懐かしい人々
町の人は、まず私の瞳に気が付き、目をウルウルとさせた。
「ちゃんと父ちゃんのところに帰れたのか?」
「うん! きょうはにいさまもいるよ!」
「よかったなあ、よかったなあ」
私が無事に帰れたということは伝わっていたとは思うのだが、新聞で知らせるようなことでもないし、こんなふうに気にかけてもらっていても、実際にどうだったのか心配してくれていた人もいたのかもしれない。ありがたいことだ。
「こっちがわたしのともだち。ニコです」
「うむ。ニコラス・マンフレッド・キングダムという。みしりおけ」
「ひえっ。キングダムの王子様……」
気絶しそうな町の人は置いておいて、私は二つの建物の向こうを眺めた。
「そこにまちがあるのに」
「ああ、にぎわっているな」
二つの見張り小屋の向こうには大きな広場があって、そこからすぐに町が始まっているのだ。
何が起きているかとこちらを見ている町の人もいるというのに、歯がゆいことである。
「これだけ大人数だと、どこに泊まるかの手配もあるから、もう少し待っててくれよ。決して歓迎してないわけじゃないからな」
町の人は立ち直ったのか、ちゃんとそう説明してくれた。
「うん。だいじょうぶ。トレントフォースはいいひとばかり。リアはしってる」
「そうか、そうか」
泣きそうな町の人は置いておいて、私はお茶を飲むために戻っていった。
ナタリーや王子様のお付きの人などがこまめに動き、あっという間にテーブルに椅子が並べられ、お茶やお菓子が用意されていく。
「やあ、君もどうだい」
町の人はカルロス王子にお茶のカップとお菓子を手渡され、目を白黒させながら口に運んでいる。今日のお茶は味がしないに違いない。
そうしてくつろいでいると、逆に視線を感じるような気がする。
「これはなかなか。人に見られるのは慣れていますが、この状況は初めてかもしれません」
悠然と足を組んでお茶を飲む兄さまの視線の先には、さきほど私が挨拶に行った町の入口の二つの物見小屋があり、その物見小屋の向こうにはたくさんの町の人が見え隠れしていた。私たちを見物するために違いない。
「この様子では、あらかじめ私たちが来ると知っていれば、もっと大騒ぎだったでしょうね。本当に使者は来ていないんですね」
なにか考えているような兄さまをはじめ、町の人たちのたくさんの視線にさらされているというのに、まるでお城の庭でお茶会をしているような落ち着いた人ばかりなのは、さすが王族に四侯という感じである。
だが、私はそれどころではなく、お茶のカップを置いてぴょんと立ち上がった。兄さまの視線を追った先に見つけたのだ。
「エミ!」
いつも優しく気にかけてくれた、魔道具屋のおかみさん。そして私のラグ竜を作ってくれた人。
私が風のように走り寄ると、大きく手を広げてくれた。
「エミ! リア、またきたよ!」
ギュッと抱きしめてくれたエミは相変わらずふかふかだ。
「リア、本当に大きくなって。あんまり早く走るから、リアじゃないかもしれないって思っちまったよ」
「リア、まえもはやかった」
声が湿っているのは私も同じだ。
「まだぬいぐるみを持っていてくれたんだねえ」
「うん。リアのだいじなぬいぐるみ。あぶないとき、リアをなんどもたすけてくれた」
「そうかいそうかい。作ったかいがあったってもんだよ」
中に魔石を縫いこんでくれたのはミルだけれど、そもそもぬいぐるみを持っていたおかげでキングダムが救われたのだ。真実は言いたくても言えなかったけれど、エミのくれたぬいぐるみは、確かにいつも私の心の支えであった。
「ブレンデルは?」
「ブレンデルのこともちゃんと覚えてたのかい、ありがとね」
エミは少ししわの寄った目元を緩めた。
「ブレンデルは今、あんたたちをどこに泊めるか町長のところで大騒ぎして決めてるよ」
「俺らのうちはまだ空いてるかなあ」
ミルがにやにやと口を挟んだ。いつの間にか、キャロやクライドも町の人と話をしている。
「空いてるけどさ。ミル、あんたはもう、相変わらずだねえ。領都に行っていい人はできなかったのかい」
「みんな見る目がないんだよ。俺たちなんてハンターなだけじゃなくて、ヒューにまで仕えてる好物件だってのにさ」
ぷーと口を突き出すミルには、当分彼女はできそうもない。
再会に賑わっていた人々が、ふと静まり返った。
「あの」
振り返ると兄さまが後ろに立っていた。兄さまの隣にはギルが、その隣にはアリスターが。
私と兄さま。アリスターとギル。どう見てもそっくりで、家族であることは明らかだ。
「にいさま、エミ。ラグりゅうのぬいぐるみをつくってくれて、いつもやさしかった。エミ、にいさまよ」
私はすかさず紹介を始める。
「エミ。ルーク・オールバンスと言います。わがオールバンスの至宝であるリアを慈しみ、大切にしてくれたこと、聞き及んでおります。その節は本当にありがとうございました」
兄さまは珍しく深々と頭を下げた。
「まあまあ、そんな、当たり前のことをしただけですよ。頭を上げてくださいな」
