またまた
ある日、珍しくフェリシアが、顔を上気させてやってきた。
「フェリシア、どうしたの? おかおがあかいよ。おねつ?」
顔を赤くしているということは、恋の可能性もあるとちょっとばかりわくわくして聞いた私だが、フェリシアは首を横に振った。
「なんでもないのよ。私はちょっとディーンおじさまに話があるから、もう行くわね」
いつもなら少しはおしゃべりをしていってくれたりするのだが、フェリシアは謎の言い訳をすると、急ぎ足で王子宮を出て行った。
クリスのまねっこを始めてからは、先生がいなくても手本があればよいということに気が付いた私である。今日もフェリシアの後ろ姿をしっかりと目に焼き付ける。
「しんのレディは、いそぎあしもきれい」
私はスカートの裾をつまんで、さっさっと歩いてみた。
「ブッフォ」
「ハンス。しつれいよ」
クリスがハンスをたしなめてくれて、私はとても嬉しい。
「リア、いい感じだけど、スカートはこう」
「こう?」
「そう。そして、おしりはフリフリしないで」
「ブッ……」
ハンスはなんとかこらえたらしい。
「こしをそのまま前にはこぶように。はい、すっすっと」
「すっすっと」
「そう!」
やはりまねっこが一番だ。
完璧じゃなくていい。もうすぐ四歳になる三歳児が大人と同じバランスで動けるわけもない。
「そういえば、フェリシアになにかあったの?」
急ぎ足に感心してすっかり忘れていたが、フェリシアがいつも通りでなかったのには何か理由があるのだろうか。
「そうね、姉さまにはなにもなかったのだけれど、でも……」
クリスは困ったような顔で私のほうを見た。
私はピンときた。
「ハンス! ナタリー! こっちにきて!」
これは、お父様に報告案件だ。
「リアのことだから、話していいかわからなくて。姉さまも、スタンおじさまにそうだんしてくるって言ってたの」
「リアはききたい。おはなしして?」
お父様は最初は隠そうとするかもしれないけれど、どうせ挙動不審になって結局は白状する羽目になるのだ。今のうちに聞いておいて損はない。
「あのね、姉さまとろうかをあるいているときにね」
私は思わずニコと顔を見合わせてしまった。
思ったことは一緒である。
「また?」
「だれかが話していたのか?」
声を出さなかっただけで、その場の全員がそう思ったことだろう。
クリスはフルフルと首を横に振った。
「こんどは、だれかが話しているのがきこえたんじゃないの。姉さまに話しかけてきた人がいたのよ」
「おお」
新しいパターンである。
「姉さまは四こうのじき当主として、おしろにもよく来ていたし、おひろめもされていたから、いがいと知り合いが多いのよ。いっしょにいると、ときどき声をかけられるわ」
お父様と歩いている時は、まったく声をかけられない私は思わずぽかんと口を開けた。
そんな慕われるタイプの四侯もいるのか。
いや、スタンおじさまは間違いなく慕われるタイプだろう。
「それで、なにを言われたのだ?」
私が間抜けに口を開けている間に、ニコが話を進めてくれた。
「あのね、クリスさまはだいじょうぶですか、やはりごしんぱいですよね、って。もちろん、ごあいさつのあとよ」]
相変わらず、すごい記憶力である。
「なにがしんぱいなのだ。ここは王子宮だぞ」
その王子宮にも、イースターの第三王子が襲撃してきたんですよと思わず突っ込みそうになるが、我慢する。
「ええとね、オールバンスのむすめは、たいそうわがままだそうですな。おうじのおきにいりだからと、やりたいほうだい。こないだなど、クリスさまのごえいを、かってにやめさせたとか」
クリスはうーんうーんとうなりながら、ゆっくりと正確に思い出してくれた。
「はんぶん、あってる」
護衛のチェンジを提案したのは私である。
「いや、ぜんぜん合っていないぞ」
ニコが腕を組んで難しい顔をしている。
「お気に入りなどと、友にたいしてしつれいであろう。リアはわがままでもないし、やりたいほうだい、ではあるが、だれにもめいわくはかけておらぬ。クリスのごえいは、リアにしつれいをはたらいたからチェンジだった」
「チェンジって」
私の言葉遊びを一回で覚えて使いこなすニコにも感心するしかない。
「リア様、注目すべきはそこではなく、やりたいほうだいではあるってとこじゃないですかね」
「そこはもんだいないから」
ハンスが茶化してきても問題ない。
「リアがもどってくるまでは、たいくつすぎてあくびが出るほどだったのに。どうしてこんなにめんどうなことがつぎつぎとおこるのだ」
「リアじゃなくて、クリスがもどってきたせいかもしれないでしょ」
そもそも噂話を拾ってくくのはクリスではないか。主役は私かもしれないけれども。
「三人、そろったからかもしれないわ」
「リアもそうおもう!」
クリスの優しい考えを採用しよう、そうしよう。
だが、冗談で済ますには重い話ではある。
「リアはわがままといわれてもきにしないけど、きになるところがある」
ハンスとナタリーを近くに呼びはしたけれど、結局はニコの護衛も侍女も、それからいつの間にかオッズ先生も集まって話を聞いている。
「話してみよ」
ニコもきっと気がついてはいるのだろうが、私が話しやすいように誘導してくれる。
「ひとーつ。リアがチェンジっていったことをしっているのは、ハロルドと、おとうさまとスタンおじさまだけ。あとごえいたい」
ここにいる人たちも知っているが、噂を流すような人たちではない。
「それなのに、リアたちをしらないきぞくがしっていること」
「そうだな。それから?」
「ふたーつ。うわさのまわりがはやいこと」
「うむ。なにかぎょうじがあったわけでもないのに、うわさがまわるのが早すぎるとは思っていた」
やはりニコもそう感じていたらしい。
「みっつ、ハロルドじゃなくて、リアがわるいはなしになっている」
パンパンパンと、拍手の音がした。
「リア様、素晴らしい。もともと賢い方だとは思っていましたが、以前よりずっと論理的になっておられる。成長されましたな」
なんと、拍手をしたのはオッズ先生だった。
「リア様の言う通り、どう考えても、リア様、あるいはオールバンスに悪意を持って、故意に流された噂でしょうな。そして、発信元は、ハロルド個人か、護衛隊、あるいは監理局」
大人がきちんとまとめて話をすると、とてもわかりやすい。
「間接的にクリス様も大人の悪意にさらされてしまっております。これは本格的に護衛を付けるべきでしょうな。私からも諸方面に働きかけてみましょう。もちろん、リア様が悪くないことは、どこででも証言いたしますよ」
ハンスとナタリーも、帰ったらきっとお父様に報告してくれる。
そうしたらお父様が、きっとなんとかしてくれる。
なんとかならなくて、私がわがままだと噂が広がったままだったらどうする?
どうもしない。
お父様や兄さまがつらい思いをするのは嫌だが、私自身には問題ない。
実際に会ってもらえれば、私がわがままではないとわかるはずだし、噂を信じて疎む人とは付き合わなければいい。
そんな人たちと付き合わなくても、私には、キングダムにもウェスターにも、そしてファーランドにも友だちはいるのだ。
「オッズせんせい、ありがとう」
オッズ先生は口の端をほんの少し上に上げ、黒板の前に立った。
「さあ、雑音は気にせず、今日の授業を始めましょうか」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
私たちは、今日も元気だ。




