それから
書籍9巻、
12月15日発売です。
コミックス7巻も12月14日発売です。
それからどうなったか。
私たちは、サイラスを包囲し捕まえるまでは、ウェスターのトレントフォースにとどまるよう言われ、ウェスターを西回りで旅してきた。
結局サイラスを包囲し捕らえたのが私たちであったというなんともいえない結果ではあったのだが、それはつまり、もうトレントフォースにいる理由がなくなってしまったということだ。
このままだと、速やかにキングダムに帰還せよということになりそうな気がする。
サイラスが虚族と共に露と消えたその日、さすがにそこから一日にかけてトレントフォースに戻る余裕はなく、ファーランドの国境際の町の宿屋に一泊させてもらうことになった。
もちろん、事件の顛末をトレントフォースに伝える役の人は別である。
というか、兄さまたちは後始末に忙しいようだったが、私は事件の後ちゃっかり竜のかごで寝ていたので、意外と元気なのだ。
「このままキングダムにかえるのかなあ。もうすこしトレントフォースにいたかったな」
「そうだなあ。結界があるせいか、トレントフォースはウェスターの町の中では格段に落ち着ける場所ではあったよな。リア様がもう少し滞在したいという気持ちもわかるといえば、わかる」
ハンスも私の護衛に戻り、同じ部屋でのんびりと過ごしている。
部屋には私とハンスしかいないので、ハンスも小さいテーブルを挟んで私と向かい合わせに座って椅子にそっくり返っている。
「エイミーとレイはトレントフォースに戻ったかな」
「それは大丈夫なはずです」
「ニコ、心配してるかな」
「心配しているでしょうな」
ハンスもすっかり気が抜けている。私は物足りなくて足をプラプラと動かした。
「ぷー」
「ブフォッ」
ハンスがいきなり噴き出している。
「どうしたの?」
「いや、リア様があんまりかわいらしいことをするから」
「かわいいのはしかたがないでしょ」
「まあ、仕方がないんだが」
ハンスの手が伸びてきて私の頭をぐりぐりとした。大きい手に頭がすっぽりと包まれてなんだかちょっと気持ちがいいのは内緒である。
「なーにーをーすーるー」
「リア様が、確かにここにいるんだなって。あれ?」
「みればわかるでしょ」
私はプリプリと髪を両手で整えた。
「あ、かれくさがついてる」
竜の顔から落ちた時に付いたのに違いない。あの時、確か。
「あさの、いちばんぼし」
その清々しい明け方の空が目に映ったのは、一瞬だった。
「みるみる、きょぞくでおおわれた」
なぜだろう。背中がぞくぞくする。
「リア様!」
ハンスは椅子を蹴るように立ちあがると、私を椅子から持ち上げて、ぎゅっと抱きしめた。片方の手が首の後ろに当てられているからくすぐったいではないか。
「サイラスは、さいごまで、リアをころしはしないとおもってた」
「リア様、大丈夫か」
「りゅうのあいは、いつもよそくふのう」
「大丈夫なはずがねえ。熱が出てるじゃねえか! 誰か!」
安全なはずの部屋にいたところを悪者に襲われ、夜だというのに人質として身代わりになり、一晩中ラグ竜のかごで揺られていたあげく、首元に剣を突き付けられて、しまいにはラグ竜の頭から落ちたら、熱くらい出たって仕方がない。
「ようじには、つらすぎる」
「誰か!」
こうして、熱が出て倒れてしまった私がトレントフォースに戻れたのは、結局一週間後だった。
「リア!」
そしてトレントフォースに帰還した私の周りには、ニコをはじめレイにエイミー、ノアや町の子どもたちまで集まっている。
子どもたちの後ろには、アリスターがいて、よく帰ってきたなと言うように大きく頷いた。
身代わりとなってレイとエイミーを助けたことを、泣きながら謝られ、リアがいなくてつまらなかったとニコに詰め寄られ、皆にもみくちゃにされて大変だったが、どうやら、
「リアは、わるものをやっつけたんだってね」
ということになっているようだ。
「ちがうの、わるいひとは、じめつしたの」
言い訳しても謙虚だと思われるし、今まで目立たぬように生きて来たのに、人生で一番ほめそやされて目立った瞬間だったと言っても過言ではない。
「ふう、びっくりした」
とりあえず町長の家に向かうと、そこでもまた町長に涙ながらに礼を言われたが、私はきっぱりと言った。
「そもそも、レイとエイミーがさらわれたのは、リアたちがきっかけだから」
悪い人は、悪いことを考える人、そして悪いことをする人。
でも、やはり私たちが来なければ、レイとエイミーが巻き込まれることはなかったということは、忘れてはいけないのだ。
