リアの魔道具教室
それからマールライトをそっと手の平に乗せると、ためつすがめつしながら不思議そうに頭を傾げた。
「熱を伝える黒砂がないのが一番不思議だが、それにしてもマールライト自体、もっと熱を持つはずだ。しかも小さい。それなのにこの中途半端な熱の持ち方はいったいどういうことだろう。温かいが取り落とすほどではない。なるほど綿ごしでちょうどいい温度になるはずだ。ちょうどいいとは? はて」
また自分の世界に入り込んでいるショーンである。
私はヒントをあげることにした。
「まりょくをそそいでみて。へんしつせずに」
魔道具師なら、それでわかるはずだ。
ラビはショーンと目を合わせ、自分もマールライトを手に取った。
ふわんと、二人とマールライトから魔力が立ち上がる。
変質していない、純粋な魔力だ。
「これは」
「失敗作ですか? 変質が不完全です」
私は思わずニヤリと笑った。
不完全、上等である。
あえて質を落としたのが、この魔道具の特徴なのだから。
「待ってください。よく見たら、不完全な上に、魔石が小さい。これは明かり用の魔石ではないですか。熱の魔道具にはもっと大きい魔石が必要なはずです。やはり子どものお遊び、いえ、遊びだとしても、そもそも子どもが魔石に触ってはいけません」
ラビは私のほうを叱るような目で見た後、視線をさまよわせてお父様と兄さまのほうに目をやり、私と見比べて頷いた。親子だと確信したのだろう。
「失礼とは思いますが、言わせていただきます。一二歳以下の子どもに、魔石を触らせるなどと、いったい何をお考えですか。ましてこの子は幼児でしょう。魔力の多い貴族といえど、命の危険を伴うのは一緒です。親として、子どもにそんな危険なことをさせてはいけません!」
部屋に一瞬、沈黙が落ち、お父様の眉が上がり、兄さまは口を押さえて横を向いた。
少し肩が揺れているから、笑いをこらえているのかもしれない。
それにしても、領主と同等の、身分の高い貴族とわかっていても、言うべきことは言う、なかなかの人物と見た。
「リア、どうですか?」
兄さまがなんとか普通の声で私に問いかけた。
「はんぶんごうかく!」
「半分ですか」
兄さまがついにくっくっと笑い出してしまった。
「半分の理由は?」
「まどうぐのもくてきにきがつかないから、れいてん。じんぶつはよいので、ひゃくてん。あわせてはんぶん。あれ?」
合わせて半分というのはちょっと変だろうか。
「魔道具の目的ですって? え、魔道具の目的? これは熱の魔道具を、子どもが作ろうとした失敗作ではないんですか?」
「そうきたかー」
確かに、変質をきちんと学んだ魔道具師があったかポシェットを見たら、そう思うかもしれない。
「ラビ、そちらのマールライトを貸してくれ」
ショーンがラビのマールライトを取り上げ、魔力を流す。それからラグ竜ポシェットの魔石も取り出し、魔力を流してみている。
「ラビ、この三つの魔石に魔力を流してみろ。完全に一致する」
「まさか。失敗作が三つというだけでしょう。ええと、あれ?」
魔道具師は、見本のマールライトと完全に同じに変質できるように訓練を重ねる。
したがって、マールライトの品質には敏感である。
「同じだ。完全に同じ」
どうやら私のやったことの素晴らしさの一端を理解できたようだ。
「リア様、そんなにそっくり返ると後ろに転びますぜ」
ハンスが余計なことを言う。困惑する魔道具師たちをながめるのも面白かったが、仕方がないからそろそろ正解を教えてあげよう。
「しっぱいじゃないよ。ねつのマールライトのしつを、わざとおとしてあるの」
「なぜ?」
すぐに疑問が返ってきたのでかなり合格である。
「まどうぐのもくてきが、ちょうどいいあったかさだから」
「ちょうどいいあったかさ」
オウム返しで返ってきたのは、内容が頭にしみこんでいないからだろう。
「ちょうどいいあったかさ。熱くはなく、温かい。つまり、持ち運んでも、やけどをしない?」
最初に自分が感じたことを思い出したショーンが、答えを出した。
