人は前に進むもの
コミックス6巻、6月14日発売です!
その後、どのような話があったのかわからない。だが、ケアリーの屋敷は大きく動いた。
まず町長のシルベスターは、次の日竜車に乗せられて厳重に護送されていった。罪状が確定したわけではないため、犯罪者とわかるようなやり方ではない。行き先は領都だ。そこで余罪も追及するのだという。
「ケアリーが清廉でなかったのはわかってはいたが、それでもこの大きい町を一つ動かしていた男だ。ささいな罪は見逃されてきた。だが、王族の命を狙ったこたびの事件は見逃しようがない。いくら本人が、ただ脅かそうとしただけだと主張してもだ」
ヒューの言葉は苦かったが、実際ラグ竜の群れが放たれたあの時、バートたちが来てくれなかったら、私たちは大怪我をしたどころか、命を失いかねなかったのだ。
結界の発動を少しの間邪魔するだけのつもりだったという理由も、それはつまり領都の民の命を危険にさらしたということで、いずれにしろ許されるものではない。
「こういう時ばかりは、ヒューの手伝いをしてこなきゃよかったかなって思うぜ、俺は」
しばらく忙しくしていて見かけなかったバートたちも一仕事終えて戻ってきている。
「サイラスの目撃情報を追っているうちに、町長のいろいろも芋づる式に出てきてしまってな。人の罪を暴き出すのは気持ちのいいもんじゃねえ。虚族を狩っているほうがうんと楽だ」
「そう言うな」
ヒューはバートの肩を抱えるようにポンと叩いた。
「私だって、夜の草原を自由に駆けるハンターをつなぎ止めておくことに罪悪感がないわけではない。だが、お前たちが私の側近になってくれてから、本当にいろいろなことが楽になったのだ。まだ手離してやることはできない」
「そうまで言われたらなあ」
バートがまんざらでもなさそうだが、それは残りの皆も同じなのだろう。ミルにキャロ、そしてクライド。
誰に頼まれなくてもアリスターを守り、私も守ってくれた人のいいこの四人は、アリスターが自分で納得した人生の方向性が決まった後は、今度はヒューを守ることにしたようだ。
トレントフォースまで私を迎えに来た時、ヒューはそれはたくさんの部下を連れていたし、いろいろな人に指示を出し、常に人に囲まれているように思えた。
だが、四侯の仕事が人と分かち合えるものではないのと同じに、王族の仕事は人と分かち合えるものではない。いくら周りに人がいようと、ヒューは孤独だったし、それで仕方がないと思っているようだった。だからこそ、家族である兄や父のために尽くすことをいとわない。それは少し痛々しくもあった。
そんなヒューを放っておけなかったんだろうなあと私は温かい目でバートとじゃれるヒューを見守った。そんな私に目をやると、ヒューはむっとした顔をして近づいてきた。
「お前のその目はなんだ」
「べつに。なかがいいなっておもっただけ」
「嘘だ」
嘘ではないから、頬をつまむのをやめてほしい。
「なにをしゅるー」
「むっ。少し成長しても、もちもちだな」
「ヒュー。やめるのだ。レディにすることではない」
ニコが止めてくれなかったらいつまでももちもちされていたに違いない。
そして、主を失った屋敷はギルバート王子に一時的に接収された。しばらくの間、ここで国境の警備をしつつ、ケアリーを中心にしてこのあたり一帯の管理をするのだという。
今回はケアリーの町長だけが捕まったが、甘い汁を吸っていたのが町長だけなわけがない。これからケアリーの町やその周辺の町の権力者には、粛清の嵐が吹くかもしれない。
屋敷には、町長の奥さんであるイルメリダとカークはそのまま残る。この二人は、町長の闇の部分は本当に知らなかったようだ。いずれ代わりの町長が決まるまで、この二人は町長の屋敷を今まで通りに回すことになる。
父親の乗った竜車を、悲痛な顔で見送ったカークにかける言葉はない。
