大人の話し合い
「わざわざ私を呼び出すとは何事だ。四侯に関することかと思えば、フェリシアはいない。マークまで呼び出したからには、子らの世代のことかと思いきや、そなたらの子もいないではないか」
四侯の一角、モールゼイが冬雲の瞳をきつくして文句を言う。一応、茶の時間に合わせて事前に連絡はしてある。
「親睦のためだとは思わなかったのか?」
私のからかいにもにこりともしない、真面目一辺倒の男である。
「馬鹿らしい。ただでさえイースターのことがあって忙しいのに、茶でも飲んで談笑する暇などあるか」
「まあまあ、父上。まずは話を聞かせてもらいましょうよ。いきなり呼び出されて腹を立てる権利があるのは、そちらにいるランバート殿下のほうです」
モールゼイの跡継ぎのマークが父親をなだめる。こちらはお気楽で、色合いはそっくりでも親子とは思えないのんびりさがある。
「王族を気軽に呼び出すのはオールバンスくらいだろうよ。だが私も、ちょうど息抜きがしたかったところだから、問題ない」
確かに、同じ王城内で仕事をしているとはいえ、世継ぎの王子殿下を遠慮もなしにほいほいと呼び出す気になるのはディーンくらいなものだろう。
「忙しいのはお互い様だし、私だってそなたらの顔を見ているより、おやつを食べるリアを見ていたいのに我慢しているのだ。なんなら早退したいくらいだというのに。いえ、殿下にはわざわざ足をお運びいただき、感謝はしておりますが」
モールゼイ以上に辛辣で正直なディーンだが、一応殿下に配慮する気持ちはあるらしい。
気にするなというように肩をすくめたランバート殿下はさすがにニコ殿下の父親である。この方も一見するとゆるい雰囲気ではあるものの、優秀で懐が広い。
そんな殿下に、ディーンは時間を惜しむように話し始めた。
「相談したいことなのですが、モールゼイの言う通り、子らの世代のことです。こたびのレミントンの件で、学費を賄えず、学院を退学する生徒が目立つらしい。ルークやフェリシア、それにギルから、自分たちの世代の人材が欠けるのは惜しいということで、どうにかできないかという相談がありました」
王族に向かって話すにしては砕けた言い方だが、殿下は四侯が先走ったと言わせないための保険的な存在であり、基本的には四侯で話し合うということからこの口調なのだろう。
「経緯はレミントンにあるとしても、結果として学院に通えない生徒が出るのが問題ではないかと。殿下に来ていただいたのは、レミントンの財産の一部を、奨学金に回せないかと相談するためです」
だが、ランバート殿下の答えは厳しい。
「レミントンの財産は凍結中だ。フェリシアが一人前になったとしても、それを全部当主としてのフェリシアに戻すかどうかも決まっていないことは知っているだろう」
凍結中というのは、代理人、つまりこの場合は監理局によって差し押さえられている状況だ。基本的に四侯は王都の屋敷以外は土地を所有しないため、財産のほとんどが豪華な屋敷、物品と金ということになる。支給されていた莫大な手当ては、かなり減額されてフェリシアに入るが、それを使ってぜいたくに暮らそうものなら非難が巻き起こることは目に見えているから、質素な生活をしている。もっとも、それを不満に思うようすはみじんもないが。
レミントンがかかわっていた仕事や商売は、事件と関係のない者はそのまま引き継いでいるが、レミントンの名が付くだけで信用がガタ落ちで、売り上げも落ちているのは当然のことである。
一つの家だけで大量の金が動いていたのだから、それが止まれば影響は大きい。ただし、国としてはイースターやウェスターとの取引はむしろ活発になっており、キングダム全体で言えば経済的な損失はほぼないといえる。王家としては、総じて問題はないということなのだろう。
「レミントンという名に寄りかかっていた者が没落していくのにまでいちいち気を配ってはいられない。王家と四侯が守るべきはキングダムとその民であり、なすべきことは結界の維持。今回の件でレミントンの一族はある意味ふるいにかけられたとも言える。他家においても、一族が四侯の名に甘えていてはこうなるという、ある意味手本になったと言えるだろう」
殿下の言は厳しいものだ。
「ゆえに、王家としては、レミントンに援助するつもりはない」
「まあ、それはそうですな」
モールゼイも同じ考えだ。
私はフェリシアがこの場にいないことに感謝する。だが、正直私もこの二人と同じ考えだ。
「勘違いしてもらっては困るのだが、私も、レミントンの一族に援助するつもりはありません。レミントンの財産を使って、学生から学ぶ機会を奪わないようにすることはできないだろうかと提案しているのです。」
ディーンはたんたんと言葉を続ける。
「レミントンの財産をうんぬん言う前に、オールバンスは個人で奨学金を出すことに決めました。ただし、卒業後は数年、オールバンスで働いてもらうという条件です」
「その条件なら、奨学金がなくても応募が殺到するだろうに。それにしても、人を増やさないオールバンスが珍しいことだな」
モールゼイが苦笑する。
貴族であっても、家督を継ぐ以外のものの進路はやはり厳しく、有力貴族に雇われるというのはよい就職先のひとつなのだ。
