あったかいは正義
いよいよ明日13日、書籍10巻、コミックス9巻発売です!
活動報告に書影あげました。
「これでございますね」
ナタリーは即座に、小さい結界袋に使う、変質前のマールライトを出してきてくれた。
「リア様。旅の間も作業するんですかい?」
ハンスが興味津々という顔で私の手元を覗き込む。
一人で部屋に戻ったと言っても、旅の間は一人でいることはなく、ハンスとナタリーが常にセットである。
「ううん」
私は首を横に振った。
「ちょっとためしたいことがあるの」
明かりや熱の魔道具は、ローダライトとマールライトを経由するが、魔石の魔力をそのまま使う。
魔石がなくても、私は魔道具に直接魔力を注いで明かりや熱を発生させることができる。
特に明かりは、魔力が多ければ多いほど明るさが増す。
キングダムの小さくて性能の良い魔道具は、魔道具師がマールライトを変質させて、魔石の魔力を効率よく明かりや熱に伝えているのだ。
「けっかいじゃなくて、ねつのへんしつ。ユベールに、あかりとねつのへんしつも、ちゃんとおそわってるから」
「そういえば、リア様たちの考えた大きな明かりの魔道具が割と売れてるいると、ルーク様がおっしゃっていました」
ハンスよりナタリーのほうが私のそばにいることが多いので、兄さまの話はよく覚えてくれている。
「そう。おおきくできるなら、ちいさくもできるはず」
さて、やってみよう。
私はベッドの上にぺたりと座り込むと、マールライトはスカートの上に置く。
まだ変質させる時ではない。
自分で結界を作ったときは、結界箱の魔力を参考にした。
今やりたいのは熱の変質だから、ユベールから教わった熱の変質の感覚を思い出し、魔力を変化させてみる。それを魔石に伝えなければ、私自身は安全である。
「ぎゅっとするのではなく、つたえにくくする。たとえば、こいおちゃを、みずでうすめるように」
熱の変質の魔力を、自分の魔力を足して薄めていく。
「とりあえずはんぶんに」
そのままマールライトを一つ取り上げ、薄めた変質を定着させていく。
結界の変質ほど時間はかからない。
「ナタリー、おゆをわかすまどうぐをかりてきてくれる?」
「ここにありますが、リア様、危険ではありませんか」
さすがナタリー、お茶を沸かすための小さい魔道具は手元に持っていたようだ。
だが、私が見たこともないほど小さく、箱には精緻な模様が刻まれている。
「これはピクニック用魔道具で、注文生産品なのです。ごく小さい魔石を使う代わりに一回使い切りで、このケトルとセットになっております」
ケトル一杯分のお湯を沸かし、しばらく保温し続けるしかできないのだが、それ以上熱をださないため、ピクニックに持っていっても危険ではないということだった。
「しんさくなの?」
「はい。この旅のための注文生産品で、ユベールが開発しました。いまのところオールバンスしか所有していません」
私はそのマールライトをそっと外し、私が変質させたマールライトと取り換える。
その間にナタリーはそっと部屋を出て、ケトルに水をもらってきてくれた。
「じゃあ、スイッチを入れて、ポン」
いきなり熱くなるわけではないが、危ないことに変わりはないので、それはナタリーがやってくれる。
その間に次のマールライトを変質させる。
「これははんぶんのよび。いくつかつくってじっけんする」
「リア様。お湯が少し温まってまいりましたよ」
「どれどれ」
部屋の淡い明かりに、ほんのりと湯気が上がるのが見えるが、いっこうにぶくぶくと沸騰してこない。
「ちょっと飲ませてくれ。温度を確かめたい」
ナタリーはケトルからカップにお湯を注ぐと、ハンスに手渡した。
「ふむ。あったかい、が、ごくごく飲もうと思えば飲める程度だ。でもリア様。この中途半端な温度に何の意味が?」
「ちょっとまってね」
私は魔石を使い切ったと思われる魔道具をケトルから取り出してもらった。
「熱いですが、触れないほどではないですね。危ないので、私が箱を開けてみますね」
ナタリーが魔道具を開けてみると、使い切りのはずの魔石はまだ色が残っている。私はその魔石に魔力を補充した。
「あつくならないってわかったから、こんどはそのままスイッチをいれてみる」
「はい」
大丈夫だと判断したのだろう。ナタリーはスカートのポケットからハンカチを取り出すと、その上に魔道具を置き、スイッチを入れた。
私は魔道具に手をかざそうとして、ハンスに止められてしまった。
「どのくらいあついか、かくにんしてくれる?」
ハンスが慎重に手をかざし、それを私とナタリーがのぞきこむ。
「これはそれなりに、うーん、確かにお湯を沸かすほどじゃねえが、結構熱くはなる。これ以上は温度は上がらねえか。よし」
「まあ、温かい。遠くから暖炉に手をかざしているみたい」
「どれどれ」
