ラグ竜のミニぬい
次の日、ナタリーの目の下にはくまができていた。
「おや、ナタリー、大丈夫ですか。顔色がすぐれませんよ」
「少し睡眠不足でして。今日は移動が中心ですから、大丈夫です」
「長旅ですからね。そろそろ無理が出てきましたか。今日はリアのお守りをはずれて少し休みますか?」
「いえ、大丈夫です。今晩しっかり休みます」
私も心配したが、兄さまにも心配されていたということは、はた目にも調子が悪そうに見えたのだろう。
「ナタリー、むりしないでね」
「大丈夫です。それに、例の物、できましたよ」
珍しく目をキラキラさせていたので、できあがったものを早く見せたいのだろう。
移動の馬車に乗り込むとすぐに、ナタリーはラグ竜のぬいぐるみを渡してくれた。
私は渡されたぬいぐるみをくるくると回してみた。
「うーむ」
パッと見ただけではわからないので、ラグ竜を撫でまわしてみる。私はかっと目を見開いた。
「ここだ!」
目立たない色の布でポケットは偽装されていたが、魔石のポッコリ感は隠せない。それはラグ竜の後ろ脚に隠されていた。
「正解でございます!」
ナタリーが座席に座ったまま深々と頭を下げる。
「さっきから君たちは何をやっているのですか」
兄さまが座席の手すりで頬杖をつきながらあきれた声を出した。
「あのね」
私はラグ竜の後ろ脚のポケットに指を入れると、魔石をつまんで出して見せた。
「魔石、ですね。なぜぬいぐるみに?」
「ふふん」
私はニヤリと笑うと、その魔石をぬいぐるみの本来のポケットにぎゅっと詰め込んだ。もちろん、ローダライトに接するようにだ。
ふわん。
「ええ? なぜ結界が。まさか」
「そうでーす。ラグりゅうのポケットに、ローダライトとマールライトがはいってるの」
私は得意げに兄さまにラグ竜を見せた。
「これは、リアの小さい結界ですか。斬新な発想ですね」
私はナタリーと顔を見合わせてにっこりと笑った。
「ですが、リアは自分で結界を張れますよね。これに何の意味が?」
私があまりにもショックを受けた顔をしていたのだろう。兄さまが慌ててラグ竜の頭を撫でた。ラグ竜の頭ではなく私の頭を撫でるべきだと思う。
「あります、ええ。ラグ竜のぬいぐるみの結界、ええ、何かの意味がきっとあります。そもそもかわいいですよね、ぬいぐるみ」
もはや兄さまも何を言っているのかわからないが、少なくとも私の気持ちは落ち着いた。
そもそも私の小さい結界は、ハンス以外にはあまり注目されていないのが寂しい。
「あの、リア様。これをどうぞ」
おずおずとナタリーが渡してくれたのは、私の小さな手に少し余るくらいの、小さなラグ竜のぬいぐるみだった。いびつだし、綿が詰まってパンパンだが、私のぬいぐるみとお揃いのピンクで、とにかくかわいかった。
「かわいい! ナタリーがつくったの?」
「はい。あまりお裁縫は得意ではないのですが、昨日ちょっと」
それで寝不足で目にくまができていたようである。
私は嬉しくて、綿の詰まったピンクのぬいぐるみを両手でぽふぽふと弾ませた。
「ええと、いがいとかたい」
さわさわと触ってみると、ぽこんとしているところがあるし、中には硬い芯のようなものが入っている。
「もしかしてこれ」
「はい。リア様のラグ竜のぬいぐるみはかわいいのですが、大きいですよね。私には箱は作れませんが、それならぬいぐるみをそのまま小さくしてはどうかと思いまして」
私は感心して手の中のぬいぐるみをあちこちから眺めた。
よく見ると、縫い目は途中までで上の方は開いている。
「ここには……ローダライトとマールライトがさしこんである!」
「はい。そして裏にはポケットがついていて」
「ませきがはいってる。これをだして」
兄さまが慌てて私のラグ竜ぬいぐるみから魔石を外した。結界箱はいくら重ねても響きあったりしないが、念のためだ。
「ここにぎゅっとつめる。ちょっときつい」
「小さい子が使うということを失念していました。後で縫い直します」
「わたがおおすぎるのかも」
ナタリーがさっそく改善策を考えているが、私も実験主任としてアドバイスをしておく。
きつくても魔石を押し込めば、すぐにふわんと結界が立ち上がった。
「なんということか。結界箱ではなく、結界袋とは」
兄さまが感心した顔をしているが、一応訂正しておく。
「ふくろじゃなくて、ぬいぐるみよ」
かわいく作ってくれたナタリーに失礼な言い分だと思うのだ。
「リア様が最初に懸念していました通り、箱に比べると衝撃に弱いのが欠点だと思います。ですが、リア様のこの結界箱、いえ、結界袋と申しますか、結界ぬいぐるみと申しますか」
ナタリーの顔がどんどん赤くなっていく。自分でもちょっと照れくさいのだろう。
「ええと、これは、実践に使うものというよりは、お守りのようなものだと思うのです」