エミは兄さまの手を取った。
「リアがどんなにお利口だったか、いくらでも話すことができますよ。お父様が迎えに来るということを信じて疑わず、本当に健気でね。それにしてもあんたたち、その金の髪と紫の瞳、本当にそっくりだね」
エミはそのまま視線をアリスターに移動させた。
「アリスター、元気そうでよかった」
「うん、エミ。俺ね、俺」
アリスターはニカッと笑った。
「魔道具、ちゃんと作ってるよ」
「そうかい。あんた木工が好きだったもんね。いい箱作ってるんだろうね」
「うん。そんでこいつが」
アリスターは隣のギルを見上げた。
「俺の、ええと俺の」
アリスターが説明に困っているところにギルが助け舟を出した。
「少し複雑なんですが、私はアリスターの甥にあたります。ギルバート・リスバーンです」
「甥……」
「はい。私の父とアリスターが兄弟になります」
「それはまあ、複雑だ」
感心したようなエミの反応は嫌なものではなかった。
「アリスターも、母さん以外の家族が見つかったんだね」
「うん。領都でもバートたちと一緒の家を用意してもらって、ちゃんと勉強も仕事もしてるよ」
うんうんと頷くエミのおかげで、なんだかトレントフォースですべき大事なことはすべて済んでしまったような気さえした。
「アリスター!」
「リア!」
少し高い声がしたかと思うと、街の奥から子どもたちが走ってくる。
最初に飛び込んできたのはノアだ。
「アリスター! 元気だったか」
「お前も元気そうだ」
ノアは親が虚族にやられてしまった子だ。当時はだいぶ沈んでいたが、どうやら元気になったようすだ。
それから、少し上品に走ってくる妹を急かすに急かせず、遅れてやってきたのは、町長の子どものレイとエイミーだ。
「リア! こんなに早く会えるなんて思っていなかったわ!」
「エイミー!」
私はラグ竜ごとぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
「さあ、行きましょ。お父様が、リアはおうちに泊まっていいって。新しいラグ竜のお着替えもあるのよ」
エイミーは前にそうしていたように私の手を握ると、ニコニコと町に連れて行こうとした。
「まって、まって」
私は慌てて足でブレーキをかけた。この強引さ、まごうことなき懐かしのエイミーである。
「どうしたの? バートたちのおうちは、掃除しないと使えないわよ?」
「エイミー、落ち着いて。リアだけじゃなくて、たくさんのお客様がいらしているんだよ」
レイはさすがに落ち着いている。
「少なくとも、リアが愛されていたということはよくわかりました」
兄さまが苦笑しながら、私が連れ去られないよう手を伸ばしているのが見えた。
「まあ、リアにそっくり! 素敵だわ」
エイミーは私の手をパッと放したかと思うと、兄さまににじり寄った。兄さまが思わず一歩引くくらいの勢いだ。
「もしかしてリアのお兄様ですか? 私、リアの親友のエイミーです!」
「え、ええ、リアの兄のルークです」
「まあ、まあ、本当にそっくり」
エイミーは感動したように両手を胸の前で握り合わせると、兄さまの周りをくるくると回って嬉しそうだ。
そしてそこで初めて冷静になったようで、アリスターに目をやり、ギルを見て、それからカルロス王子を見て目を見開いた。
「なんてこと。みんな身分の高い人なのね」
「そう。エイミー」
私はエイミーの服をつんつんと引っ張った。
兄さまもギルも大切だけれど、エイミーが手を離したすきに、私がこの人を紹介しなくて誰がするという勢いで急いでニコを引っ張ってきたのだ。なにしろ家族も知り合いもいないのだから。ちなみにカルロス王子も知り合いはいないが、大人だからなんとかするだろう。
「リアのおともだちの、ニコです」
「ニコラス・マンフレッドだ。よろしくたのむ」
ニコは相手が子どもということで気を使ったのか、挨拶が少し砕けた感じになっている。
「ニコって言うのね。まあ、かわいらしい。トウモロコシみたいにきれいな瞳ね。でも」
エイミーがちょっと首を傾げたのが気になったが、子どもたちの後を追いかけるようにして慌てて町長や他の町の人がやってきたために、なんとなくうやむやになった。
「かわいいといわれた。あと、トウモロコシって」
「かわいいのはいいことよ。それに、トウモロコシはおいしいから、リアはすき」
「そうだろうか」
複雑そうな表情のニコは実際かわいいと思うのだが、王子様にかわいいなどという人はいなくて慣れていないのかもしれない。だが、ニコの目をトウモロコシ色という人は初めてなので、新鮮な気持ちではある。
「いきなりで驚きましたが、とりあえず私の屋敷へどうぞ。それと町の宿屋で今日はなんとかなりますが、長期の滞在になるかもしれないということで、明日からはもう少しきちんと考えましょう」
これもまた懐かしい町長さんがヒューにそう言っている。きっと今回も胃薬を飲む羽目になるに違いない。




