魔道具師リア
もっとも家族以外の人もいる。
「やっと話せたね、リア」
「カルロスでんか、げんきそうでよかった」
午前中の話し合いはどうなったのか、本当は気になるところだが、詳しい事情を知ったら関わらずにはいられなくなるかもしれない。そうしたらこの楽しい家族旅行に水を差されることになる。
私はぴょこりとのぞく好奇心の芽を押さえ込んで、余計なことは言わないようにした。
「いやあ、今回の用はね」
しかしその気遣いをだいなしにしようとするのがカルロス王子という人である。
だが、それをお父様がさえぎってくれた。
「その用事のために、明日には王都に発つそうだ」
「そうなの? それなら、ニコにあったら、リアがげんきですごしていたってつたえてくれる?」
わざわざ王都に行くのならば、ファーランドの王族として必ずランバート殿下とニコに会うことになるだろう。それなら、伝言を頼んでもかまわないと思う。
「ニコとも再会するのが楽しみだな。だが、すぐに戻ってくるからね」
「カルロス殿下。そのことはまた、後で」
「ああ、そうだった」
お父様に叱られても、ニコニコと気にしないカルロス殿下は相変わらず心臓が強い気がする。
その後も、なぜだかカルロス殿下と二人きりになるのをいろいろな人にブロックされたような気がするが、なぜだろうと不思議に思っているうちに、次の日には本当に王都に出発してしまった。
いったい何の用事だったのだろうか。
「きっかけはトレントフォースでのことですよ。結局、カルロス王子にもリアのラグ竜をあげたじゃないですか。小さい結界の」
兄さまが後でちゃんと説明してくれた。
「リアのことを騒がれたくないから、個人的なお守りとして持っているにとどめてほしいと、あれほどお願いしたというのに」
「なんとなくわかった」
察する幼児、もうすぐ四歳である。
「大の大人がラグ竜のぬいぐるみを自慢げに身に着けているから、それは何だと聞かれてつい答えてしまったのだそうです」
「やりそう」
カルロス殿下への信頼は、正直に言って、ない。
「それで、是非にいくつか融通してほしいと頼まれたとのことで、オールバンスに個人的にお願いに来たのだそうです」
「あれ、でも、カルロスでんか、おうとにいったよ?」
オールバンスは全員ここにそろっているというのに、いったいどういうことだろう。
「リアが一人用の結界箱を作り出した時、このことが絶対に知られてはいけないと思う一方で、私とギルはそれは無理だとも思っていました。あの場には、ウェスターの王子もファーランドの王子もいて、しかも二人ともに優秀です」
兄さまがカルロス王子も優秀だと思っていることに驚いて思わず口をぽかんと開けてしまった。
「優秀ではありますが、二人ともに弱点があります。ウェスターの王子は、兄の言うことは絶対で逆らいません。そしてファーランドの王子は、世継ぎの王子という自覚がない」
兄さまの分析は私には意外でもあり、面白くもある。
静かに続きを待つ。
「リアの結界箱の秘密にすぐに気づく賢さはあるが、それを兄に報告してしまうウェスターの王子と、リアの秘密が明らかになったときに、それが外交問題につながるかもしれないということまで思い至らないファーランドの王子ということです」
「なるほど」
とても的確である。兄さまが何を心配しているかよくわかる。
「ウェスターの王族とは、私たちはかなり親しくしていると思います。リアの結界箱について知ったとしても、それで利を得ようとすることはないと信じていますから、ウェスターは問題ないでしょう。ですが、ファーランドは違います。現に気軽な気持ちで、三歳のリアに、もういくつか結界箱を作らせようとやってきていますよね」
私は静かに頷いた。
「そうなることを見越していたので、ランバート殿下に相談して、リアの結界箱は、王族の許可がない者には作らないという取り決めをしています。つまり、オールバンスとの交渉だけでは作れないということです。ですから、たまたま偶然、国境沿いでリアに出会ったからと言って、王族の許可を取らなければリアに結界箱を作らせることはできないのです」
兄さまたちがそこまで考えてくれているとは知らなかった。
