お父様との別れ
『転生幼女はあきらめない』コミックス6巻は6月14日に発売しました!
そして、ケアリーの町長が護送されていった日、それはお父様が王都に戻る日でもあった。
前日一緒のベッドで休んだとはいえ、お父様不足は深刻である。見なかったら恋しくも思わなかったと思いもしたが、たった二日でも、お父様に会えてよかったと思うことにする。
「お前たちのいない王都での日々が、どれだけ味気ないことか」
家族三人になった途端、お父様にギュッと抱きこまれた私である。
「でも、私たちが一緒に帰ることではなく、遠くにあることを選んだのはお父様です」
ウェスターの西部に行けるということは、トレントフォースに行けるということでもあるから、私は単純に嬉しい気持ちのほうが強いのだが、兄さまはなぜかまだ拗ねている。
「お父様と一緒に、あるいは護衛を付けて戻るのが一番安全ではないですか。なぜ我らを西部に向かわせるのです」
「ルーク」
珍しいお兄さまのわがままに、お父様は眉をくもらせて困っているが、なぜかちょっと嬉しそうである。
そういえばテーブルクロスの下でピクニックを楽しんでいた私たちは、ほんの少し叱られただけだった。
「リアとニコだからどうしようもない」
とヒューがかばってくれたが、かばわれたような気がしないのはなぜだろう。とりあえず幼児でよかったと思う。
「キングダムの王族が狙われたのはこれで二回。リアに至っては、きっかけはレミントンとはいえ、計五回だぞ」
五回もあっただろうかと、私は指を折って数え始めた。
王都の屋敷からさらわれた時、トレントフォースでさらわれかけた時、領都に行く途中で襲撃された時、王都の城で襲われた時、そして領都で襲われた時。
確かに五回である。最初の三回以外は、私は巻き込まれただけかもしれない。だが、偶然にしては回数が多すぎると言われれば、そうかもしれない。
「リアが記憶力がよく賢いのは確かだが、なぜリアだけがサイラスを確認できたのだ。まるでリアに見つかりたかったかのようではないか」
「確かに、事件を起こした後、ほとぼりが冷めるまでどこかに行っていればいいものを、わざわざケアリーにとどまったのは不思議ですね」
兄さまも私のことが話題の中心なせいか、拗ねた態度がどこかに行ってしまっている。
「調べによると、サイラスはこの屋敷にもよく訪れていたらしい。たまたま下屋敷で出会うことになったが、リアとニコ殿下の行動範囲からすると、この屋敷の竜舎で出会っていた可能性もある」
私はぽかんと口を開けた。なぜそこまでして私に会いたいのだ。
しかし、私に会うためというには、やることが迂遠すぎるとも思う。
お父様の心配しているような、私に執着しているというのは違うような気がした。
「ですがお父様。サイラスがウェスター西部に逃げたかもしれないという可能性も否定できないんですよ」
「わかっている。わかってはいるが、それでも」
お父様は視線を下に落とした。
「リアがさらわれてからは、屋敷は徹底して安全な場所になるよう管理してきた。正直なところ、オールバンスの屋敷に閉じ込める以外、王都でも信頼できる場所などない。そして、屋敷に閉じ込められるのは嫌だろう、二人とも」
兄さまはすぐ頷いたが、私はニコ殿下や兄さまがいるなら閉じ込められていても大丈夫かもしれない。
だが兄さまはそんな私を見て首を横に振った。
「リアは自分の行動力を見誤っていますよ。我慢できるわけがありません。ニコ殿下をそそのかして、二人で脱走する未来がありありと目に浮かびます」
そんなことはないとは言おうとして、今回の事件のきっかけが自分の脱走だったことに気が付く私である。
「ギルもあと少しで成人だ。私たちの頃のように、成人した四侯は国境を越えてはならぬということはなくなってきているとは思う。それでも、気軽に出歩くことはやはりできないだろう」
ギルは16歳になる。あと二年で成人だ。
「サイラスを捕まえたら、必ず迎えをやる。最終的には結界の届くトレントフォースにとどまっていてほしい。なるべく短くなるようにするが、それまでは好きなように過ごしていておくれ」
「お父様がそんな風に考えてくれていたとは、まったく気が付いていませんでした」
兄さまは目上の人にやるようにお父様に頭を下げた。
「私は、大人の言うがままにあっちに行けこっちに行けと言われることに、不満を持っていただけの子どもでした」
「ルーク」
お父様は兄さまをそっと抱きしめた。
「お前がいつも聞き分けがいいから、そんなふうにわがままを言ってもらえることがむしろ嬉しいのだ。それでもそのわがままは通らぬ」
「はい。せめて近くにいて、お父様の役に立ちたかったのです」
兄さまの手もお父様の背中に回った。
「わがままだけではないと、ちゃんとわかっている」
お父様も兄さまもちゃんと考えていて偉いのである。
私は何も考えていなかったが、とりあえず仲直りしているお父様と兄さまの足に抱き着いた。とりあえず楽しいことには参加すべきであろう。
「リア」
お父様は私を抱き上げた。
