つかんだもの
結界箱を持って行った男五人は結界の中にうまく収まっている。
一方、残された方はリーダーが剣を振りながら、ルークとギルに結界まで走れと叫んでいる。残った五人はルークとギルを守ろうと必死で剣を振るう。このパーティは当たりだな。
私は座ったまま、足を組んだ。ルーク。
「オールバンス! あなたは! なぜ平然としていられる!」
「だからと言って結界の向こう側に行かせてはくれぬのだろう」
「しかし!」
うるさいグレイセスを無視し、ルークを見る。ルークは落ち着いている。上着の中から手のひらより大きい箱を出すと、カチッと鍵を回した。ヴン、と虚族が跳ね飛んでいく。ハンターたちはそれを信じられないものを見るように見た。
「最新型の結界箱。今までの半分の大きさで、同じだけの結界を張る」
「あなたは!」
「ルークは失えぬ。当然のことだ」
結界をテーブルに置くとルークは立ち上がった。そしてローダライトの剣を抜く。隣でギルも剣を抜く。
「ばかな。まさか」
グレイセスのつぶやきと同時に、結界ギリギリまで出たルークは、人型の虚族を切り裂いた。それが魔石になって落ちるのを冷静に見つめる。次はギルだ。そうして一人は結界の中にとどまりつつ、交代で冷静に虚族を切り裂いていく。
学院で剣の訓練をしているのは伊達ではない。夏休みのこの時まで、ずっと虚族を想定して訓練をしてきたのだ。
それにつられて、結界の中のパーティも虚族を狩りはじめ、やがて目に見えるところに虚族はいなくなった。
ルークが結界箱をもって結界をずらし、皆で魔石を拾う。すべてが終わると結界箱を掲げるルークに従うように、こちらの結界に近付いてくる。そうしてキングダムの結界近くの虚族を跳ね飛ばし、無事に結界内に戻ってきた。
私の前に立つルークの顔は、結界を出て行った時とはまったく違い、強く自信に満ち溢れていた。ギルもそうだ。
「お父様、わかりました。わかりました」
「何かつかんだか」
「はい!」
「よし!」
私は立ち上がり、両手を広げた。その中にルークが飛び込んでくる。その体は恐怖か、興奮か、細かく震えていた。
「外側です、お父様」
その一言で通じた。結界から見ていても感じたあれだ。
「私も感じた。外側から揺らされるようなあの気配。あれをつかむためには感覚を外に開放する必要がある。それが魔力を操るカギになるだろう」
「はい」
私はルークをぎゅっと抱きしめ、手を離すとギルも抱きしめた。
「よくルークを守ってくれた」
「俺なんて大したことはないです。それに」
照れくさそうなギルはにやりとして、懐から結界箱を出した。
「俺にだってこれがある」
グレイセスが隣で天を仰ぐ。結界箱だ。
「万全だったということですか」
「油断しては守れるものを守れぬと学んだからな」
それをハンターが呆然と見ていた。
「なんでだ。ハンターが何年もかけて体で覚えていくことを、たった一度でつかむなんて。これが四侯。これがキングダムの」
「さ、お前、呆けてないで、その結界箱をもってお仲間を連れ戻してこい。一晩いても結界は十分に持つとは思うが」
「許すんですかい、あいつらを。あいつらはあんたの息子だけじゃない。俺たちの命も危険にさらしたんだぞ」
私はリーダーの言葉に肩をすくめた。
「私の依頼は、危険があってもできれば息子たちを連れて行ってほしいというものだ。自分たちの命を落としてまでとは要求してはいない。ハンター同士の決まりごとは、ハンター同士でやってくれ。ただしこちらからは謝礼のみ。魔石は拾わせてくるがいい。少しでも足しになるだろうからな。やつらとは今日で契約は終わりだ。結界箱はお前たちのパーティにしかやらぬ」
「命を取られないだけましと思うがいいぜ」
リーダーは結界の向こうのもう一つのパーティにそう吐き捨てると、ルークから結界箱を受け取り、若いパーティを引き取りに行った。
「さて、では、今日は休ませてもらう」
「いや、待って、待ってください」
「なんだ」
それは商人だった。
「その、そのルーク様とギル様の持っていた結界箱、そのような小さいものは見たことがありません」
「それはそうだろう。新しく開発させたものだ」
「それさえあればどんなに辺境の商売が楽になるか。何とか譲ってもらえぬでしょうか」
「ふむ」
私は考えた。
「手持ちのものを譲るのはよい。しかし、小さいとはいえ、値段は普通の結界箱と変わらぬし、必要な魔石も変わらぬ。特にメリットもないように思うが」
「先ほどのルーク様のようにひっそり持っていられるというのが利点なのですよ!しかも今までのモノと同じ値段でなどと、商売のことを知らなすぎる!」
商人は絶叫するかのように言った。うるさいな。
「たくさん売ろうとは思わぬ。ただ、お前が断れぬ商売の時に融通するのはやぶさかではない。それが今回の礼のおまけだ。さ、休ませてくれ」
護衛隊も明日から二手に分かれ、私と息子たちにそれぞれ付くことになっている。
「グレイセス」
「なんですか」
グレイセスが私にぞんざいになっている気がする。
「お前、ルークについてくれ」
「いえ、私は」
「頼む。お前に息子を頼みたい」
「あなたは!」
グレイセスは片手で顔を覆った。
「まぶしいのか」
「違う!」
辺境に来るとみんな怒りやすくなるのか。覚えておこう。
「調整します」
「よろしく頼む」
ルーク、つかんだものをしっかり身に着けてこい。私は王都ですべきことをする。
明日からリーリアに戻ります。




