リアのお金
「それでは、雇った護衛を紹介する」
兄さまは既に家にいて、グレイセスと顔合わせをしていたらしい。既に兄さまの護衛らしい顔をして、グレイセスがそこにいた。見知った顔にニコニコしてしまう私である。
だが、護衛については、グレイセスだけでなく他の護衛もしっかりと覚えなくてはいけない。グレイセスを含め新人が三人、元からいた護衛が五人、ハンスを入れて九人体制ということになるらしい。
私設護衛隊と聞いていたから、二〇人も三〇人もいるかと思っていたので、人数が少なくてちょっとほっとした。
家族で楽しい食事がすむと、やっと兄さまとゆっくり話せる時間ができた。
グレイセスは今週は顔見せだけで、いろいろ始末して来週から勤めるのだという。
「夏休みが終わってたった一週間だというのに、いきなり新しい護衛だなんて、驚いたよね。私も驚きました」
「うん。おどろいたけど、しってるひとだったからいい。しらないひともいるけど、ハンスがいるからだいじょうぶ」
「確かに、ハンスの目があれば、怪しい人材ならすぐに見破ることができる気がします」
もちろん、ナタリーもだ。
「でも、グレイセスはごえいたい、だいじょうぶなのかな」
お父様にも聞いてしまったけれど、護衛隊からの引き抜きという形になったグレイセスは大丈夫なのだろうか。
「うちのほうが労働条件がいいのだから、別にかまわないんじゃないですか。ハンスもグレイセスも、かなりいい条件のはずですよ」
兄さまもなんだかお父様と同じことを言う。
「それなら、ごえいたいなんていらないのに」
おもわず口をついて出た言葉に、兄さまも深く頷いた。
「本当にそう思います。ふう」
ため息なんて珍しい。
「にいさま、なにかこまってる?」
「ああ、ごめんね。困っているというわけではないのですが、学院で気になっていることがあって」
その口調には、私に学院のことを話しても仕方がないと考えている気配がプンプンする。
確かに話してもどうにもならないが、話すだけで気が楽になることもあるのだ。
「にいさま、リアもがくいんにいったことあるよ」
「え、ああ! かぼちゃパンツ事件の時か!」
「かぼちゃパンツじけん?」
「い、いえ、なんでもありません。あれです、学院潜入調査の時ですね」
なにかごまかされたような気がするし、ありえない事件名が付いている気がするが、まあいい。
「いちねんせいからろくねんせいまで、たくさんいた」
教室を巡って騒ぎを起こしたことを思い出すと、とても楽しい気持ちになる。
「よく覚えていますね。でもね、今、生徒の数が少し減っているんです」
「へってる? どうして」
私に話していいものかどうか、悩んでいる顔をしている。だが、いまさらだと思ったのだろう。
「経済的な問題です」
「おかねがないの?」
「そう。いまさらですが、なぜリアは、経済的な問題と聞いてすぐ、お金がないとわかるのでしょうね。賢すぎてかわいい」
兄さまは私をギュッと抱きしめた。
なぜ賢いがかわいいにつながるのかわからない。
「学院は貴族が通うこと前提だから、お金がかかるのですよ。要は、学費を用意できない家は、通えないということです」
世知辛いが、仕方がないことなのかもしれない。
「ですが、貴族として生き残りたければ、多少無理してでも子どもは学院に通わせます。それで官吏への道も開けるし、他の貴族とのつながりも作れる、婚約者を探す場という意味合いもありますしね」
「なるほど」
私はわかったような顔をして頷いてみせた。実のところ、学校は勉強するところとしか思っていなかったので、お金の話だけでなく、そちらのほうにも驚いている。
「言いにくいことですが、この原因は昨年に起きた、レミントンの事件にあります。オールバンスと違って、レミントンは一族の人数が多かったですし」
「グレイセスもレミントン」
「そうです。グレイセスのようにレミントンの名に寄りかからず生きているものは問題がありません。だが、四侯としてのレミントンの凋落に道連れになったものも多いと聞きます」
娘のフェリシアとクリスでさえ窮屈な日々を送っているが、一族の者たちもそうだとしたら、アンジェのやったことは本当に誰も幸せにしなかったということになる。
「レミントンのことはレミントン本家が責任を取れ、と言われても、どうしようもない状況なのは、リアならわかるでしょうか」
「うん、フェリシアもクリスも、まだむり」
もしかしたら子どもでも兄さまならどうにかなったかな、とちらりと頭に浮かんだが、そもそも兄さまなら身内には問題を起こさせない気がする。
