新しい護衛
次の日、いつも通り王子宮に行くと、ニコが心配して駆け寄ってきた。
「リアが休みだというれんらくのあとに、父上がみえられてな。オールバンスが休みだそうだが、どうしたんだろうなと言ってたから、しんぱいしたぞ」
私はため息をつきそうになる。ニコに余計な心配をかけてどうするのだ。
「おとうさまが、たまにはやすみたいって。ふたりでおうちを、いっぱいおさんぽしたの。それからいっしょにおひるねもして」
「オールバンスこうも、ひるねしたのか」
「そう。ねすぎてあたまがいたいってわらってた」
普段お昼寝しない人は、なぜか頭が痛くなるらしい。
「父上もたまには休んだらいいのだが」
「リアもそうおもう」
ちょっと気づかいに欠ける人だが、世継ぎの王子様なので忙しい。四侯も王族ももっと休んでもいいと思うのだ。
「クリスは?」
「今日はちょっとおそいな。たぶん、なれぬごえいがつくからだろう」
「ごえい?」
「すぐには見つからないらしくて、きのうごえいたいにたのんで、今日からつくらしいぞ」
そういえば、オッズせんせいが、クリスにも護衛を付けるべきと、一昨日言っていたような気がする。確かグレイセスやハンスが、護衛隊の特殊部隊所属で王都外の仕事のはずだから、第一とか第二とかがあったはずだ。
私はハンスを見上げた。
「私は隊を離れてからもう数年たちますので、見知っている顔かどうかはわかりません。ですが、それなりに訓練した者たちですので、ご安心を」
「そうだって」
「ごえいたいなら四こうのほうがくわしいからな。たのしみだな」
「うん」
私たちは二階の階段の上から、クリスがやってくるのを今か今かと待ちかまえた。
やがていつもよりしずしずと歩くクリスが、ドアのほうからやってきた。
その背後に、グレイセスと似た制服を着た、グレイセスと同じ世代の男性が見えた。
こげ茶の髪がヘイゼルの瞳に少しかかって、うっとうしそうだ。
「二番隊隊長、ハロルドか」
ハンスの小さな声が聞こえる。どうやら見知った顔のようだ。
「あ、リア! 今日はこれたの?」
私の顔を見た途端に、しずしずとした歩みは消え去り、駆け足になる。階段を一気にかけあがってきたクリスの後から、ゆっくりと護衛が上がってきた。
「リア、げんきそうね。ぐあいがわるくなくてよかったわ」
「きのうはおつかれやすみだったの」
「お茶会のれんしゅうがたいへんだったかしら。今日はむりしないほうがいい?」
「つかれていたのはおとうさま。リアはげんきよ」
さっそくいつものようににぎやかに会話が始まったが、私は目の端っこでクリスの護衛を観察していた。
護衛らしく静かにたたずんではいるが、目には隠し切れない不満が浮かんでいるように思われる。いままでも、なにかあるたびにお父様には護衛隊が付き添っていたが、特に不愉快な思いをしたこともなかったので、私は護衛隊そのものに悪感情はもっていない。
だからこそ、不満そうなその人になぜだろうと疑問を持った。
「そうそう、今日からおしろにいるあいだだけ、私にごえいがついたの。ハロルド・モールゼイ。モールゼイのご当主と同じ名前なんですって」
こちらに来るまでの間に、クリスとは打ち解けたようでよかったと思う。
「護衛隊二番隊隊長、ハロルド・モールゼイと申します。ハロルドという名前はご当主にあやかってつけられました」
ぴっ、と腕を胸に当てる挨拶はかっこいい。当主と同じ名前というのは鉄板ネタのようだ。どこかにお父様と同じ名前のオールバンスの一族もいるのかもしれない。
「わたしとリアのごえいから、すごしかたをまなぶといい。クリスのばあい、だいじなのは行きとかえりだ。よくはげめ」
「はっ」
ニコの言葉に、素早く返事をしたものの、少し目を見張った様子から、驚いた気配がうかがえる。四侯の護衛経験はあっても、王族の護衛経験はない。ニコのことは見たことはあるだろうが、その言動を詳しく見る機会はなかったはずだ。その聡明さに驚くのも無理はない。
