一致団結(スタン視点)
怒りのためか顔を上気させてやってきたフェリシアの報告を聞いて、私は思わず、立ち上がった。
「あの時俺が日和って、あいつの責任を問わないような言い方をしたせいだな」
子どもの護衛さえまともにできない奴でも、ハロルド・モールゼイは、護衛隊の第二部隊隊長だ。他の大人の目のある所で叱責されたら立場がないだろうと思い、情けをかけた結果がこれか。
お前にはクリスを守る能力はないから、すっこんでいろと言う代わりに、やんわりと交代を促す言葉で、反省を促したつもりだった。
「王子のお気に入りだからリアがわがままとか、リアがクリスの護衛を辞めさせたとか、根も葉もない噂が、いったいなぜ流れているんだ!」
叫ぶだけ叫ぶと、私は力なく椅子に腰を落とした。頭に血が上ってうまく考えられない。
「スタン、落ち着け。フェリシア、すぐ報告に来てくれて助かった」
リアのことなら、小さなことでも理性をなくすくらい怒り狂うディーンが、俺より落ち着いてフェリシアに礼まで言う、謎現象が起きている。
「すまないが」
そして、近くにいた護衛に、モールゼイとランバート殿下への伝言を頼んでいる。
緊急事態につき、すぐに来てほしいと。
「緊急事態だという感覚はあるんだな。どうして怒らない?」
思わずディーンを問い詰めてしまった。
本当は怒るのはディーンであるべきで、俺のしていることは八つ当たりだとはわかっている。
だが、リアは俺にとっても大切な子だ。
怒りを見せないディーンに不満を向けてしまう。
「怒っているぞ。心の底からな。スタン」
呼びかけられて、ディーンを見ると、淡紫のはずの目の色が濃い。
表情に変化は見えなくても、内心の激しい怒りが目の奥にはっきりと見えた。
「お前は何も悪くない。私は人がどう思おうと気にはしないが、その自分の態度が軋轢を生むことは知っている。お前の人当たりのよい言動には、常々感心しているし、尊敬もしている」
「お、おう」
いきなり褒められて怒りが引っ込んだ。
「あの愚か者には過ぎる対応だった。本来なら四侯への不敬として厳しく処遇を問うてもよかったが、リアへ逆恨みでもされてはたまなないからと、スタンを尊重したが。そのスタンの温情を仇で返すとはな。いや、仇ではないか」
ふっ、と口の端を上げたディーンの目は笑っていない。
「だからこそ、クリスが気の毒という話なのだものな。悪者は、リアとオールバンスにすればいい」
声にだけ笑みをのせるという器用なことをしたディーンは真顔に戻り、私に問いかけた。
「今回の件、噂を流したのは、ハロルド個人だと思うか、それとも裏に監理局があると思うか」
その言葉で、頭に登っていた血が一気に降りた気がした。
「なぜそう思う」
「噂の周りが早すぎる。あるいは、フェリシアに話しかけたことすら、仕掛けられたことかもしれないとは思わないか」
「まさか。理由がない」
「そうかな」
ディーンの言葉に、そういえばついこの間護衛隊の引き抜きをしたのはこいつだと思い出す。
理由はあった。
「だからと言って、オールバンスに攻撃して何の意味がある?」
「さあな。おお、もう来てくれた」
ノックの音と同時に、答えも待たず、モールゼイとランバート殿下が急ぎ足で部屋に入ってきた。
「いったいどうした。レミントンの奨学金の件なら、まだ草案段階だぞ」
ランバート殿下は挨拶もなく椅子を引いて、さっさと座り込んだ。
草案段階ということは、すでに動いているということだ。それはそれでありがたい。
「違う問題か。今度はなんだ」
そして俺たちの反応を見て、すぐ切り替える頭の良さである。
もう一方のモールゼイは、今回も親子二人で参加だ。
「クリスの護衛とのやりとりはニコから聞いている。リアがチェンジとやらをしたと、それは面白そうに話してくれたが、そもそも、護衛がリアにありえない態度を取ったからという理由ではなかったか」
「そうです。その護衛は、ハロルド・モールゼイという監理局の者ですが」
「当主の名前にあやかるのはいい加減にやめてほしいものだな」
ハロルドがぶつぶつ言っているが、確かにその通りで、スタンもディーンも山ほどいる。
「こんな子どものせいで、監理局がかきまわされているのか、と言われたそうです」
「リアが何を言われたのかまでは聞かなかったが、それは悪質だな。幼児に自分の言葉の意味などわかるまいと侮ったか。馬鹿なことを」
ランバート殿下は一瞬で事態を理解した。
「それを許したのか」
あきれたような口調だが、許したのはディーンではなく俺だ。
「穏便な交代の理由として、幼児の護衛にはもっと若い人のほうがいい、本人の勉強になるからというようなことを、やんわりと言い、監理局にもそうお願いしたのですが、交代はいまだ来ず、噂ばかり流れている状況のようです」
そう説明した途端、ハロルドから厳しい言葉が飛んできた。
「監理局は必要な時に使う道具だと思えばよいのだ。なぜ慮る? ディーンのように、もめ事ばかり起こすのも愚かだが、舐められるのも同じように愚かだぞ」
今思えば、その通りだと思う。
「王子のお気に入りという言葉も気にかかるな。ただでさえ、リアはニコの婚約者候補かとささやかれているのに、このままではディーンに申し訳が、あ」
「知っておられたのですか、ランバート殿下」
「そんな場合か!」
ハロルドに一括されて、二人はっとしたようには現実の問題に戻ってきた。