「問題が起きても、今まで豊かさを享受してきたわけですし、自分でなんとかするしかないでしょう。ですが、まだ学生の身では、自分でと言ってもどうしようもありません。その結果学院を辞めなければいけない生徒が多くなるとしたら、私たちの世代の将来は人材不足ということになります。それは困るのです」
「そうなの」
そんな先のことまで考えている兄さまはすごいと素直に感心する。
「個人的に私が目を付けていた生徒も学校に来ていないようですし、どうしたらいいのか……」
兄さまは困ったようにため息をついた。
私は自分の学生の頃を思い出して、兄さまに尋ねてみた。
「こまったがくせいは、むりょうにできないの?」
「無料? 確か平民の成績優秀者は、授業料が無料のはずですが。平民限定の奨学金制度ですね」
「へいみん。なんにんくらい?」
学院に平民がいるとは知らなかった。
「ええと、たしか三人かな。みんな優秀だから、ひそかに目を付けてはいますが、貴族でないからか、今回の件では影響は受けていません」
兄さまはそんなところにも目を付けているのかと思うとあきれてしまう。
あきれてしまうが、それは今はどうでもよくて、問題は貴族には奨学金制度のようなものはないということだ。
私は腕を組んで考えてみた。
「おかね……。そうだ」
私ははっとして隣の兄さまを見上げた。
「リアのませきのおかね、どのくらいある?」
遊んでばかりの幼児に見えるかもしれないが、こう見えて、魔石に魔力を補充したり、ニコと作った魔道具の売り上げの一部をもらったりして、ひそかに貯金があるのだ。
ただ、どのくらいあるのかは知らない。
大きくなるまで使うあてもないのだから、「リーリアの奨学金」として支給してもいいのではないかと思いついた。
「リアのお金ですか。お父様に聞いてみないと正確にはわかりませんが、魔石のお金なら、私よりあるはずですから……」
「え、なんでにいさまよりあるの?」
「だって、魔石に魔力を補充する遊びは、リアと同じに始めたんですよ。私は忙しいので、そこまで熱心にはやらなかったですけど、リアは余った魔力がもったいないからと言って、時間があればやっていたではないですか」
「でも、ウェスターにいってたし、リア、まださんさいだし」
兄さまはあきれたように肩をすくめた。
「では、お父様に聞いてみましょう。いや、ジュードに聞いたほうが早いかな?」
ジュードに聞いたほうが早いかもしれないが、結局はこういうことがあったとお父様に報告が行くはずなので、二度手間を避けるためにお父様に聞きに行くことにした。
執務室に向かうと、お父様は金曜の夜だというのに仕事をしていた。
「リアの魔石のお金? 使う必要なないぞ。何か欲しいなら言いなさい。お父様が買う」
「ええと」
「リアの欲しがっていたマールライトの鉱山ならもう買ったぞ?」
「ええ? いつのまに……」
いつの間にというか、鉱山をリンゴみたいに買うんじゃないとか、そもそも欲しがってはいないとか、言いたいことはたくさんあるが、とりあえず聞きたいことはそれではない。
「リアのおかね、どのくらいあるの?」
「仕方がないな」
何が仕方がないというのか。
お父様は数字の並んだ帳簿を見せてくれた。
「うん。わからない」
「王都に屋敷を買うには足りんな。だが、おやつは好きなだけ買えるだろう」
「うん、わからない」
本当に何を言っているかわからない。
「つまりだな。ジュード。幼児にわかるように説明してくれ」
「はい。ご当主は大きいお金しか動かしたことがありませんからね」
結局、お父様に丸投げされた苦笑いのジュードから聞くことになった。
「こちらがリア様がこつこつと魔力を入れていた魔石のお金、こちらがニコラス殿下との共同開発による魔道具のお金でございます。特に広範囲を照らす明かりの魔道具は、夜も作業ができるということでキングダム内での需要が案外ありますし、小さめの結界箱も納品待ち状態で、こちらは今はウェスター中心ですが、それを聞きつけたファーランドやイースター方面からも引き合いが来ているところでございますよ」
ジュードが嬉しそうなのはなぜだろう。胡乱な目をしている私に気が付いたのか、ジュードはコホンと咳払いをした。
「ご当主は王都に屋敷は買えないとおっしゃいましたが、確かに屋敷は買えないでしょう。ですが、下級貴族が買うくらいの家なら買えるくらいありますよ」
単位が屋敷か家かという問題ではない。
「つまり、リアのおこづかいは、たくさんあって、まだまだふえる?」
重要なのはそこである。
「そのとおりでございます」