「なぜですか? この間ハンスが実験しているのを見ましたが、身を守りながら虚族を狩ることができて、ハンターこそ欲しがるものになっていると思いましたよ」
兄さまが問いかけた。
「そもそもこれは今のところリア様しか作れませんし、リア様以外が作れるようになったとしても、とてもハンターに行き渡る数にはなりません。ということは」
ナタリーはゆっくりと言葉を選んでいる。
「リア様やニコラス殿下が、親しい者、しかも弱い者に分け与える特別なものになるかと思いました。それならば、実践向きというより、柔らかくかわいいものでいいのかなと」
兄さまはまるでナタリーの顔を初めて見たような顔をしていた。
「ナタリー、お前がリアによく仕えていることはわかっていましたが、そこまで深く考えることができるとは思っていませんでした」
「おそれいります」
ナタリーはまた深々と頭を下げた後、荷物をごそごそと探って、同じようなぬいぐるみを二つ手に乗せた。
「実はあと二つあるのです。リア様がマールライトを三つ作ってくださったので」
「あと二つ……。リアのぬいぐるみと合わせて四つということですか」
「はい」
ニコリと嬉しそうなナタリーと私を、兄さまは交互に見た。
「三つも作っていたリアもですが、それをぬいぐるみに仕立てたナタリーもナタリーです」
「それはリアとナタリーがどっちもすごいってことね、にいさま」
私はニコニコと先手を取った。こんなことで行動を制限されてはたまらないからだ。
「そうですね、本当にすごいです」
苦笑した兄さまは、私のことをよくわかっている。
「じゃあ、今日もマールライトのへんしつをする!」
宣言した私に、ナタリーが手渡してくれたマールライトは三つである。
「今までちゃんと見ていませんでしたが、そうやっていっぺんに三つ作っていたのですか」
「そうよ。こうりつはだいじだもの」
「効率……。リアが一年頑張ったら、ハンターになどすぐに行き渡るのでは?」
兄さまがぶつぶつ言っているが、たぶん一年やる前に飽きるような気がする。
私が魔道具を三つ作れたということは、ニコも三つ作れたということだ。
「ここにきて大忙しだぜ」
アリスターがミル、キャロ、クライドの分までニコの結界箱に使う剣帯や箱の手配をしていて、大慌てなのがちょっとおかしい。
「できれば俺の分も作ってほしかったけど、トレントフォースに行くまでにはマールライトは間に合わないってさ」
自分の分を先にくれと言っても、ミルたちは誰も文句を言わなかっただろう。それなのに、いざという時必要なのはミルたちだからと言って、自分を後回しにして皆の装備を作っているアリスターはとてもかっこよかった。
「アリスター、これ、あげる」
「なんだ? ラグ竜のぬいぐるみか?」
そんなアリスターには、私とナタリーの共同制作であるラグ竜の魔道具を差し上げるしかない。
「これ、リアのまどうぐ」
私は背伸びをするとアリスターの耳元でこそこそとささやいた。
「あの、ハンスが試してた一人用のやつか?」
「そう。スイッチはなくて、このポケットにはいってるませきを、こっちにおしこむだけ」
「おお……。でもいいのか? 貴重な物だろ」
「いい。アリスター、がんばってるもの」
アリスターは嬉しそうにラグ竜の小さいぬいぐるみを受け取った。
「かっこいいはこに、いれかえてもいいよ」
「いや、いい」
「でも、ピンクよ」
アリスターはニカッと笑うと、私が肩から掛けたラグ竜のぬいぐるみに小さいぬいぐるみをポンと当てた。まるで乾杯しているみたいに。
「いいんだ。俺とリア、おそろいでなんだか仲間みたいだろ」
「うん」
私はなんだか胸がほかほか暖かいような気がした。
その後、アリスターはラグ竜のぬいぐるみに器用に紐を縫い付けて腰にぶら下げて歩いていたので、ちょっとからかわれたりもしたけれど、
「リアとお揃いなんだ」
というと、誰もが納得して、それからはアリスターに何か言う人はいなくなった。
むしろ、どうにかして自分もラグ竜のぬいぐるみが欲しいという人がいたとかいなかったとからしい。そんなに人気なら、残ったラグ竜も遊ばせていてはもったいない。
「じゃあ、ハンスとナタリーもつけて」
「俺には箱がありますから」
ハンスには速攻で断られた。大人の男の人とぬいぐるみ、いいと思うのに。
「私が付けます」
ぬいぐるみのことを袋だと馬鹿にしていたくせに、アリスターが付けているのを見たらうらやましくなった人が兄さまである。
「どうしようかなー。ただのふくろだしー」
「リア、意地悪しないで私にもください。ちゃんとぬいぐるみだと言い直したじゃないですか」
「じゃああげる」
こうして兄さまとナタリーもピンクの小さいぬいぐるみを腰に付けることになった。




