北への旅
その後、私が提案した通り、レミントンの凍結された財産を使って、学院に通う人全員の半年分の学費と寮費が免除されることになり、学費の問題でいったん退学した生徒は、全員復学することとなった。
そしてすぐに、来年の奨学金を受ける生徒の審査が始まる。
結局、魔道具に興味があるという生徒を何人か面接したが、私のお眼鏡にかなう人は応募者にはいなかったので、私の今年の奨学金の枠は、そのままオールバンスの枠に足してもらうことにした。
レミントンの一族からは反発もあったが、奨学金を出すことに対する賞賛の声に飲み込まれた。
また、貴族ばかり優遇していると反発が来ないように、身寄りのない子どもを預かる施設などの拡充も行われるらしい。こちらは規模が小さい代わりに、長期的なものになるようだ。
レミントンは大きく財産を減らす。
「フェリシア、かなしくない?」
私が言い出したということもあり、そのことだけが気になっている。
「大丈夫よ。リア。むしろよく提案してくれたと思うわ」
微笑むフェリシアの顔に影はない。
「私が背負うには重すぎる財産だったの。それでも、減らしただけで全部なくなっているわけではないのよ。いったいどれだけあったのかしら」
ころころと笑うフェリシアに、財産への執着はない。
「身軽になって、新しいレミントンを築いていけるわ」
アンジェの造反により、キングダムは危機に陥ったし、そのことで手のひらを返した人たちも多かっただろう。それでもフェリシアはキングダムの民を恨むことなく、結界を守っていく。
さんざん振り回された噂がいつしか落ち着いた頃にはもう、冬がやってこようとしていた。
年末にはニコの叔父様である、アルバート殿下も一度帰ってくるらしい。私にとってはちょっと煙たい人だが、ニコは大好きな叔父様なので今から楽しみにしている。私が早めの冬休みに入ったとしても心配なさそうでほっとする。
クリスはリスバーンのうちで、ギルやスタンおじさま、そしてジュリアおばさまと一緒ににぎやかに過ごすことだろう。
いつも旅には同行してくれるギルも、今回はオールバンスの家族旅行だから遠慮すると笑っていた。
「三人だけで長い旅に出るのは初めてじゃないのか。楽しみだな」
そう言われると、旅行では兄さまとはいつも一緒だが、お父様はいつも駆け足で王都に戻らねばならなかったのを思い出し、いっそう旅は楽しみになった。
「うん! 楽しみ」
そしてあっという間に出発の日が来た。
見送りのない出発は、誘拐されて以来である。
とはいっても、使用人は勢ぞろいで見送ってくれた。
「ではジュード、留守は頼む」
「はい。どうか無茶だけはなさらずに。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
お父様が案外無茶をするとわかっているジュードは心配そうではあるが、留守を任せられるのは彼しかいないので、今回は連れて行くわけにはいかない。
「結界箱の魔石ですら予備があるのですから、私も早く予備の育成をせねばなりませんね」
などと冗談とも本気ともとれることを言っていたが、さて、どちらだろうか。
王都内は竜車で移動し、見渡す限り平原のところに来たら、ラグ竜に乗る。
「リアは私が」
「いや私が」
私の竜のミニーに籠で乗るのも楽しいが、景色のいい草原では、やはり普通に竜に乗りたい。
そんな私の希望を叶えるべく、お父様と兄さまで争奪戦が繰り広げられているが、結局順番ということになったようだ。
「さあ、リア。お父様においで」
どちらが先かまで争った挙句、年が上からということでお父様になった。
「わあー、ひろーい」
ラグ竜の頭越しに、冬枯れの草原がずっと続いている。
「風が寒くないか」
「さむいけどきもちいい!」
「キーエ!」
タッタッと軽やかな足取りでラグ竜は進む。背中はお父様のぬくもりに包まれ、顔の横を通り抜ける風は痛いほど冷たい。