「だいたいせいかい! こたえは、さむいときにからだをあっためるまどうぐです」
私はパチパチと拍手した。
「寒いときに体を温める魔道具だって? 魔道具はそんなことに使うためのものではない」
ショーンが難しい顔であったかポシェットを眺めている。
「体を温めたいなら、温石か、魔道具で沸かしたお湯を容器に入れるなど、工夫してやってきている。どんな小さな魔道具でもそれなりの値段がするというのに、無駄な使い方だ」
ぶつぶつとそう言いながら、あったかポシェットにマールライトと魔石を戻そうとしている。
「まずマールライトを入れ、マールライトと綿の間に魔石を押し込むようにするとやりやすいですよ」
ナタリーのアドバイスに素直に従ったショーンは、たちまちほんのりと温まり始めたポシェットを両手で包んだ。
「だが、なぜこの場に俺は呼ばれた? 無駄とか無理とかコストとか常識を追いやって、素直に考えてみるんだ。寒い時に、これを手に持つ」
目をつぶってポシェットの温かさを味わっているショーンに、ナタリーと私からアドバイスだ。
「私はポケットに入れていました」
「リアはうわぎのした、せなかにあててたよ」
「ふうむ。失礼する」
ショーンはジャケットを脱ぐと、ポシェットを首から後ろにかけて、すぐにジャケットを羽織る。
「……温かい」
それをあっけにとられた顔で見ていたラビも、失礼しますと声をかけて、服の内側、お腹のあたりにポシェットを潜り込ませた。
「温かい、ひたすら温かい」
それからしばらく温かさを堪能した後、二人は渋々とポシェットをテーブルに戻した。
「夜、お布団の足元に忍ばせると、朝まで温かいのです」
ナタリーが駄目押しする。
「まあ、それは本当なの? お湯を使ったあんかはすぐに冷めてしまうのよ」
それに食いついたのはグレイスおばさまである。
「少なくとも、夜から朝まではぜんぜん大丈夫でした」
「なんてことかしら。リア、おばさま冷え性なのよ。これを譲ってくれたりはしない?」
グレイスおばさまがぐいぐいとくる。
「グレイス、その話は後にしよう、な?」
「まあ、私としたことが、ごめんなさい」
ナタリーといい、グレイスおばさまといい、確かに女性には冷え性が多い。
手足が冷たくて眠れない気持ちはとてもよくわかる。
「リア、おばさまのぶんもあとでつくるね」
「嬉しいわ! お願いね!」
おばさまのために作ると言った私を、ショーンとラビが信じられないという目で見てくる。
「ということは、その、リア様が、ちょうどいい温度を保つこの魔道具を本当に、本当に作ったと?」
「さいしょからそういってるでしょ」
私がとんでもないことをしでかすとわかっている人ばかりに囲まれていると、何かをしてもたいして驚かれもしない。だから、この二人の反応はちょっと新鮮でもある。
私は兄さまとお父様を見た。
それからダレンおじさまとおじいさまのほうも見た。
最後にグレイスおばさまを見た。
なぜ私はこの場に呼ばれたのか。
「おじいさまとおじさまとおばさまは、これをたくさんほしいのね?」
三人はうんうんと頷いた。
「おとうさまとにいさまは、そのおねがいをきいてほしい?」
ふたりは口の端をわずかに上げて微笑んだ。
「でも、リアはひとりしかいない。つまり」
私は腕を組んでふんぞり返った。
「ネヴィルのあったかポシェットは、ショーンとラビがつくれってことね」
「はい?」
「はい?」
きょとんとした魔道具師とは対照的に、お父様と兄さまの笑みが深くなる。
やっと正解にたどり着いた。
私に作ってほしいのではなく、魔道具師に作り方を教えてほしいということだ。
ということは、権利関係はどうなるのだろうかとも思ったが、私は兄さまと違って利益はそれほど重視していない。兄さまがゴーサインを出したのだから、やってもいいのだろう。
「ではショーン、ラビ、このまどうぐのへんしつをおぼえましょう」
私は腕組みをほどくと、幼児のかわいらしい手を魔道具師に差し出した。
リアの魔道具教室の始まりだ。