ハロルドは護衛がいるところへ下がろうとして、やっと私に目を向けた。ハンスなら、新しく入った部屋は、すぐさま隅々まで観察し、部屋にいる人を把握していただろう。ずっと目が合わなかったということは、あえて避けていたのだと思う。
じっと見つめる私と、数秒目が合う。年齢はグレイセスより年上、ハンスよりはだいぶ年下、垂れ目の下にちっちゃなほくろ。そのせいか親しみやすく見えるが、目が笑っていない。
「こんな子どものせいで、監理局がかきまわされているのか……」
おもわず出たと思われる小さい声は、私にしか聞こえなかったかもしれない。
だが、その悪意をそのまま放置しておくほど私は善人ではない。
ハロルドをみつめたまま、皆に聞こえるように大きな声を上げた。
「リアは、かんりきょくをかきまわしてない。かきまわしたのは、リアをねらったわるいひとたち」
犯罪を、被害者のせいにする風潮はこの世界にもある。盗まれるような身なりをしているのが悪いとか、そんな感じに。
では、屋敷を一歩も出たことがない一歳の幼児に、なんの罪があったというのか。
「さらわれたら、さらわれたひとがわるいの?」
私は、大きく一歩前に出た。
「い、いえ。そういうわけでは……」
幼児に反論されるとは思わなかったのだろう。ハロルドは私に押されるように一歩下がった。
「お前なあ」
ハンスが後ろからハロルドの肩をぐいっと引いた。
「仮にも二番隊隊長だろう。任務に私情は入れるな」
「ですが、隊長。いえ、ハンス殿」
「そのくらいにしておけ。それから、リア様を不快にさせるようなことを言ったのなら、それは謝れ」
ハンスはハロルドを止め、謝罪するように言ったが、ハロルドは黙ったままだ。
私の判定は完全にアウトだ。
「ごえい、しっかく。チェンジで」
「リア様、冷静に、冷静にお願いします」
ハンスが困った顔をするが、四侯の娘を面倒くさいと思う人が、いざというときに助けてくれるとは思えない。
「リア、ちぇんじとはどういうこと?」
どうしたのかと見守っていたクリスが、私に聞いた。
「こうたいしてほしいってこと」
「どうして? ハロルドはかんじのいい人よ?」
「いま、みんなにきこえないように、リアにわるくちをいった」
「まあ」
この状況で、そんなことをしていないとは言えず、気まずそうなハロルドを見て、クリスは私の言っていることが真実だと理解したようだ。
「わかったわ」
クリスはハロルドのほうを向いた。
「ハロルド。もうしわけないけど、代わりの人をおねがいします」
「そんな。クリス様。私とクリス様の間には、なんの問題もありませんよね」
「うん。おしゃべりしてくれて、とても楽しかったわ。でもね」
クリスは曇りのない瞳でハロルドを見ている。
「リアは私の大切な友だちなの。私の大切な人を大切にできない人はしんじられないわ」
「そうだな。ハロルド」
クリスの隣に戻ってきたのは、ニコだった。
「ハロルド。わたしとリアが、知り合ってからいくどわるものにねらわれたか、しっているか」
「は、はあ。王都襲撃、それからウェスターでイースターの第三王子に狙われたとき、でしょうか」
その二つを聞いただけでも、ニコや私の周りがいかに危険かということがわかるはずだ。
「それだけではないぞ。わたしだけでも、ウェスターのりょうとでラグりゅうのぼうそうにあい、いどうちゅうのやどやではローダライトがこわされ、トレントフォースのやしきでしゅうげきされた。リアはそれいじょうにきけんなめにあっている」
「それはおとなしく王都にとどまっていないからではないですか」
ニコが珍しく、はあと大きなため息をついた。
「ウェスターに行ったのは、ウェスターからまねかれたからだ。私たちのわがままではなく、こくひんとしてのさんか、つまり、外交のいっかんだ」
「はあ」
