淡紫よ、お前のせいで
「転生幼女はあきらめない」書籍9巻は12月15日、
コミックス7巻は同じく12月14日に発売予定です。
また、「転生幼女」9巻は通常版と、リアのアクキーがついた特装版と二種類発売決定です。
特装版は一二三書房のページから予約のみで購入できます。アクキーの分お高いですが、確実に手に入ります。
「何度目だ、これは。ラグ竜の足音だ」
ハンスの言葉に、先ほどから胸に響くざわめきの理由がわかった。
「おそらく、今回も攪乱だ。本当の狙いは別。リア様、ニコ殿下、逃げる準備を」
私はエイミーの手をぎゅっと握った。逃げるなら一緒だ。
やがて音が大きくなると、窓の外をラグ竜が駆け抜けていくのが見えた。やがて飽和したように、ラグ竜の動きが悪くなる。かと思うと、どかっどかっと大きな音が近づいてきた。
ドカン、ガッシャーンと、開き戸が弾き跳ぶ音がし、ドカリドカリと飛び込んできたのは大きなラグ竜だったと思う。私の目の前には、私を抱きしめるナタリーのエプロンが広がっているだけで、目の端に茶褐色の何かが動いているのをかすかに感じ取れるだけだった。
「その黄色い目! お前は!」
ハンスの声が響いた。
「邪魔者を押さえておけ」
背筋がぞっとした。私は確かにこの声を知っている。
「キーエ!」
いいわよ。
ラグ竜が返事をすると、ドンという音と共にナタリーごと私の体が揺れ、ハンスの焦った声が聞こえる。
「うわっ。やめろ!」
なぜラグ竜が返事をしているのか、ハンスは誰に何をされているのか。呆然としている私の体がもう一度ナタリーごと大きく揺れたと思ったら、握っていたエイミーの手がすぽっと抜けた。
「キャッ」
「黙れ」
何が起きているのだ。私はもがいたがナタリーが離してくれない。
「エイミー!」
「リア!」
エイミーの声が上の方から聞こえる。なぜだ。わからないことばかりで焦燥感だけが先に立つ。
「うわっ! やめろ!」
「お前も黙れ!」
レイに怒鳴りつけるこっちの声も聞き覚えがある。
「レイ!」
「動いてはなりません!」
ニコのもがく気配と、護衛が叱る声がする。
「淡紫よ」
叫ぶ声に、ラグ竜の足音、人がもみ合うような気配に、窓から吹き込んでくる夜の風。
大きな声ではないのに、サイラスの声は喧噪の中、なぜか私に届いた。
「自分のせいで、人が死ぬのはどんな気持ちだろうなあ」
これほど背筋が冷えたことがあっただろうか。
「エイミー?」
「リア!」
みしりという音は、竜が人を乗せた時の装具の音だ。
「行くぞ」
「キーエ!」
「リアー!」
「エイミー!」
ドカリドカリと、ラグ竜の足音は去っていく。
「リア様、ご無事ですか」
ハンスの確認の声が聞こえる。
「だいじょうぶよ、ナタリーがまもってくれたから。でも」
「よかった……よかった……」
「ナタリー?」
私を抱き抱えていたナタリーの体から力が抜け、斜めに滑り落ちた。
「エイミーとレイが連れ去られたぞ! 追え!」
ハンスの声が響く。
「ハンス! ナタリーが!」
「なんてこった! ナタリー! チッ。すまねえ」
それからハンスは護衛の一人にナタリーを任せると、追跡の指示にいなくなってしまった。ぐったりしたナタリーは、護衛の手によって屋敷内に運ばれていった。
「リア……。レイが」
「ニコ……。エイミーとナタリーが」
レイと手をつないでいたはずのニコの手は空っぽで、エイミーと手をつないでいたはずの私の手も空っぽだ。そして私を守っていたナタリーは怪我をしてしまった。
「いったい何があった!」
飛び込んできた町長に、私たちがいったい何を言えるだろうか。
そもそもなにが起こったのかさえ、わかっていないのだから。ただ、レイとエイミーが連れ去られたという事実のみがそこにあった。
ニコも護衛に、私もナタリーに守られていたからほとんど何が起きていたかわからなかったが、ニコに複数ついていた護衛が一部始終を見ていた。
「部屋の外にラグ竜がいっぱいになったと思ったら、開き戸を蹴破ってラグ竜に乗った男が二人侵入してきました。他にもラグ竜が何頭か侵入してきて、動くに動けなかったところ、男たちは町長の息子と娘をつかみ上げて竜のかごに放り込みました。そしておそらくリア様に向かって何か言ったかと思うと、竜に乗って外に飛び出していきました」
