お空じゃなく
お父様の張った結界は、結界箱より狭い。
そのため、虚族がお父様の近くにいて、少し怖い。
「おじいさま、リアもい行く。おじいさまのけっかいはだいじょうぶ?」
「そう言うと思ったよ。いまスイッチを入れよう。ほら」
おじいさまに渡してあるのは、バートのために作った、ラグ竜がちょうど入る大きさの結界箱だ。
腰にポーチのように付ける形になっている。
「手をつなぐと自由が利かないから、並んで歩こうか」
「うん」
胸を開くように両手を広げながら歩くお父様と、少し離れて斜め後ろに付き従う兄さま、そして後ろを歩く私とおじいさま。
少し変わった短い行列だ。
「おじいさま、みて?」
私は結界に弾かれる虚族を指さした。
指さしても虚族は怒ったりしない。
「かわったふくをきてる」
「あれはずいぶん昔の服だな」
「あっちも。スカートがみじかい」
髪も短めで、なんだか転生前の服装を思わせた。
「リアは見てはいかん! なんだ、夜の仕事の女か?」
おじいさまは虚族から私を隠すように前に出ると、腰に差したローダライトの剣を抜き、その虚族を切り捨てた。
虚族は切れ目から縮んでいくように姿を消し、すぐに地面に魔石となってごとりと落ちた。
その質量感のある音に視線が吸い寄せられたが、魔石を見て思わず声が出てしまった。
「おおきい! おしろのませきにちか近いくらい!」
「これは……! 私もほんの数度しかお目にかかったことがない。献上レベルの魔石だぞ」
普通より大きい魔石が手に入ったときは、お城で買い取ることになっている。
もちろん、相応の礼は支払われる。
おじいさまは魔石を拾うと、ポケットに押し込んだ。
「やれやれ、私はハンターではないのだが」
余計なことをしていたら、お父様と距離が空いてしまった。
幼児の足で少し急ぐ私に、おじいさまが合わせてくれる。
「ごらん、リア、お前のお父様を」
もちろん、お父様を見ながら歩いている。
「虚族のうろつく危険な草原で、あれほど自由な男がいるだろうか。ただ歩いているだけなのに、鳥のように舞い、ノウサギのように跳ねる心が見えるようだな」
おそらくお父様を正面から見たら、無表情に見えるに違いない。
だが、近しい者は違う。
その仮面のような無表情の奥に、豊かな感情を見て、同じように心を震わせる。
私や兄さまのようなオールバンスの者、ギルやスタンおじさんのようなリスバーンの者だけでなく、クレアお母様のネヴィル家の者も、お父様の理解者なのだ。
と、その時、前を行く兄さまの目が右手にそ逸れた。
私もつられて右を見ると、護衛たちの隊列が乱れている。
「落ち着け! ディーン様には何の問題もない! 結界に戻れ!」
ハンスの怒鳴り声がするが、それを聞かずに飛び出した護衛が見えた。
腰の剣を抜き、お父様をめがけて走ってくる。
全力で走る人間に、虚族は追いつけない。
だが、走る先に待ちかまえる虚族はその限りではない。
案の定、お父様にたどり着く前に虚族に囲まれ、止まってしまった。
護衛についていたハンターが虚族を切り捨てているが、数が多くて間に合いそうにない。
「おとうさま!」
「わかっている。リアとルークは控えよ」
お父様は私たちに一声かけると、何も言わずに結界をふくらませた。
ぱーんと、体の中をお父様の結界が通り抜けていく。
目の前にいた虚族は、どこに飛び散ったのか、結界の膨らむ勢いが強すぎて、目で追えないうちにいなくなってしまった。
「ううう、もう駄目だ、もう」
虚族に囲まれ、剣を振り回していた護衛は、何もいなくなったことにやっと気がつき、剣を下ろす。
「いなくなった? なぜ?」
「馬鹿が! ディーン様は大丈夫だと言っただろうが! 結界に戻れ!」
走ってきたハンスに腕をつかまれ、はっとしてお父様を見た護衛は、お父様に異常がないのを見たのかほっと肩の力を抜いた。
「ほっとしてる場合じゃねえ。護衛が死んだら、護衛対象も死ぬ。自分の命を顧みないことは、護衛として失格だぞ!」
「は、はい。申し訳ありませんでした」
ハンスも今回は一人用ではなく、バートと同じラグ竜まで覆える結界箱を持って行ったから、お父様の結界がなくても、護衛はハンスと一緒にいれば大丈夫だ。
連行された護衛が自分のグループに戻ったところで、ハンスがお父様に合図を出した。
「ディーン様、大丈夫です」
「そうか」
お父様は広げた結界をしゅんと縮めた。
縮んでいく結界が体を通る時も、そわっとする気配がある。