ちょこちょこ作って景品のように渡そうとしていた私は、自分の気楽な考えをちょっとだけ反省する。
「じゃあ、カルロスでんかがおうとにいったのは?」
「王族に許可を取るためですね」
「あらー」
カルロス王子のことだから、王都まで行けるなんてラッキーくらいに考えているのではないだろうか。それとも、道中は単調で面倒くさいと考えているか。
「欲しがっているのは、力のある家臣らしいです。王族以外の者に作る許可は出ないはずですから、王都に行ったとしてもおそらく無駄足でしょう。意地悪などせずに、そうなるだろうということはちゃんと教えてあげましたよ」
それでも王都に行ったのかと思うと、それはご苦労様なことである。
キングダムと同じように、ファーランドの現王は壮年で健在であり、過不足ない治世を行っているという。イースターがキングダムと争った時も、ファーランドにはほとんど影響がなかったらしいから、世継ぎの王子が頑張る必要はないのかもしれない。
カルロス王子のことだから、新年を楽しく王都ガーデスターで過ごすことだろう。王都で再会する可能性もあるのかなと思いつつ、兄さまたちのおかげで、私には関係ないものとして、カルロス王子の件は一旦、頭から追い出すことにした。
なにしろ、やらなければいけない遊びがたくさんある。
お昼寝から起きて張り切っている私のもとに、お父様がひょいと顔を出した
「リア、ルーク。あったかラグ竜の件で、おじいさまが話があるそうだが、どうする」
どうやらやらなければいけない仕事もたくさんありそうだ。
連れていかれた部屋には、おじいさまにダレンおじさま、そしてグレイスおばさまに、知らない人が二人いた。あとはもちろん、私に兄さまにお父様である。
もちろん、ハンスもナタリーもひかえているし、おまけとして兄さまの護衛候補のハロルドもいる。
おじさまとおばさまの手には、ナタリー作、私と兄さま用のあったかポシェットがあり、おじいさまの手にはあったかラグ竜がある。
知らない人は領地の人なのだろう。なぜ呼ばれたのかと困惑した顔だが、きちんとした身なりから、それなりに裕福な生活をしているのかなという印象だ。
壮年の人と、若い人。がっしりした体格と、少し荒れた手から、職人の親方と弟子、そんな組み合わせだろうか。特徴としては、貴族ではないのに魔力が多いということだ。
「さっそくだが、リア。私が面倒な王子の相手をしている間に、父さんとずいぶん楽しく過ごしていたらしいね。私だって一緒にラグ竜に乗りたかったのに」
話し始めたダレンおじさまをグレイスおじさまがぴしゃりとさえぎった。
「ダレン。話が最初からずれていますよ。さっそくだが、は、このあったかポシェットにつながるはずではありませんの?」
「ええと、そうだった」
おそらく、お父様と共に面倒なカルロス王子を華麗にいなしたはずの優秀なおじさまだが、かわいい私を前にしたら、その魅力を前にポンコツと化すのも当然だろう。
うむうむと頷く私を見てグレイスおばさまが噴き出しそうになっているが、こほんと小さく咳払いしてごまかしたのを私は知っている。
「知っての通り、ネヴィル領はキングダムの北を守る地。当然、キングダムで一番寒さの厳しい土地になる」
その寒さの厳しい土地に、真冬にやって来て滞在する私たちもたいがいである。おばさまも妊娠しているし、迷惑だったかもしれないと今頃気づいてしまったが、そんな話ではないようだ。
「つまり、寒さをどうしのぐかは大きな問題でな。もちろん、魔石があれば、煮炊きも暖房も問題ない。だが、すべての人が潤沢に魔石が使えるわけではなく、かといって薪が取れるほどの山林も少ない地域だ。その分、平地が多く、寒くても穀物やイモなどの収穫量が多いから、食べ物には困らないという利点もあるのだが。うっ」
寒さは厳しいが、いい土地だよということもアピールしたいようだ。
そんなおじさまは、おばさまに軽く肘打ちされている。
本題になかなかたどり着かないのがダレンおじさまという人のようだ。
私としては、話が面白いので愉快な気持ちである。
「リア、このあったかポシェットとあったかラグ竜は、君が作ったというのは本当かい?」
