むらさきの瞳
不公平はよくないとギルが文句を言うので、ナタリーに追加で一個小さいぬいぐるみを作ってもらった。そのぬいぐるみをギルが当然のように召し上げていったが、あれはアリスターとお揃いにしたかったからに違いないと踏んでいる。ちなみに、
「ピンクのラグりゅうはー、よんこうのしるしー」
私が適当な歌を歌っているとナタリーがはっとしてぬいぐるみを外そうとした。
「そんな、恐れ多いことです。それによく考えたら、リア様は持っていないではないですか」
「ナタリーはつくったひとだから、つけて。リアはいらない」
なにしろ、誰よりも大切に守られているのだから。
「あと、ナタリーがぬいぐるみ、どんどんつくらないと、リアのマールライトにまにあわないよ?」
既にあと三つのマールライトを変質中なのである。
ナタリーははっとして、時間がある時はぬいぐるみの制作に勤しむようになった。
といっても、私とニコの、第二段のマールライトが変質しないうちに、懐かしのトレントフォースに着くことになる。
「リア、覚えてるか? このあたりにはよく虚族狩りに来たよな」
バートが竜を寄せ竜車にいる私に話しかけてきた。兄さまが皮肉げに口をゆがめた。私と虚族絡みの話で時々見せる反応である。
「そんな、紅葉狩りでもあるまいし、気楽に言わないでください」
「ブッフォ」
久しぶりにハンスの笑い声を聞いた気がするが、兄さまは心外だという顔をしている。私もつられて笑いそうだったし、紅葉狩りなんてこの世界で初めて聞いたと驚いた気持ちにもなったけれど、周りを見渡して本当に懐かしい気持ちになった。
「うん、おぼえてる。リア、けっかいばこをもってまってた」
「贅沢な暮らしはさせてやれなかったけれど、楽しかったな」
「たのしかった。いまおもえば」
私は先に見えてきたトレントフォースの入口の二つ並んだ物見小屋を見ながら思いをはせる。
「とおくにいても、おとうさまがまもってくれてた」
「そうだな。リアの父ちゃんたちが作ってる結界だもんな、トレントフォースの結界はさ」
目には見えないが、誰も越えられぬほど険しい山脈を越えて、町一つ覆える結界が張られている。その時はあまり考えたこともなかったけれど、あの時確かにお父様が一生懸命魔力を込めた結界で私は守られていたのだ。
「さあ、もうすぐだ」
バートはラグ竜に声を掛けて、列の先頭に行ってしまった。
ふと周りを見れば、前来た時のように農作業をする人がいて、驚いたようにこちらを眺めている。立派な竜車や豪華な服を着た貴族みたいな人たちが大人数でトレントフォースに向かっていたら、それは驚いて眺めもするだろう。
だが、ミルやキャロが竜の上から大きく手を振ると、はっと何かに気づいたように手を振り返してくれる。
「なんやかやで、けっこう知り合いだからさあ、トレントフォースの町の皆はさ。特に俺は食堂でも働いてたし」
ミルが教えてくれた。
「さあ、そろそろだぜえ」
兄さまが何がですかと聞く前に、キーンという気配が胸に響いた。その気配に思わず胸を押さえる人が隊列には何人もいる。
「結界箱の結界で慣れていたつもりでしたが、久しぶりにキングダムの結界のうちに入ると、かなりの衝撃ですね。なんというか、結界が強固です」
「うん。けっかいが、つよい? こい?」
なんと表現してよいかわからないが、ケアリーのそばで結界を出入りしてみた時より印象が強く感じる。
「この強固な結界の中でリアが暮らしていたと思うとほっとします。おや」
街の入口に立つ二つの建物のところで、竜から降りたバートが町の人と何か言い争っているように見える。そのバートに隊列が追い付いてみると、言い争っているのではなく、話している町の相手が戸惑っているのだということがわかった。
「しょうがねえ。ヒュー!」
バートは大きな声でヒューを呼んだ。
「なんだ」
ヒューはひらりと竜を降りると、スタスタとバートの元に歩み寄る。
それを見て、竜に乗っていた人たちは皆竜から降り、手綱を引いてその場にとどまっている。
「ひえっ、王子様だ」
バートが話していた人は町の普通のおじさんだが、そのおじさんがヒューのことを王子様と言うのは何だが笑える。しかし、笑っている場合ではない。
こう言ってはなんだが、国の西端の小さな町に、自分の国の王子様だけでなく、ファーランドとキングダムの王子様も来るという一大事である。町長だけでなく、町の人にもあっという間に噂が広がってもおかしくないどころか、町をあげての歓迎になるのが普通のはずだ。
少なくとも、途中の町ではそうだった。
前回来た時、ヒューはトレントフォースではとても胡散臭がられていたが、今回はそうではないとちゃんと伝わっているはずである。それならば、こんなに驚くのはおかしくはないか。
そんな私の勘は当たった。
「ヒュー。俺たちが来るという連絡が来てないらしい」
「なんだと?」
ヒューが眉をひそめたのか、町の人からまたヒッと怯える声がする。
「ああ、今俺たちはヒューバート殿下に仕えてるんだ。怖いお人じゃねえし、トレントフォースに何かするわけでもねえ。ただ、長期に滞在する予定でお伺いをたてに来た使者がいるはずなんだが」
「使者なんて来てたら、今ごろ町中が大騒ぎだって、バートならわかるだろ。ぜんぜんそんな気配はなかったし、俺も聞いてねえ」
ヒューは一層眉をひそめたのだと思う。
「だが、一つ前の町までは確かに使者は来ていたはずだ。直接使者が来てなくても私たちのことは聞いていなかったか?」
「全然聞いてないですよ」
「埒があかないな」
確かにそうである。
「ヒュー、町長のところに一緒に行かないか。そのほうが早い」
「それもそうだな」
ヒューは私たちに待つように言うとバートと二人で町の中に行ってしまった。
「さて、と」
私はおもむろに立ち上がると、竜車を降りようとした。
「リア、いけません」
「なんで? けっかいのなかよ」
「それはそうですが」
「じゃあにいさま、いっしょにいこう。リアはりゅうしゃにつかれたの」
乗り物に乗って移動するのは疲れるものなのだ。
「それならまあ」
兄さまはさっと立ち上がるとあっという間に竜車から降りてしまった。さすがである。そして素早く左右を確認し、私に手を差し出した。
「はーい!」
「よっと」
兄さまの掛け声と共にくるりと一回転して私はトレントフォースの地面に、正確にはもうすこしで町ですよというところの地面に足を降ろした。それからすうっと大きく息を吸いこんだ。
「おちゃのじかんにします!」
午後のまだ日も高い時間だが、話が通るまでまだかかるだろう。
ここは誰かが指示を出さねばなるまい。
私の宣言に、わらわらとみんなが動き始めた。その隙に私は挨拶に行こう。
「ニコ! おそとであそぼ!」
「わかった!」
ニコもギルによっこらせと馬車から降ろされている。
私はニコと手をつないで門番みたいなことをしている町の人の側にとことこ歩いて行った。
「こんにちは!」
「こんにちは!」
かわいい二人組にメロメロのはずである。
「あんた、その紫の瞳……」
町の人は、まず私の瞳に気が付き、目をウルウルとさせた。
「ちゃんと父ちゃんのところに帰れたのか?」
「うん! きょうはにいさまもいるよ!」
「よかったなあ、よかったなあ」
私が無事に帰れたということは伝わっていたとは思うのだが、新聞で知らせるようなことでもないし、こんなふうに気にかけてもらっていても、実際にどうだったのか心配してくれていた人もいたのかもしれない。ありがたいことだ。