ハロルドは、ニコが何を話しているのかよくわかっていない感じだ。
「ようするに、われらのまわりはきけんが多いので、クリスのごえいは、クリスだけでなく、三人ともに気をくばれるものでなければならぬということだ」
ニコに説教された後、ハロルドはこのまま今日一日護衛につくことになった。
私の経験上、私の幼さから侮ってくる相手は、その後味方になることはない。ハロルドだって、ハロルドの言うことを幼児である私が理解できないとわかっていてわざと言ったのだ。反論されてさぞ驚いたことだろうが、反論されたことを根に持ってますます私のことを疎んでくるだろう。
どっちにしても敵なのだ。
「きがつかないふりをしたほうがよかったって、わかってる。でも、いいこでいるのにつかれたの」
昨日、お父様に家に置いて行かれて、悟ったのだ。
自分に非がないことに、振り回されすぎていると。
もっと自己主張をしていかないと、結局ないがしろにされてしまうのだと。
「クリスのごえいでも、リアのこときらいなひとに、ちかくにいてほしくない」
「それはそうだな。おうぞくや四こうのそんざいを、めんどうと思うものもいる。キングダムを守っているということを、もっとおもくかんがえてもらいたいものだが」
そんな私たちだが、日常に護衛が必要なわけではないので、いつも通り授業を受け、いつも通り夏休み後の課題の自主学習をし、午後は目いっぱい遊んで、帰りの時間になった。
やはり友だちがいる方が充実しているなと、満足感に浸っていると、お父様とスタンおじさまが連れ立ってやってきた。
「クリス。今日は護衛付きで緊張しなかったかい」
「ええ。だいじょうぶだったわ。でも」
「リスバーン様。申し訳ありませんが、大人だけで少しお話させてください」
ここでもハンスが一歩前に出て、クリスや私が話さないように気を使ってくれた。
ハンスが話し、ハロルドが大きく身振り手振りでなにか説明し、お父様とスタンおじさまが胸の前で腕を組みながら話を聞きいているが、少し離れているので、こちらから見るとまるで無声映画のようだ。
やがて大人たちが戻ってくると、スタンおじさまがゴホンと軽く咳払いした。
お父様はといえば、怒っているかと思えば、いつもと変わらない表情でちょっと拍子抜けする。
「ハロルドは、護衛隊の二番隊隊長だ。こちらからお願いしたとはいえ、一日、幼い子どもの警護をさせるにはもったいない人材だったことに気がついた」
これがスタンおじさまの処世術である。
「幼児の警護の経験を積ませられるような、若い護衛隊員の派遣を頼んでみようと思う。そういうわけで、クリスはハロルドに挨拶できるかな?」
「ハロルド、一日ごえいについてくれてありがとう」
「どういたしまして。至らぬ護衛であったこと、お詫びいたします」
どういう理由付けをしようと、私に嫌なことを言ったことには変わりないし、謝罪もされていない。私は、目をそらさずハロルドを見つめた。去っていくハロルドとは一瞬目が合ったが、何も反省していないことが丸わかりで、私の胸には嫌な思いだけが残った。
「二番隊隊長が無能だということは、リアがさらわれた時からわかっていただろう。監理局に期待するのが無駄なのだ」
それがお父様の言葉である。それを聞いて私はピンときた。護衛隊はろくに調べもせず、セバスに責任を押し付けたというが、その時の人に違いない。
「護衛隊から誰が来るかなんて指定できるわけもないし、グレイセスのような優秀な奴もいるだろう」
「民間から雇ったらどうだ?」
「護衛は護衛隊に任せろって、あいつらうるさいの知ってるだろう。とりあえず、幼児に余計なことを言わない人にしてくれって要望を出しておく」
結局、クリスに出せる護衛はなかなか決まらず、スタンおじさんかフェリシアが、必ず行き帰りに付き添うことで安全を確保し、噂話から遠ざけることにしたようだ。
ところが、それでは不十分だったらしい。