「王家と四侯は、キングダムの結界を守る至高の存在。文字通り民の命を支えているのが我らなのだ。護衛隊は、その我らを守るために存在する。こたびの件、しっかり追求せねばどこまでもつけあがるぞ」
伝統を重んじ、変化を好まない。その分、四侯の意味を誰よりも理解しているのがハロルド・モールゼイだ。
「侯は軽々に動きすぎる。監理局をないがしろにし、好き勝手に利用することで、逆に監理局に付け入る隙を与えてしまったとも言えるのだぞ。今回の件が終わったら、自らの身を顧みるがよい」
「ご助言、痛み入ります」
まっとうな説教に、ディーンも素直に頭を垂れる。
「だが、モールゼイは今回の件、全面的にオールバンスの側に立つ」
「は」
今回、ディーンがモールゼイを呼んだのは、前回と同じ、オールバンスのやることに口を挟まないでもらいたいというお願いのためだったはずだ。
「モールゼイはこういったことには興味がないのでは?」
「こういったことが何を指すのかわからぬが、こたびはリアの件だぞ? あの我慢強い愛らしい子に、根も葉もない噂が悪意を持って流されるなど、我慢ならん」
ディーンは戸惑ったように瞳を揺らし、その後頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「もちろん、四侯として侮られてはならぬのが一番だ」
プイと顔を横にそむけるハロルドに、いつもは軽口を叩くマークも穏やかな目を向けている。
「それで、我らを呼び出したのはなぜだ?」
ランバート殿下がディーンに問いかけた。
「前回のように、オールバンスはやるが、いちおう王家や四侯には知らせておかなければならないという理由か?」
「いえ」
ディーンは首を左右に振った。
「今回は、流れている噂がオールバンスに悪意を持ったものであること、範囲が今のところ城の中に限られていることから、オールバンスだけが動くのは悪手だと判断しました」
「ほう」
ニヤリとしたランバート殿下は、なんだか嬉しそうだ。
「それに、もし、いえ確実にそうだと私は思っていますが、監理局がこのことを知って放置しているのならば、これはオールバンスだけの問題ではなく、結界を守る家すべてにかかわることです。ゆえに、王家にも四侯にも、応援を頼みたい。それもできるだけ迅速に」
ディーンは座ったまま、深く頭を下げた。四侯とひとまとめに呼ばれてはいても、各家はそれぞれ独立しており、親しいどころか、かかわりはごく薄い。オールバンスは特に他家に頼ることのない家だ。
それが頭を下げた。
「よせ、オールバンス。モールゼイは既に協力を約束している」
「リスバーンも全力で応援する」
「レミントンも! いえ、何の力もないとわかってはいますが、私も」
疎遠だった四侯を、愉快で温かな行動でつないだのはリアだ。
そのリアが、また悪意を持って傷つけられるのは許さない。
その気持ちで四侯が団結した瞬間だった。
「四侯と王家は互いに干渉せずが原則だが」
ランバート殿下も真顔に戻っている。
「リアは既に、王家に多大な影響を持つ存在になっている。待て待て」
ディーンの不穏な雰囲気を察したのか、殿下が慌てて顔の前で手を振った。
「婚約者とかそんなことではない。幼い時から一緒にいたからとて、それが恋情に変わるわけではないことは、貴族ならだれでもわかっていることだろう。わたしとて二人の健全な未来を閉ざしたくはない」
だからこそ、昨今では婚約者を早く決めることは流行らない。
「癇癪持ちだったニコのつらさを収めてくれた一点だけを見ても、リアには返しきれない恩があるのだぞ。心からニコを大事にしてくれるよき友だ。王家が守らなくてどうする」
リアの価値はちゃんと王家にも伝わっていたようだ。
これで全員一致で、今回の件には強く対処することが決まった。
「ありがとうございます」
「で、どう動く?」
噂は既に広まり始めている。
ディーンの言う通り、迅速な対応が求められる。
「まずは噂がどこから来たのか徹底的に調べて、その結果をもって、犯人と監理局を呼び出します。フェリシア、噂を伝えてきたのは?」
「グウェンダル子爵です」
「レミントンの派閥だな。息子が王宮に勤める官吏でもあるから、今回のレミントンの騒動には直接は巻き込まれてはいないはずだが」
モールゼイは周りに興味がないようでありながら、貴族についてはしっかり把握している。
「よし、王宮の警護を動かす。グウェンダル子爵から噂の出所をさかのぼろう。場合によっては、不敬罪を問う」
ランバート殿下の言葉に、ディーンが眉根を寄せた。
「仕方のないこととはいえ、リアに伝わらないといいのだが。小さな胸を痛めてしまうだろうに」
「い」
いや、それはないのではないかと、ランバート殿下が言いかけたのがわかってしまう。
「しまったわ」
フェリシアが焦ったように口に手を当てた。
「あんまり慌てていたので、クリスに口止めするのを忘れていました」
「ああ、それは」
俺は思わず苦笑してしまった。
「今回の件、確実にリアには伝わったな」
「ああ、かわいそうに」
「お、ゴホンゴホン」
ランバート殿下が嘆くディーンに言いたかったのは、おそらくリアは何も気にしてないのではないかということだろう。
ディーンには悪いが、俺もそう思う。
「では、犯人捜しだ」
なぜか生き生きした顔のランバート殿下が宣言する。
「お願いします」
全員がガタリと立ち上がった。さあ、追い詰めてやる。




