日常は少しずつ変わっていく
うっかり更新を忘れていました。
来週は月曜日に更新したいです。
「じゃあ、きょうは、みんなでウェスターのたびのはなしをしようよ。そのなかから」
「じゅぎょうで取り上げることをきめていくのだな」
そうなると、先生のことなどお構いなしである。机を寄せ合って、旅の最初からおおざっぱにさらっていって、クリスが興味をもったところをメモしていく。
「りょうとでラグりゅうのむれがおそってきたところは、ぜひ取り上げたいのだが」
「こわいからいやよ」
「むう。それでは、やどのローダライトがこわされていた話はどうだ?」
「それもこわいわ」
幽霊には興味があっても、ラグ竜の暴走は怖いというのはおかしな話だと思う。ニコのワクワクポイントが、クリスにことごとく拒否されていて面白い。
「リアは、ローダライトのはなしはとりあげたらいいとおもう」
「こわいのに?」
「こわくても」
私はクリスの目をしっかりと見つめた。
「へんきょうは、きょぞくのいるところ」
もしかしたら、クリスはこれから先、辺境に行くことはないかもしれない。それでも、四侯の一族の一人として、虚族関係の知識は持っていた方がいい。
「きょぞくがはいれないよう、ローダライトをつかうたいせつさは、まなんだほうがいいから」
クリスはしぶしぶと頷いた。
「そのかわり、レースのまちのはなしを、リアがしてあげる」
「レースの町?」
これには目が輝いている。
「ナタリー、レースはおうちにある? みほんとしてもってきていい?」
「もちろんでございます」
「じゃあ、レースのまちについては、リアがほんものをもってきてじゅぎょうする」
レースの町は、アリスターが滞在していたという思い出の町だ。あちこちに布を売る店があったことを話すといいだろう。
「私が先に戻った後、殿下とリア様が大変な目にあったということは聞き及んでいましたが、本当にいろいろな経験をなさいましたな」
オッズ先生も感に堪えないという様子で、一緒に話を聞いていてくれた。
「ああ。守られてばかりだったが、へんきょうはひろびろとしていて、じゆうであった」
「そして、いつもだれかがいて、にぎやかだった」
まだ二ヶ月ほど前のことなのに懐かしさに目を細める幼児二人に、クリスがぷうっと頬をふくらませる。
「二人でわかりあっちゃって、いやなかんじ!」
それは申し訳ない。
「こんどどこかに行くときは、私だって、ついていってあげないこともないんだからね!」
クリスらしい言葉、いただきました。
「うん、行こう!」
「いっしょにいこう」
そうは言ったものの、フェリシアとクリスはレミントンだから、きっとしばらくは王都から離れることを許されない。
「だったら、おうとのなかで、またいろいろいけばいい」
学院視察に行ったことだってあるんだもの。下を向いていた私のつぶやきを聞いていたのは、図書室の床だけだったと思う。
「リア様?」
「なんでもない。オッズせんせい! おそとであそびたいです。あ、ちがった」
私はちゃんと言い直した。
「おそとでしぜんかんさつしたいです!」
オッズ先生は苦笑しかけて、口元を引き締めた。
「本音が漏れていますが、リア様ですし、仕方ありません。天気もいいことですし、外で体を動かしておいでなさい」
旅の話は楽しくても、ずっと座っていると疲れるものである。
私たちは外に駆け出し、自然観察という名の鬼ごっこや木登りに明け暮れたのだった。
それから、平日は基本、お父様と城に出勤し、ニコとクリスと過ごすという、ウェスターに行く前と同じ日常に戻った。
クリスはフェリシアが迎えに来て、私よりも先に帰ることが多い。
フェリシアは成人して四侯としての仕事を始めてはいるが、いきなりの交代だったので、まだ全部は引き継げていないらしく、お父様よりだいぶ仕事が少ないのである。罪を犯したレミントンに、公的な仕事を任せてもいいのかという、反対の声もあるという。
魔石に魔力を入れるという、レミントンの仕事を代われるものなど誰もいないというのに、愚かなことである。
そして心待ちにしていた週末がやってきた。
兄さまが学院の寮から戻ってくるのである。
城で待ち合わせすることもあるのだが、この日はお父様と二人きりの帰宅になった。
「にいさま、いそがしいのかな?」
「あー、リア。そのことなのだが」
竜車の中で、お父様が何やらもにょもにょと口ごもっている。
「リアには事前相談なしで申し訳なかったと思う。だが、イースターの第三王子の件もすべて終わり、リアがさらわれる危険性も弱くなった。もちろん、かわいらしいリアがかわいらしいという理由だけでさらわれる危険性は今でも否定できず、ましてや四侯の愛娘という付加価値に至っては」
「おとうさま」
突然長々と話し始めたお父様を、とりあえず私は止めた。
申し訳ない。事前相談なし。もうさらわれない。
余分なものを省くと、大切なキーワードはこれだけだ。