「うわっ!」
護衛のほうから驚く声がいくつも聞こえてくるが、実は私も驚いている。
足元の地面から、ぬうっと虚族が出てきたからだ。
「おそらにとんでったのかとおもってた」
「私もだ。まさか地面にも押し込まれていたとはな」
現れた虚族の数は少し少なくなっていたから、お空や草原の向こうに吹き飛ばされたものもいるだろうが、よく考えたら、結界は丸いから、地面の中にも展開されているのだろう。
「隊長! ルーク様はともかく、リア様まで外に出ちゃってますけど、大丈夫なんですか?」
今度はハロルドの声だが、お父様の危険にばかり注目して、私と兄さまに気がつ付かなかった先ほどの護衛にちょっとがっかりしていたので、素直に嬉しかったりする。
「ルーク様はともかくっていうのが気に入りませんね」
兄さまがぶつぶつ言っているが、ハロルドは余計な一言が多いのが玉に瑕である。
兄さまなら玉なんてとんでもない、クズ魔石がいいところですなんて言いそうではあるが。
何も持たずにうろうろと夜の草原をさまようお父様一行と、結界箱のある場所で固まって虚族を観察する護衛たち。面白い光景だったと思うが、見ていたのは雇われたハンターとネヴィルの人たちだけだった。
「よーし、少しは虚族に慣れたな。では、今日はここまで。明日はローダライトの剣を持って、虚族を倒すところまでやってもらう」
ハンスの声が響いて、今日の訓練は終了だ。
幼児の私でもなんとか耐えられる寒さだったから、護衛も大丈夫だっただろう。
「お父様、帰りますよ」
兄さまがお父様に歩み寄った。
「帰りたくない」
「明日もありますから」
なだめる兄さまの声が優しい。
お父様も、キングダムの外に出るのは初めてではないどころか、何回も出ているはずだ。
だが、なん何の用もなく、自由に歩き回れる機会があったかと言えば、それはなかっただろう。
「ただ、お父様がそんなにファーランドに出たかったのなら、昼に来た方がよかったですねえ。でも、明日も町に出たいし、どうしましょうか」
兄さまがツアーコンダクターのように、明日の予定をいろいろ考えていて面白い。
「町に出るのは変えたくないから、夜でいい。だが、明日はラグ竜に乗りたい」
「んー、ラグ竜ですか。ラグ竜用の結界箱は数が少ないんですよ。リアに頼んで急いで作ってもらいましょうか」
ラグ竜用の結界箱は、私も作れるが基本的にはニコのほうがうまい。
今日から明日にかけての空き時間に私が作るとなると、二個が限度だろう。
さっそくマールライトの変質について予定を立てる、親思いの私である。
「私とルークの分があればいいだろう」
「さすがに護衛が必要です。今日よりもファーランドの内部に入るわけですから、虚族以外の危険があります」
「そうか」
「明日はラグ竜に乗れるようにしますから、今日は帰りましょう」
お父様は子どものように頷くと、兄さまと並んで帰ってきたので、私は兄さまとお父様の間に入り、両手をつないでもらった。
「では、寂しい私は後ろから見守るとしよう」
そう言うおじいさまに背後を見守ってもらいられながら、宇宙人のように手をつながれていで、キングダムへと戻ってきた。
「皆、ご苦労」
お父様は平然として、戻ってきた護衛に声をかけた。
「ご苦労じゃありませんよ。結界の外へ出るなとは言いませんが、出るなら出るで、あらかじめ言っておいてください」
これはハンスの文句だが、それはその通りだと思う。
「急に出たくなった」
「急にってあんた」
思わずハンスの口調が崩れてしまう。
「あー、はいはい。わかりました。おい、皆!」
ハンスはがくりと首を落としてから、ぐいと顔をあげてお父様の隣に移動すると、今度は護衛たちに声を掛けた。
「オールバンスで護衛として働くということは、何をするかわからない護衛対象に臨機応変に対応するということだ。今回のことはいい訓練になった。今後も心して努めよ」
「はい!」
護衛の気持ちのいい声が響く。
「言っておくが、ディーン様はまだましな方だからな」
「はい!」
それは私のことだろうか。機動力のない幼児一人守れないとはどういうことか。
不満そうな私に、ハンスが、はあっとため息をついた。
「いきなり穴に落ちたり、竜馬車にこっそり乗っていなくなったりして、どんだけ行方不明になったと思ってるんですか」
ほんの数回である。
プイと横を向いた私はそれ以上追及されることはなく、その日の訓練は無事終了したのだった。




