三度目の出会い(ギル視点)
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バタンとドアが閉まると、なんとも言えない空気が部屋に漂った。緊張した話し合いの最中、幼児のトイレで中断されたのだから無理もない。俺は発言する立場ではないので、口を閉じたまま黙って皆の話を聞いている。
「な、なぜ皆、平然としているのだ」
驚きのあまり、自分の他はほぼ王族だということを忘れた発言をしているのはブラックリー伯爵だった。もっとも、先ほどからずっとそうだ。
「お前。確かリーリア殿の護衛ではないか。なぜこの場に幼児を連れ込んだ」
混乱のあまり、子どもたちを外に出したハンスに当たり散らしている。
「私はリア様の護衛ではありますが、ただいまは人手不足により、この会議の警備に当たっており、リア様の護衛を離れざるを得ませんでした。離れていた以上、リア様の行動に責任は持てません」
しれっと答えたハンスが、テーブルクロスの下を覗いてリアがいるのを確認していたのを俺は知っている。ちなみに、リアではなくニコ殿下がいたほうが大きな問題だと思うのだが、あまりに堂々としていたため誰を責めていいのかわからなかったのだろう。
「よっこらしょ」
少年らしからぬ掛け声が聞こえて来たかと思えば、いつの間にかルークがバスケットを手にテーブルの下から出てきていた。
「ル、ルーク殿。いつの間に。それにその手にあるのは……」
「これは軽食です。私たちはたまたまここでピクニックをしていたのです」
驚いたことがそのまま口に出るのは領主としてどうなのかと思うが、この場にいる皆の言葉を代弁してくれているとも言えるので、都合がいいと言えば都合がいい。それにしても、ピクニックをしていたなどと苦しい言い訳である。
「ルークの席はここだ」
俺は自分の隣の席を指し示した。少し遅れてくるからと、ルークの席は当然確保してある。
「助かります」
ルークはバスケットを自分が隠れていたテーブルの上に置くと、何事もなかったかのように平然と席に着いた。
「ルーク、さすがにおふざけが過ぎる」
真剣な話し合いをしていたからか、ディーンおじさまの顔が珍しく険しい。ルークにもリアにもそういう顔を見せたことはほとんどないはずだ。
「そうでしょうか」
隣を見るとルークはにこやかに笑みを浮かべているが、その返事は穏やかなものではなかった。
「私もこの会議に参加する予定ではありましたが、そもそも私もギルも話を聞くだけの参加であり、発言は許されてはおりません。不服なことがあっても、それを言えるわけでもない。であれば、この部屋のどこで話を聞いていようと問題はないはずです」
「ルーク!」
ディーンおじさまは怒ったように名前を呼んだが、ルークはひるまなかった。
「ついでにせっかく父親に会えたのに側にいられなくて寂しい、せめて気配を感じられるところにいたいという、妹の望みをかなえただけです。ニコラス殿下についても同じです。どうせ意見も聞かれず西部に追いやられるなら、どこでその話を聞いていようと問題はないはずです。さあ」
ルークはうやうやしく両手を広げてみせた。
「口は挟みませんので、どうぞ会議を続けてください」
「なんと生意気な……」
確かに、行動だけ見れば、ルークのしたことは、テーブルの下に幼児と一緒に隠れていたうえ、突然出てきて偉そうな態度を取っている子どもだ。ブラックリーに生意気と言われても仕方がないだろう。
しかし俺は笑い出しそうなのをこらえるのに必死だった。ルークではないが、俺たちが西部に追いやられるという話はやはり唐突ですぐに納得できるものではなかったし、そんな中でリアやルークの登場であたふたしている大人たちを見るのは愉快だったからだ。
しかも、あの品行方正なルークが生意気だと言われる瞬間に立ち会えたとは。
「痛っ」
しかもそれを察して肘打ちまでされる始末だ。
しかし、そんな態度はアルバート殿下にしっかりとたしなめられた。
「ルーク」
「はい」
殿下にはさすがにおとなしく返事をしている。
「発言は許されていなくても、この場に招かれただけでも、お前が尊重されているということがわからぬ年でもあるまい」
さすが我が国の第二王子である。ディーンおじさまはやはりルークにはこれほど厳しく物は言えない。ルークもシュンとして返事を返した。
「はい」
「甘ったれた態度しか取れないのであれば、ニコラスにとってもリーリアにとっても、保護者失格とみなされるが、それでもいいのか」
「いいえ」
ルークは素直に返事をすると立ち上がり、
「会議の邪魔をして申し訳ありませんでした」
と謝罪した。不貞腐れたような感じはもうない。
それからの会議は、少し退屈だった。いつ、どのように実行するかの具体的な話し合いになったからだ。
俺は拗ねたルークとは逆に、だんだんとワクワクしていく気持ちが止められなかった。
ルークは西部に追いやられると言ったし、カルロス殿下は自分もファーランドの第一王子として、国に戻って責任を果たしたいと言い、ヒューも第二王子としてギルバート殿下の補佐をしたいという。
だが、俺は違うようだ。
どうやらリスバーンは今回ファーランド方面を担当しているようで、父はファーランドに行っているらしいが、その手伝いに行きたいなどとはみじんも思わない。
よく考えたら、行きたくても無理だろうと思いあきらめていた、ウェスターの西部に行けるのだ。リアの過ごしたというトレントフォースの町をこの目で見ることができる。これほど幸運なことがあるだろうか。
サイラスのことが気にならないとは言えないが、国を挙げての作戦なら、大人に任せていい。
西部に追いやられる子どもなら、子どもなりに旅を楽しもうではないか。
さて、落ち着いてはいるが悔しそうなルークを、この旅の楽しさにどう巻き込もうか。
一人くらいお気楽な人間がいてもいいはずだと、この先に思いをはせた。
筆者の別作品の新連載、コミカライズがコミックシーモアさんでスタートしました。
コミックと小説で補完していただければなと思います。
小説は、「竜使の花嫁~新緑の乙女は聖竜の守護者に愛される~」です。
幼女とはだいぶ毛色が違い、最初苦労しますが、一番つらい部分は過ぎたので大丈夫だとは思います。
とんとんと話が進んで、やがて幸せが訪れますが、虐げられ系が苦手な方は避けてくださいね。
詳しくは活動報告までどうぞ。