噂話に翻弄された今年の後半だったが、人の噂など草原の風のなかでは何ほどでもない。
お父様と兄さまとラグ竜と、気のおけないオールバンスの使用人だけのいる世界だ。
「さあ、次は私とですよ。って、リア? 唇が真っ青ですよ!」
そして真冬は寒い。
いつの間にか冷え切った私と兄さまの騎竜は、午後へと回されたのだった。
「お父様がいつまでもリアを離さないからですよ」
「それは悪かったと思う。リア、大丈夫か」
不毛な争いだなあと思いつつ、私は竜車の中で温かいスープをいただいている。こんな時は温かい飲み物で体の内側を温めるのがよい。ついでに手も温まる。
「竜車でしたら暖房器が置いてあるのですが、竜には乗せられませんしねえ」
床に熱が伝わらないような工夫がされてはいるが、竜の丸い背には不安定で乗せられないし、布直接抱えるには熱すぎる。
熱を発する魔道具は比較的安価で、明かりの魔道具と並んで庶民に普及している魔道具だが、熱を伝える砂がかなり高温になるため、魔道具を直接水に入れてお湯にするか、調理台に直接組み込んでコンロのように使うかしかない。
もちろん、暖房として使うこともできるが、そうなると今度は大きめの魔石が必要になり、庶民にはなかなか手が届かないものになる。
「風の通らない布と毛皮で、リアだけでなく、リアを支えている乗り手もすっぽりと覆えるものが作れるといいですね。ほら、町中を見ると、赤ちゃんを抱っこした母親が、そのようなものを羽織っていますよね」
兄さまがなかなか観察力のあることを言う。
「ナタリー」
「はい。衣装班に伝えてさっそく開発してもらいます」
私用にいつの間にかできていた衣装班だが、いつのまにか兄さまの商会に組み込まれており、私の服をデザイン、製作するだけでなく、それを生かして子ども向けの服のお店を出しているらしい。しかも、庶民用と貴族用だそうだ。
「ふゆに、りゅうにのりたいこどもなんて、リアくらいでしょ」
「開発してから売り方は考えますよ。それに売れなくてもリアが温かければそれでいいんです。でも今は仕方がありませんね。毛布でぐるぐる巻きにしましょうか」
そうして毛布でぐるぐる巻きにして荷物のように運ばれたり、兄さまとお父様と一緒に枯れ草と戦ったり、時には果てしなく続く草原を、行けるところまで歩き回ったりした。
「この足につくイガイガしたものはなんだ。ウェリ栗の親戚か」
「お父様、これは草の種です。こうして、動物の足にくっついて、遠くへと種を運んでもらうんですよ」
「ほう。ルークは物知りだな」
ただただ歩くだけ、そして時々ぽつぽつと思いついたことを口にし、答えたり答えなかったり。
飽きたら戻って、寒くなったらお茶を飲んで、眠くなったらお父様の隣で眠って。
ミルス湖に着いたときは、飽きるまで水切りをした。
もっとも私はそうそうに飽きて、湖のほとりで小石を積み、砂の山を作った。
そこらへんで拾ってきた小枝を立てて、誰が一番先に倒してしまうか競争したりもした。
そして結局体を冷やして、様子を見に来たコールター伯爵にお父様が叱られるはめになった。
「子どもは体が冷えやすい。いくら楽しんでいたからと言って、大人がその限界を見極めてやらずにどうするのだ!」
「面目ない」
お父様は素直に反省し、素直なお父様にコールター伯が驚くというカオス状態になった。
コールターはミルス湖を抱える領地で、ネヴィルに行くなら必ず通る領地である。
以前通った時に知り合いになっていたし、いずれにしろ四侯が通るのに、その土地の領主に挨拶しないわけにはいかない。
夜、お父様たちは食後も話は尽きないようだったので、私は先に部屋に戻らせてもらう。最近の王都の情勢、イースターの動向、そもそもなぜ円卓会議が開かれるのかなど、聞きたいこと、話し合いたいことはたくさんあるだろうし、兄さまだってそばで聞いていたいに決まっている。
「さて、ナタリー」
一人になったとたん、私はナタリーに声をかけた。
「ちいさいマールライトをください」




