった。一歳児の手にちょうどいい大きさのラグ竜は、なぜか離しがたいものになり、常に傍らに置いておく存在になったのだった。
こうして順調に町での暮らしが始まった。




