またまた噂が
ランバート殿下が幼児にするべきでない質問をしたところで、私たちのすることは変わらない。あの後は大人たちが走ってやってくるなどという面白いイベントもなく、その週は穏やかに過ぎていった。
夏休み後の課題も、順調に進みつつある。
来週はニコの授業、再来週は私の発表、そしてその次の週は、クリスに招かれてのお茶会参加ということになる。自分の授業の準備も楽しいが、お茶会に呼ばれるなんて初めてなので、とても楽しみだ。
「そういうわけで、クリスのおちゃかいにさんかするとして、おさほうのべんきょうはどうするの?」
私は次の日さっそくオッズ先生とクリスにに聞いてみた。
オッズ先生も細かいことを考えるのが面倒だったのか、お茶会は実践でよいでしょうとのことで、参加するための作法を私が知らないなどということは思いつきもしなかったようだ。
「そうねえ。私はジュリアおばさまからおしえてもらっているけれど、しゅうまつにリアも来る?」
「いきたい! けど、しゅうまつは、おとうさまとにいさまといっしょにいたいから、むり。たまにならいいけど」
習い事と違って、一時間行けばいいというものではないし、準備とご挨拶も含めて半日はつぶれると思ったほうがいい。そうすると、週末しか会えない兄さまがかわいそうだ。
「それに、リアはよけいなちしきをつけないほうがいいんじゃないかしら」
「どうして?」
クリスの言っていることがとても不思議だったので、私は思わず聞き返した。
そもそも余計な知識ってなんだろう。
「だって、リアは王子ひになるんでしょ? そしたら、王子ひきょういくを受けなくてはならないんですもの。それってふつうのきぞくれいじょうとはちがうんでしょ?」
「おうじひ?」
「王子ひ?」
私とニコは、同時に首をこてりと倒した。
だが、私の後ろでは、バタバタと、何かがあちこちで倒れた気配がする。
くるりと後ろを振り返ると、オッズ先生がバサバサと机から教科書や紙を落としてしまっているし、なんだか体も傾いているような気がする。
さらに言えば、ハンスが口をあんぐり開けているし、ナタリーは何かを祈るように胸の前で両手を組み合わせている。
「く、クリス様。そ、そのような話をいったいどこで耳にしたのでしょうか」
「どこで? ええとね」
オッズ先生に問われて、クリスは一生懸命思い出そうとしている。
その姿を見て、私は幽霊騒動の時のことを思い出した。そういえばあの時も、クリスが話を持ち出したのだった。
あの時は兄さまが詰問して焦ったものだが、さすがオッズ先生、大人だけあって、質問の仕方が穏やかだ。クリスも素直に反応していて、私はほっとした。
「あれはスタンおじさまと一緒に帰ろうとしたときのことだったと思うの。そう、ほんの一週間くらい前のことよ」
クリスはもう七歳だから、時間の感覚がしっかりしている。
「おじさまは廊下を歩いている途中で誰かに呼ばれて、それがちょうど中庭のところだったから、お花を眺めながら用が済むのを待っていたの」
「ふーむ。クリス様にも護衛が必要ですな。少なくとも、城にいる間は警護をつけたほうがいい」
オッズ先生は今初めて、クリスにも危険な状況があることに気が付いたという顔だが、私も危機感を持ち、ぞっとした。よく考えたら、アンジェの娘というだけで、逆恨みされている可能性があるのだ。
「そしたらね、そこをリアが通りがかってね、フフッ」
「ああー!」
私はその日のことを思い出した。
スタンおじさまがお迎えに来たすぐ後にお父様がやってきて、もう少し早く来たらクリスと一緒に帰れたのにねと話しながら帰った日だ。
「こえをかけようと思ったら、スタスタと歩いて行っちゃってね、リアのお父さまが」
「あのときだっこだったから。やっぱりじぶんのあしであるくの、だいじ」
歩いていたらクリスに声をかけてもらえたのにと思うと悔しい。