端的に言うと、そういうことのようだ。
「リア様とニコラス殿下は、私たちが覆いかぶさっていたため何が起こっていたかはわからなかったでしょう。私たちは狙われるならニコラス殿下とリア様だと思い、完全に油断しておりました。本当に申し訳ありません」
ニコの護衛が町長に頭を下げた。
「リアと殿下の代わりに連れていかれたのではないのか?」
町長の顔色は悪い。
「正直に申しまして、最初からレイ殿とエイミー殿を狙っていたように感じました」
「なぜだ……。いったいどうして」
呆然と呟く町長に、私は言わなくてはならないことがある。
「ちょうちょう、きいて」
私を見て、いったい何を聞いてほしいのかという町長の顔に、私に対する怒りも憎しみもなかったことをありがたいと思う。
「サイラスはいったの。いったの」
私は思わず声を詰まらせた。
「あわむらさきよ」
部屋に沈黙が落ちる。
「じぶんのせいで、ひとがしぬのはどんなきもちだろうな」
「ああ、エイミー……。レイ……」
町長は膝から崩れ落ちた。
私はめったに泣かない。
泣いたからと言ってどうにもならないことは、赤ちゃんの頃から身に染みついている。
だから今だって泣かない。
ただ、大きい目に涙が貯まっているだけだ。
「ごめんなさい」
「ああ、リア」
町長は床に膝をついたまま、蒼白な顔を上げ、私に手を伸ばした。
「泣かなくていい。泣かなくていいんだ」
その手が私の肩をそっと引き寄せると、私の顔は町長の胸に押し当てられた。
「ないてないもの」
「ああ、そうだ。知っている。ちょっと目に水が溜まっているだけだよな」
「うん」
ほんの少し笑みと涙の混じった町長の声は、かすかに震えていた。
「大丈夫だ。いや、何も大丈夫ではないが、私はわかっているよ、リア」
何をわかっているのだろう。
「前にリアが言っていただろう。悪いのは、悪いことする人」
「うん」
前にエイミーが巻き込まれた時のことを、覚えていてくれたのだ。
町長は私をぎゅっと抱きしめて、そっと離すと、私に静かに言い聞かせた。
「リアがごめんなさいをする必要はない。子どもをさらったあげく、たった三歳の子どもに罪悪感を植え付けようとする卑劣な奴、そいつが悪いに決まっているんだ」
ここにキャロがいたら、町長も成長したなあと言って、からかったことだろう。
町長は立ち上がると自分に言い聞かせるように状況を分析する。
「もし、本当に命を狙っていたのなら、あの場で子どもたちを亡き者にしただろう。わざわざさらったということは、レイとエイミーを人質にして、何かを要求したいからだ」
「問題は、いったい何を要求したいかですね」
そう話を引き取って部屋に入ってきたのは兄さまだ。
「にいさま!」
私は走り寄って抱き上げてもらった。
「俺もいるよ」
一緒にいたギルは、走り寄る間もなくニコのところに向かい、さっと抱き上げた。
「ニコ殿下、頑張ったな」
「いや、わたしはただまもられていただけだ」
ニコの声が苦い。その気持ちは私もよくわかる。いつもいつも守られてばかりだ。
「ちゃんと守られるのが殿下のお仕事だ。よくやった」
ギルはだいぶ重くなったニコを、ゆらゆらと揺すった。
「うん」
小さな声だが、少しはほっとできただろう。
「リア、久しぶりだな」
「ブレンデル!」
兄さまと一緒に部屋に入ってきたブレンデルは、ぬいぐるみをつくってくれたエミの旦那さんで、私がトレントフォースにいた時お世話になった魔道具屋のご主人だが、せっかくトレントフォースにいたのに、すれ違いでなかなか会えなかったのだ。
「いきなり町中をラグ竜がたくさん走っていったから、走っていった方向に向かったらここだったんだ」
「怪我をした人は?」
「ほとんどいない。幸い、夕暮れ時だったからな」
大体の人が家に帰っている時間だ。
「事情は部屋の外まで聞こえてきた。恐ろしい事件だったが、俺もレイとエイミーは無事だと思う。逆に大変なのはこれからだぞ」
「そうだな。卑劣な奴との交渉が待ち構えてるってわけだ」
私がおろおろしている間に、既にみんなの意識はこれからのことに向いていた。
筆者の別作品、「転生少女まず一歩」書籍7巻は11月25日、
コミックス4巻は同じく11月14日に発売予定です。
最近のもろもろは活動報告にまとめてありますので、よかったらご覧ください。