久しぶりに皆と顔を合わせての夕食は楽しかったが、仲間が皆そこにいたわけではない。
「アリスターは、いかなくてよかったの?」
「ああ。俺が行っても、体力的に足手まといになる。それなら、トレントフォースにいて、リアやここの皆を少しでも守る役割をしたほうがいいってわかってるんだ」
アリスターは、私と共にレイとエイミーを助けに向かったが、そのままレイとエイミーをうちに届け、それからずっとトレントフォースにとどまっている。
「今回、リアたちと旅をして、ずっとリアとリアの兄さんを見てたんだ、俺」
「そうなの?」
「ごめん、ずっとは嘘だ。けっこう忙しかったからな」
アリスターは夏空の瞳をきらめかせてハハハと笑った。
「リアのこと、ずっと心配だった。いつも我慢していい子にしてて、キングダムに帰っても無理してないかなって」
「リア、むりしてないよ? いつもたのしい」
アリスターにそんな風に思われていたとは知らなかった。
「だけど、兄さんに愛されてて、仲のいい友だちがいて、ちゃんと面倒を見てくれる護衛とメイドが付いてて。俺がバートたちに大事にされてるように、リアの周りにも仲間がちゃんといるってわかって、嬉しかったんだ」
「アリスター」
照れくさそうにニヤッとするアリスターは、もっと小さい頃に、一緒に過ごした時と何も変わっていない。
「俺ももう、無理して背伸びしてバートたちに付いて行かなくても不安じゃない。こうして残って自分の役割を果たせることを、大事にしたいと思えるようになったよ。偉くないか」
「アリスター、えらい」
私は背伸びしてアリスターの頭を撫でてあげた。
「わたしもずっとしんぱいしてまっていたのだぞ」
「ニコも、えらい」
アリスターの隣でぷんすか腕を組んでいるニコの頭も撫でてあげた。
この一週間でずいぶん仲良くなったようだ。
「俺がニコ殿下をあちこち案内してあげていたからな」
「うむ。ちょうちょうのやしきのうらの、ウェリぐりの林もみにいったぞ」
「ずるい! リアもいったことないのに!」
そんなにぎやかな語らいをギルが優しく見守っているが、この場に兄さまはいない。
兄さまは一人、サイラスの最後を見届けたキングダム一行の代表として、ヒューやカルロス王子、それにバートたちと一緒に報告の旅に出てしまった。
熱で寝込んでいる私が、せめて回復してから行きたかったと思うが、医者に知恵熱のようなものですと言われて、何かを振り切ったかのように出発していった。
本来なら年長のギルが行くべきなのだろう。
だが兄さまが行くと主張したそうだ。
私が一番気になるのは、年上のギルをないがしろにしていると思われてしまうことだ。
「俺でもルークでも、一度報告に王都に戻ったら、もう一度国の外に出られるとは限らない。おそらく、王都に留め置かれる可能性が高い」
兄さまが旅立った後、ギルがそう教えてくれた。
「迎えに来るのは、おそらくルークではなく別の者になるだろう」
「にいさま……」
そんなことならもっとたくさんギュッとしておくべきだった。
「本当なら、カルロス王子やヒューと共に、俺たちも戻れば丸く収まったんだけどな」
ギルが内緒だよと言うように声を潜めた。それから、コホンと小さく咳ばらいをした。
「そもそも、迎えに行くまでトレントフォースにとどまっておくれと言ったのはお父様です。そしてそれはお父様の独断ではなく、キングダムの方針のはずです。ということは、キングダムから迎えが来るまでは、戻る必要はありません」
「ブッフォ」
私の護衛が笑い転げているが、私も口がぴくぴくしてしまう。
「にいさまがそういったの?」
「そうだよ。そしてね」
ギルがニコッと微笑んだ。
「あいつ、生意気に」
そしてまたコホッと咳をした。
「私のほうが若いのですから、まだまだキングダムの外に出る機会はギルより多いはずです。それにギルは年上ですから、しっかりとニコ殿下とリアの面倒を見るべきです。ってさ」
「にいさま……。すなおじゃない」
「そうだな。優しい奴なんだ。本人は認めないがな」
以前の兄さまなら、決して私を置いて行ったりはしなかったと思う。
兄さまも、少しは仲間を、そして私を信用することを覚えたのだ。
「だれがむかえにくるかな。おとうさまはむりだけど、またにいさまがくるといいな」
ふんふんと楽しく迎えを待つ私は、ニコと自分が、小さい結界箱を発明してしたことをすっかり忘れ、毎日トレントフォースを駆けまわる日々だった。
それが次の騒ぎの元を連れてくるとも知らずに。
これで一区切りで、ここまで9巻に入ります。
そしてまたしばらくお休みします。
続きますので、のんびりお待ちいただければ幸いです。