「ユベールは西部に行っても役に立たないだろうから、連れて帰る。ハンスとナタリーにも確認したが、あの二人はリアについて行くそうだ」
「たすかる!」
付いてきてくれるかどうか以前に、付いてきてくれない可能性を考えなかった自分にちょっと反省である。キングダムに住んでいる人は、夜に虚族の出る辺境に出るのは嫌がるし、その滞在が長くなることにストレスを感じる者もいる。お父様はそれを危惧して確認してくれたのだろう。
「ユベール、こないの?」
「ああ。護衛にも役に立たないし、機動力もない。正直お荷物だろう」
一緒にいたら楽しいという以外、西部への旅では魔道具師は役に立たないのだった。
「あ、それならユベールとちょっとはなしてくる!」
私は兄さまに付き添ってもらい、ユベールの部屋へと向かった。他の使用人と相部屋だが、ちゃんとした部屋で安心した。しかし、ユベールの部屋に訪れていたのは私だけではなかった。
「ニコ! アルでんかも」
「私はついでか」
アル殿下が不満そうだが、正直ついでである。
「リアもきたか。ユベールはもどってしまうときいてな」
「リアもさっききいた」
ユベールには旅の仲間としてお世話になったから、ちゃんと挨拶をしておきたかったのだ。
「ニコ殿下、リア様」
ユベールは困ったような嬉しそうな顔をしてかがみこんだ。
「ユベール、たのしかったな」
「リア、いっしょでうれしかった」
ユベールはにっこりと笑って頷いた。
「私も、人生でこんなに楽しくも激しい経験をするとは、思ってもみませんでした」
はて、激しい経験などしただろうかと不思議に思うと、ユベールは自慢そうに説明してくれた。
「私はどこにでもいるような平凡な顔をしているから、捜査にはうってつけだと言われて、バートたちと一緒にケアリーの町中で聞き込みの仕事をしていたのですよ」
「ほえー、ききこみ」
私はわくわくと目を輝かせた。
「旅の前半はリア様とニコ様と一緒に魔道具師として働き、後半にはぼんやりと言われた顔を生かして役人のまねごとをする。王城での死んだような日々と比べて、なんと楽しかったことでしょう」
「死んだような日々だと」
「あっ」
ユベールはアル殿下がいたことを思い出して焦っている。
「そこは、かえったらわたしから、まどうぐしの、たいぐうのかいぜんをていあんしておこう」
そこはニコがうまくとりなしてくれた。ただ腹を立てるだけのアル殿下と比べて、ニコのなんと優秀なことか。
「お前のその目はなんだ。本当に腹の立つ」
「あにをひゅるー」
「ヒューバート殿から聞いたのだ。お前の頬を一度つまんで見ろとな。うむ。もちもちしているな」
「おじうえ……。やめてあげなさい」
私のほっぺがかわいいのは確かだが、働かされすぎではないかと思うのだ。
「そうだ、だいじなことをわすれてた」
アル殿下と遊んでいる場合ではない。
「ユベール、マールライトがあまってたら、ぜんぶちょうだい」
「リア様、それは……」
ユベールは眉を寄せた。
「リア、それはごうよくというものだ」
どうせ帰るだけなのだから、余ったマールライトを全部置いて行けばいいと思うことは強欲なのか。それと、強欲とか知っている四歳児、すごいと思う。
ニコはユベールに重々しく頷いた。
「すうまいでいいので、マールライトをゆずってはもらえぬか」
「ニコもでしょ」
「すうまいとぜんぶはだいぶちがう」
言い合いをしている私たちをおろおろと見ていたユベールだが、それを止めようとするかのように私たちの手をそっと握った。
「リア様、ニコ殿下」
その手から、温かい魔力がひっそりと流れてくる。
「これは」
思わず声を上げそうになったニコに、ユベールの口がシーッという形になる。
言われなくてもわかる。これは結界箱の魔力だ。
「ご当主に確認してからになりますが、許可が出れば手持ちのマールライトは全部置いて行きましょう。途中で買うこともできますからね」
買うという手段を思いつかなかった私は目を輝かせた。
「一日、一時間。それを10日」
突然告げられたその時間と日にちは、魔道具師の先生と生徒の間柄ならすぐに伝わるものだ。
「あいわかった」
「リアもわかった」
ユベールはニコリと微笑むと、
「無茶をしてはいけませんよ」
と言ってそっと手を離した。
私はニコと目を見合わせた。
あれが結界箱を変質させる魔力。それを一日一時間、10日注ぐことで、結界箱に使えるマールライトに変質させることができるということだ。
兄さまは私たちの間になにか会話が交わされたことに気が付き、仕方がないなあという顔をしていたが、アル殿下は気づいていない。
西部に行くというなら、虚族のいる環境でできることがある。私がそう思っていることをユベールは察してくれた。
明日からは、私を止める大人はいない。兄さまは味方として巻き込んでしまえばいい。
幼児の私が、大人たちのように、いつまでもサイラスの影におびえていても仕方がない。
サイラスの行動が私をウェスターの西部に導くのなら、私はそこでできることをやり、楽しむだけである。