振り向いたカークは、物陰に隠れるようにして見ていた私に気づくと、ふっと寂しそうに微笑んだ。
「リア様、こちらへ」
おずおずと側に歩み寄る私の前に、カークはしゃがみこんだ。
「あし、むりしないで」
「大丈夫だよ。こっちをこう伸ばせばね。あれ」
カークはよろけて尻餅をついてしまった。
「リア、せなかおすから、がんばって」
後ろに回ろうとしたが、カークに止められた。
「いいんだ、リア様。このままちょっと座っているよ」
私も、おずおずとカークの横に座った。
「リア様。自分のせいでこうなったと思っているかもしれないけど、それは違うよ。父さんは、ずっと悪いことをしていたんだ。見つからなかったら、悪いことをし続けたにちがいない、これからもずっとね。見つからなかったらいいということではないんだよ」
それはわかっていても、友だちの悲しい姿を見るのはつらい。
「俺はね、父さんのやっていることに全然気が付かずに、甘えるだけ甘えていた自分が本当に情けないと思う。でもそれは本当に、リア様のせいでも何でもないんだ」
「あの、あのひとは」
聞いてもいいかどうか。私はあの下屋敷にいた女性のことも気になっていた。
「ああ、アデルのことかい」
「うん」
私は素直に頷いた。
「彼女も、主にサイラスのことで取り調べを受けたようだけど、犯罪には何にも関わっていないようだって。つまり、ただ、その、ただあそこにいただけだった。わかるかな」
「うん。わるいことしてないならよかった」
私はその部分だけに答えた。囲われていたという概念を三歳児がわかるわけがないのだ。
「けど、あのままにはしてはおけないからね。彼女には、俺が持たせられるだけの金銭を持たせて、この町ではないところに行くように手配したよ」
「えと、だいじょうぶだった?」
微妙な問題なので、具体的には聞けない。だが、カークは正直に答えてくれた。
「きっとリア様にはわからないだろうけど、だからこそ、話してもいいかな」
「いい。リア、きくから」
「うん。ありがとう」
カークは地面に腰を下ろしたまま、空を見上げた。
「その、アデルが、父さんに無理に囲われていたのなら、助け出すという気持ちも持てたと思うんだ」
「うん」
私は頷いて見せた。
「でもあの時、俺が目に入ったはずなのに、アデルは頼る人は父さんしかいないというかのように、父さんの胸にすがっていたよね」
「うん」
私にもそんな風に思えた。
「もう、俺の恋人だったアデルはどこにもいない。なら、罪に問われる父さんの愛人だったと、後ろ指をさされるこの町ではなく、別の町で新しくやり直してほしいと思ったんだ」
「うん。それがいい」
「はは。リア様は何でもわかってるみたいだな」
カークは空を見上げていた目を私に向けて、私の頬をちょんとつついて、ふっと笑みをこぼした。
「もちもちしてる」
「じまんのほっぺだから」
ほっぺくらいで慰められるなら、多少は差し出してもいい。
「寛大なことに、俺まで罪に問われることはないらしいから、後始末に精を出すよ。全部終わったら」
「おわったら?」
カークは何も言わずにまた空を見上げた。
アデルのように、新しい町でやり直すのかもしれない。
あるいは、シルベスターの代わりにこの町を治めるのかもしれない。
「いくところなかったら、リアのところ、きて」
「キングダムにかい?」
「うん」
私は深く頷いた。
「リアがおしごと、さがしてあげる」
「それもいいかな。知り合いが誰もいない、そして虚族もいないところ」
知り合いは私の兄さまとニコだけだから、気が楽だろう。そして虚族がいなければ、ハンターだった自分を懐かしく思わずにすむ。
カークは足をかばいながら、そして私は普通に立ち上がった。
どんなことがあっても、人は立ち上がり前に進まなければならないのだ。
コミックシーモアさんで、筆者の別作品、
『竜使の花嫁』のコミカライズ始まっています。
素敵なのでぜひ読みに行ってみてください!