おじさまの言葉を聞いて、なぜ呼ばれたのかと困惑顔だった知らない二人が、驚いたようにこちらを見た。
私は少し困ってお父様の顔を見てしまった。
私が魔道具を作るということは、秘密にしておいたほうがよかったのではないか。
おじさまはともかく、知らない人にはどうしたらいいのか。
それに、家族旅行中に仕事をするのはやめましょうという話になっていたのではなかっただろうか。
「リア、かまわぬ。話してやってくれ」
兄さまも頷いているから、お父様と兄さまで、私のお昼寝中にあらかじめ話し合ってくれたのだろう。
それなら大丈夫だ。
「こちらの二人は、ネヴィルの領地で働く魔道具職人のショーンとラビだ。王都できちんと魔道具の作り方を学び、こちらの地で活躍してくれている」
おじさまの紹介に、二人とも頭を下げてくれた。
そんな二人に魔道具の説明をするべく、私は気合いを入れる。
「リアだけじゃなく、ナタリーもつくった」
私はまず、ナタリーをちょいちょいと手で招いた。
ナタリーは自分が前に出ていいのか悩んだのか、すぐには動かなかったが、おそるおそると言った感じに私の隣にやって来て一礼した。
さて、どうお話をしようかと私は腕を組む。
質問は、この魔道具を私が作ったのかどうかだ。
答えは、はい、の一択だが、魔道具師まで呼んだということは、これを秘密にせず、作り方を公開してほしいということが本題だろう。
それならばそれで、あらかじめ言ってほしかったとも思うが、さっきまですやすやとお昼寝していた私に、伝える暇などなかったのも確かだ。
「まず、おじさまとおばさまのポシェットを、ショーンとラビにもたせてください」
何よりもまず、魔道具師がその魔道具の良さを知らなければ意味はない。
二人はおそるおそるポシェットを手にした。
「温かい。が、熱くはない」
「これが魔道具ですか? ずいぶん小さいですね」
二人はぎゅっと握ったり、くるくる回したりして興味津々だ。
継ぎ目を見たりしているので、魔道具本体がどうなっているのか見たいに違いない。
「ナタリー、なかみをだしてくれる?」
私がちまちま手を動かすより、ナタリーにやってもらった方が早い。
「はい。よっ」
おもわず掛け声をかけてしまうくらい、綿の中にぎちぎちに詰め込まれた中身は、魔道具と言えるほどのものではない。
小さなマールライトの板と、小さな魔石、それだけである。
「こちらです」
ナタリーは、ポシェット二つとラグ竜からそれぞれマールライトと魔石を抜き出して、テーブルの上に丁寧に並べた。
「ずいぶん小さくて柔らかいと思ったが、箱ですらないとは。これはいったいなんなんだ?」
年上のショーンのほうが驚いたように小さく叫んだ。貴族に対する口の利き方ではないが、私に話しかけたというよりは、自分自身に問いかけているのが分かったので、誰もとがめたりはしなかった。
「私たちが呼ばれたということは、魔道具のことだろうとは思ったが、これは魔道具ではない」
「いえ、お師匠様。すべての魔道具は魔石とマールライトの組み合わせです。これは箱に納めるのではなく、綿で圧迫してスイッチの入った状態を保っているわけで、ある意味立派な魔道具と言えます。だが、これでは常に魔石を使いっぱなしになり、効率が悪い。魔石が潤沢に使える、子どものお遊びですか?」
ラビが何気に失礼なことを口にしたので、兄さまが眉をあげている。
これ以上私に対して失言を重ねたら、この部屋から強制退去になるだろう。
だが、お師匠がそれを阻止してくれた。
「待て、ラビ。お前はこれを魔道具と判断するんだな。魔道具のように見えないが魔道具だと」
「それはもちろんそうです」
「やれやれ、どうやら年を取って頭が固くなってきたようだ。これを作ったのがあなたですか」
私をちゃんと見て問いかけてくれたので、私は大きく頷いた。
「しくみをかんがえたのはリアだよ」
「魔道具ではないなどと言ってしまって申し訳ありません」
お師匠様と呼ばれたショーンという人が、私に向かって頭を下げた。
どうやら師匠のほうは、私を魔道具を作った人と認めてくれたらしい。