「理由の一つは、屋敷の人員が少人数では、いざというときにすぐに無理が出るということがわかったからだ」
ランバート殿下はディーンのその言葉だけで理由がわかったようだ。
「ああ、リアの幽霊騒動か。話はニコから聞いているよ」
「子どもたちの仲がいいのも考え物ですな」
ため息をつくディーンに、マークが目を輝かせた。
「リアの幽霊騒動とは何ですか? またあの子が面白いことをしたのかな」
四侯の間では隠すことでもないので、ディーンが経緯を話し終えたころには、モールゼイ二人もランバート殿下も神妙な顔になっていた。
ディーンの娘語りが始まる前に、論を戻さねばなるまい。
「ディーン、他の理由はなんだ」
「ああ、そうだな」
やはりリアのすばらしさをとうとうと語ろうとしていたようだ。頭を切り替える間があった後、ディーンは二つ目の理由を話し出した。
「リアとルークが、将来的に自分たちに仕える人材が欲しいと言い出した」
「それはまた」
ランバート殿下の口元に笑みが浮かんだが、すぐに消え去った。
「ルークだけでなく、リアもか。君たちの子は末恐ろしいね」
「恐れ入ります」
ディーンも表情を変えずに礼を言う。
「人を育てるのには時間がかかる。ルークは執事候補と商会の補佐が、リアは魔道具関連の分野に興味がある人材がほしいそうです。オールバンスの奨学金には種類を設け、奨学金の額や卒業後の進路などに応じて、要相談。これから毎年のことになるので、今年は多めにしたとしても、来年からは多くて三人程度と考えております。ということは、まだまだ拾われない生徒が出てくるということになります。だからこそ、こうして四侯と王家に声をかけたわけですが」
ディーンの言葉に合わせて、リスバーンの立場も示しておく。
「うちはそもそも、レミントンから多くの使用人を引き取っているので、リスバーンからの奨学金は出したとしても、せいぜい一人か二人としか考えていません。それも、今回が特別枠ということになると思います」
リスバーンは今のところ人材には困っていないのだ。
「それでも支援が足りないか。モールゼイはどうだ?」
ランバート殿下が確認する。
「うちも人手があればとは思いますが、必要なのは大人です。卒業生ならともかく、在学している生徒では、仕事ができるようになるまでに時間がかかりすぎる」
「ふうむ。王家の人材は個人的に採るのではなく、試験で取った官吏を回してもらっているから、奨学金と紐づけて採用することはできない。やるなら各王族が個人でということになるが、それもどうなのか……」
王家は人材の確保に、四侯とはまた違う悩みがある。特定の貴族や派閥をひいきしてはならないのだ。
「いきなり呼びつけて、面倒なことを言いだしたのはわかっています。今日で結論がでるとも思ってはおりません。ですが、既に学費が払えず、学校を去るものが出ている以上、オールバンスだけは急ぐつもりでおります。短期であれば、正式なものとせずとも善意だけで成り立つ。来年の学費を支払う時期になるまでに、奨学金を今よりも出せるようになればいいのはないですか。全員を拾い上げるわけにはいかないでしょうし」
ディーンは既に腹を決めている。
「何も言わずやったとなれば、なぜオールバンスだけと言われかねませんので。事前にお知らせと、それから勝手ながら、奨学金の財源の提案をと思っただけです」
「なるほど。お茶を飲むくらいの気軽な気持ちで来てみれば、ずいぶん大きな問題を提起してくれたものだ。だが、感謝する」
ランバート殿下は、ディーンに笑みを向けた。
「正直なところ、今回のレミントンの起こした騒ぎは大きすぎた。キングダムよりイースターの処理のほうが大変で、とりあえず回っている自分の国のことはないがしろにしていた面があるのは自覚はしていたんだ」
ランバート殿下は世継ぎの王子であり、国を治めているのは陛下だ。だが、陛下はそれほど臨機応変な方ではなく、レミントンの騒動による負担はランバート殿下とアルバート殿下にのしかかっているのが現状ではある。
「アルにイースターを任せられるくらいには落ち着いたから、いよいよレミントンの後始末かと思っていたところではある。レミントンの財産もこのままおいていくというわけにもいくまいし」
アルバート殿下は、サイラスの件が落ち着いてすぐ、イースターに向かっており、今は王都にはいない。
「オールバンスは先に動いていてくれ。私には少し時間をもらいたい。どうすればいいのか、すぐに答えは出せない」
「承知いたしました。こちらのやることに口を挟まれなければそれで充分です」
「その口の利き方、オールバンスよな」
殿下も苦笑するしかない。だが、ディーンにやられっぱなしはやはり嫌だったのだろう。ニヤリとしてこんなことを言い出した。
「オールバンスの奨学金の話が、ルークとリアがきっかけなのであれば、その二人に尋ねれば、王家のやるべきこともわかるかもしれないなあ。どうせこの後、お迎えに行くのだろう。ルークはいないが、リアに聞いてこようではないか」
ランバート殿下はディーンが止める間もなく立ち上がると、さっさと部屋を出てしまった。
「あの馬鹿が! 許さんぞ!」
ガタリと音を立ててディーンが立ち上がった。
「ディーン、落ち着け。不敬だぞ。そしてとりあえず追いかけよう」