私が手をかざしてみると、確かに直接持つには熱そうだが、少し離せば温かいくらいですむみそうだ。
「これは、いきなりせいこうしたかも」
私は思わずその場でぴょんと跳ねた。
「ナタリー。これをはんかちでつつんで、手に持てる?」
「ええ。このくらいなら」
ナタリーはさっそく、敷物にしてあったハンカチで結界箱をくるくると包み込み、そのまま手に持った。
「リア様。リア様」
その顔は驚きに満ちていた。
「温かいです。このまま持っていたいです。というか、おふとんに一緒に持っていきたいです……」
「おふとん」
確かに温かくてぐっすり眠れるかもしれない。
「ナタリー、俺にも」
「嫌です」
嘘だろうという顔のハンスに、いやいや渡しているナタリーがなんだかかわいい。
「おっ、あったかいな。けど、熱すぎないか。もう少し厚みのある布のほうが、あ」
「あ」
「あ」
三人の声が重なった。
「リア様の結界袋」
「それだ!」
私は急いで自分の荷物をあさろうとしたら、ナタリーに止められる。
「こんなこともあろうかと、持ってきました」
ナタリーがどや顔で持ってきたのは、大きめの巾着袋だ。
袋を開けて、ベッドの上に転がり出てきたのは。
「わあ、ラグりゅうがたくさん!」
「暇を見つけては縫い貯めた結界袋でございます。半分はお屋敷の衣装班が作ったものですが」
「このマールライトとローダライトをだして……。ああ、だめだ。けっかいばこは、はいらない……」
熱を出すには、どうしても熱を発生させる特殊な砂が必要となるため、箱は必要だ。
「貸してくださいませ」
ナタリーは私からそっと小さなぬいぐるみを取り上げると、有無を言わせず、ローダライトとマールライトだけでなく、詰めてある綿を抜き始めた。みるみるラグ竜が細くなっていく。
「このくらいでどうでしょう」
「貸してみな」
結界箱本体は、手で持ち続けるにはやはり熱いので、ハンスが分厚い手でぬいぐるみにぎゅうぎゅう押し込んでくれた。
少し角ばったラグ竜になったが、それは後で綿を詰め直せばいいだろう。
ナタリーが祈りをささげるように両手でラグ竜を掲げる。
そんなに気持ちよかったのだろうか。
「あああ、温かくなってまいりました。先ほどのような芯からあったまる感じではないのですが、ずっとそばにいたいような気持ちです。ああ、たくさんのラグ竜に囲まれて眠りにつきたい……」
「ナタリー、もどってきて!」
「はっ! 私は今、なにを?」
危うく、ナタリーの心がどこかに行ってしまうところだった。
「リア様、そろそろ説明してください」
「あのね、あたたかいカップをてにもっているような、そんなまどうぐがほしいなっておもったの。でも、カップほどあつくなくて、さめないやつが」
前の人生なら使い捨てカイロがあった。
それを魔道具にできたらいいなと思ったのである。
「つまり、魔道具の品質を落としたってことですか」
「ハンス、いいかた。でも、そういうこと。あたたかくなりすぎないように、こうかをよわくしてみたの」
「品質を落としたほうが便利になるって考え方はおかしいだろ。でもな」
ハンスがナタリーのほうを見ると、小さいラグ竜を嬉しそうに胸に押し当てている。
「ナタリーはあさまでそれ、もってて」
「本当ですか! どのくらい温かかったか、朝に報告しますね。そして、朝にこっそりマールライトを入れ替えておきます」
「うん。おねがいね」
「はい。では、へやは何もなかったかのように片付けないと」
普段は私が無理をするまえに止めてくれるナタリーだが、よほど温かいラグ竜が気に入ったらしい。積極的に証拠隠滅の手助けをしてくれる。
「リア様の魔道具はとにかく小さいからな。普通の熱の魔道具なら、そこらへんの道具屋で買えるから、リア様の実験に使えるのになあ」
「大きければ、もっと温かいかしら」
「俺も不器用なもんで、組み立ててやることはできないからなあ。とりあえず、明日普通の熱の魔道具を買ってきましょうか」
「王都に戻ったら私、ユベールに弟子入りして、組み立てだけでも勉強させてもらいます」
私にはお母様がいなくても、優しい兄さまとお父様がいる。
それなのに、こんなに私を思ってくれる護衛と侍女までいて、なんて幸せなのだろう。
「リア様に大きいやつを作ってもらえたら、護衛が楽になるからな」
「私も温かいお布団で寝たいです」
私のためではなかったので、ちょっと幸せが減ってしまった。
だがそんなことではへこたれない。
「できればマールライトもほしい。ふつうのおおきさのはもってこなかったから」
「明日は出発まで少し時間がありますからね。リア様のお使いということで、なんとか手に入れてきましょう」
夜更かししてお父様と兄さまにばれないように、ちゃんと切り上げて早く寝た私をほめてほしい。
だが、そんな努力は無駄だった。
活動報告に書影あります!