つまりそれは、屋敷に新しい人を入れる。そういうことではないか。
私の推理もニコ並みにさえわたっている。
「リアの幽霊騒動の時」
お父様の言い方を聞いていると、あの事件はそういう名前で定着したという、いやな予感がするので、しっかり言い直しておく。
「リアがよるあるきしたとき、でしょ」
「そ、そうだな。リアが夜歩きした時だな」
お父様はちゃんと言い直してくれる。
「そもそも、リアが以前がさらわれた時、手引きしたのは家のものだった」
お父様はあえてハンナとは言わない。
「だから、オールバンスの屋敷は少数精鋭で運営してきた。人数が多いとうっとうしいしな」
人に興味のないお父様の本音がちらりと垣間見えたが、今は続きを聞こう。
「だが、リアが夜歩きをした時、夜に人手を回したら、昼にミスを連発する使用人が増えてな。当たり前のことだが、仕事が増えれば、負担も大きくなる」
「しんぱいかけてごめんなさい」
「リアのせいではない! リアのせいではないんだ」
お父様が向かいに座っていた私を抱き上げて膝の上に乗せた。
「ただ、子どもを育てていたら、これからも想定外のことは起こるだろう。リアだけでなく、ルークにも何かが起こらないとは限らないしな」
兄さまはお利巧だから問題は起こしたことがないが、人生何があるかわからないものだ。隣の国の王子がいきなり襲ってきたりするし、しつこく付きまとったりするし。
「だから、人員を増やすことにした」
「リア、べつにいいとおもう」
使用人を減らす、例えばハンスとナタリーを辞めさせるとか言われたら、静かに怒って私のお小遣いで雇い直すかもしれないが、そうでないなら見えないところで使用人が増えたとしても、私にはあまり関係はないし、お父様が申し訳ないと思う必要もない。
だが、お父様はまだもにょっている。
「リアにも関係がないと言えなくもないというか、その、だな」
「つまり?」
私は面倒くさくなって、ずばりと聞いた。
「つまり、オールバンスに私設護衛隊を作ることにした」
「しせつごえいたい」
お話の中では聞いたことがある。辺境伯の騎士団とか、侯爵家の軍とか、そういうやつだ。だが、四侯は一家たりともそれを所有しない。その代わり、国軍の監理局の中に、四侯を守る護衛隊というものがあったはずだ。
私設で護衛隊を作るということは、かなり大きな問題ではないだろうかと、私は心配になる。しかし、お父様は私の気持ちをよそに話を続けた。
「私の知っているところに、ちょうど都合のいい者がいた。グレイセスだ。他にも何人かな」
「グレイセス!」
知っている顔が増えるのは嬉しい。だが、グレイセスは若いけれど、確か護衛隊の第何部隊だかの隊長だったような気がする。それを引き抜くのはまずいのではないだろうか。
「きょ、きょかは」
「陛下からは取ってある」
「へいかからは? ごえいたいからは?」
「護衛隊を辞めるかどうかは、グレイセスが決めることだ。なぜ私が護衛隊のことを気にしなければならない?」
本気で理解できないという顔をするのはやめてもらいたい。その顔は私の頭の上に載っているから、本当にそうなのかはわからないけれども。
「グレイセスは、いいって言ったの?」
「言ったから雇ったのだが? 護衛隊所属だと、他の四侯の担当になることもあるから、オールバンス専属だと都合がいいと言っていたぞ」
お父様には迷惑ばかりかけられているから、てっきり嫌がられていると思ったら、まさかの逆だった。
「ハンスを隊長として組織するから、しばらくは屋敷の中ではリアの担当から離れることもあるかもしれないが、許しておくれ」
「それはだいじょうぶ」
「そしてグレイセスは、ルークの護衛となる」
「にいさまのごえい」
確かに、私には護衛が付いているのに、兄さまには付いていない。だが、それならギルにもフェリシアにもモールゼイにも付いていないと思うのだが、なぜわざわざ付けるのだろうか。
「今まで四侯は、キングダム中でも王都にとどまり、ほどんどどこにも出かけることはなかった。だが、これからは違う。特にルークは、これからも、私の代わりにあちこちに行くことになるだろう。その時に、リアのハンスのように信頼できる護衛がいたほうがいい」
御者席からかすかに喉が詰まったような音がした。
ハンスから噴き出す以外の音が聞こえることはめったにない。
信頼できると言われて、きっと感動したに違いない。
私はニヤニヤする口元を抑えられなかった。
「リア、そうだんされなくてもだいじょうぶ。おとうさまがやりたいならそうしたらいい」
本当は護衛隊に根回ししておけとか、付け届けをした方がいいんじゃないかなどが頭の片隅をよぎるが、面倒くさいので黙っておく。私に影響がなければそれでいいのだから。
「リアはかわいすぎるな」
今の話がどうそこにつながるのかわからないが、そうこうしているうちに無事に屋敷に着いた。