「リアのお父さまは目立つでしょ? ろうかでもたくさんの人が、ふり返ってまで、リアたちをながめていたわ。そのときにね、きいたの」
ここからが本番だ。私は固唾をのんで次の言葉を待ちかまえた。
「毎日毎日、よくかようことだ。やはりオールバンスのむすめが、王子ひになるのだろうなって」
部屋に一瞬、沈黙が落ちた。
「あー!」
私はやっと理解した。
「おうじひって、おうじのおくさんってことか!」
「おお! そうか!」
私とニコは、疑問が解決したので、向き合って喜んだ。
「ん?」
「ん?」
そして首をこてんと倒した。
「リアが?」
「ニコのおくさん?」
そしてフルフルと首を横に振った。
「ないな」
「ないわー」
その途端、ほっとしたような、がっかりしたような、なんともいえない空気が漂った。
「どうして? ニコとリアは仲良しなのに」
クリスの純真さがまぶしい。
「それをいったら、クリスとニコもなかよしでしょ?」
「そうだけど」
「クリスだって、まいにちのようにここにかよってるのにね」
「あ、ほんとうね」
クリスがころころと笑う。
「でもね、その話が耳に入ったのか、近くにいた人たちも、次々と同じようにうわさばなしをしていたわ。ええとね、リアがウェスターにも、こんやくしゃとして行ったとか」
「アハハ! おもしろーい。ぜんぜんちがうのに。ほかには、ほかには?」
私は噂話が楽しくて、クリスに先を促した。
「ええとね、オールバンスは、よんこうのちいにまんぞくせず、王家に取り入りはじめたのかも、とか」
「あらー」
お父様の実態には面白いくらいかすっていない。
「こんだいのオールバンスはやしんかだからな?」
自信がなさそうだが、言っていることはちゃんとわかる。
「クリス、ほんとによくおぼえてるね」
「われながらすらすら出てきてびっくりよ。べんきょうはあまりとくいじゃないのに。そうそう、それでね」
クリスは手をポンと打ち合わせた。
「ここからがだいじなんだけど」
今までのことも相当大事ですと大人たちは思ったことだろう。
「こんな幼いころから王子ひきょういくをほどこすとは、やはりよほどきたいされているのだろうな、って」
王子妃教育などかけらもされていませんが。
「それって、王子ひきょういくってとってもたいへんってことでしょ?」
「それはそうなの?」
私はオッズ先生に視線をやった。
「私にはなんとも。確かにニコラス殿下のお母様にも授業はいたしましたが、それは教養の範囲を超える特別なものではありませんでしたよ」
私はニコを見た。
「母上は父上をささえておられるが、とくだんほかのレディとちがうことをしているようにはおもえぬが」
「そうなんだ」
私はクリスに視線を戻した。
「ニコのお母さまもおばあさまも、お茶会はひらくたちばで、もてなすことばかりでしょ。だから、きっともとからちがうべんきょうをしなくちゃいけないのかなって、そう思ったの」
「なるほどー」
私はクリスがなぜそう考えたのか、ようやっと理解した。
そのうえで、言うべきことはきちんと言おうと思う。
「まず、リアはおうじひ、じゃないからね」
「わかったわ。うわさより、本人にきいたほうが早かったわね」
クリスは周りの大人の深刻そうな様子に気づかず、ころころと笑っていて、私はほっとした。
「そもそも、おうじひきょういくがあったとして、するのはおおきくなってから。こんやくがきまってからじゃない? オッズせんせい?」
「リア様の言う通りですな」
「つまり?」
私は話の結論をオッズ先生にお任せした。
「リア様は、普通の貴族令嬢としてお茶会の作法を覚えたほうがいいということですな」
そういうことになる。オッズ先生は、クリスのほうを向いて、優しい口調でこう言った。
「クリス様。お茶会を開く前に、お茶会のマナーをリア様とニコ様に教えてもらえますか」
「もちろんよ」
機嫌よく返事をしたクリスと相談して、午前中のおやつの時間を、お茶会の作法の練習時間とすることにした。




