続々と集合
以前ギルに好きなように行動してよいと言われたのをどう解釈したのか、私たちの警護に躍起になっていたのは最初だけだった。何をしているのか興味もなかったが、どうやら町長の屋敷でのんびり過ごしていたらしい。
「あ、淡紫に金……」
お父様とアル殿下を見て思わず言葉がこぼれ出ているその人は、確かアンディ・レミントンと言ったような気がする。派遣されてきた国境警備隊小隊長かなにかだ。あいかわらず制服が微妙に崩れていて、いったい町長の屋敷で何をしていたのやらという感じだ。
「国境警備隊のものか。なぜここにいる」
「そ、その、四侯のお子様方の警護のためにです」
アル殿下の質問に、間抜けな答えが返ってきた。
「それならなぜ側にいない」
「それは、その……」
アンディとやらがさぼっていたなどとは言えず、答えに苦しんでいる間に、一階の執務室から慌ててカークがやってくるのが見えた。急いでいるせいかいつもより杖の突き方がぎこちなく、体が上下に揺れている。
玄関から客としてやってくるのではなく、厩から直接押しかけてくる客がいるなどと考えてもみなかったのだろう。
久しぶりに近くで見て見ると、顔色も悪いし少しやせたような気がする。
カークはお父様に目をやると驚きに目を見開き、私を探して視線をさまよわせた。
私は目を合わせてしっかり頷いた。
カークは覚悟を決めたような顔で目を上げると、今度はアルバート殿下を見てまた大きく目を見開き、今度は助けを求めるようにニコを見た。
ニコもしっかりと頷いてみせた。
カークにとってはなぜこの屋敷にキングダムの王族と四侯がいるのかわからず戸惑ったことだろう。だが、すぐに背筋をすっと伸ばすと、恭しく目礼をした。
「私はこの屋敷の当主代理、カーク・ケアリーです。キングダムの高貴なる方々の訪れを歓迎いたします」
どこか頼りなかったカークの堂々とした挨拶に、私は胸になにか熱いものがこみ上げるような気がしたが、それよりもほっとした気持ちのほうが強かったかもしれない。
例の事件があってから、カークとまともに顔を合わせたのは今日が初めてだった。
私が好奇心旺盛に、猫のドアから顔を出さなかったら、そして竜舎に遊びに行かなかったら。
父親が浮気していて、その相手が自分のかつての恋人だったとは知らずにすんだかもしれない。
子どものしたこととはいえ、私のことを恨んだり、憎んだりしても仕方がないと思っていた。
だが、その人はリアの父親で間違いはないですかというカークの問いかけの視線には、私に対する隔意はまったく感じられなかった。そう思うのは失礼かもしれないけれど、純粋に友だちに問いかける目だったと思う。
命を救ったというきっかけはあったにしろ、再会した後は普通に仲良しになったと勝手に思っていた私は、カークとの仲が悪くなるかもしれないことを少し寂しく思っていたので、ちょっと安心した。
「突然の訪いとなってしまい、申し訳ない。ことは至急を要したため、先触れを出すことはできなかった」
お父様がたんたんと口上を述べる。
「私はキングダム四侯が一人、ディーン・オールバンス。そしてこちらが我が国の第二王子、アルバート殿下である」
「お嬢様には命を助けていただいたことがございます。ただいま取り込み中ではありますが、この屋敷でかまわなければ、いくらでもご滞在くださいませ」
カークは打てば響くように答えている。
「すまぬな。こちらこそ申し訳ないが、ある作戦のため、ここを勝手に集合場所に指定させてもらっている」
「集合場所?」
カークがお父様に聞き返しているが、私も何のことだろうと首を傾げてしまう。
「ああ。それは……」
お父様が言いかけた時、玄関にガヤガヤと人の気配がした。私たちと違って竜舎から直接来なかったということは、普通に客人ということだろう。
おろおろしていた使用人の一人が急いで玄関を開けると、勢いよく入ってきたのは、まったく知らないおじさんだった。
「オールバンス! 勝手が過ぎる! なぜ我が屋敷を素通りして、勝手にウェスターに出たのだ!」
その人は挨拶も何もなく、いきなりお父様に怒鳴りつけた。
お父様は表情も変えず、肩をすくめた。
「失礼なのはお前だろう、ブラックリー。殿下の御前だぞ。しかも、ここはケアリーの町長の屋敷だ。挨拶もないのはいったいどちらだ」
兄さまの口元がピクリと動いたのが見えたが、私は素知らぬ顔をしておとなしくしていた。
挨拶もなくいきなり屋敷に侵入したのはお父様も同じですよねとは決して言うまい。竜舎から直接連れてきたのはギルと兄さまなのだし、カルロス王子だって何も言わなかったのだから。
ぐぬぬという顔をした人を初めて見た私は、思わずぽかんと口を開けてしまうところだった。お父様より10歳ほど年上だろうか。黒い髪に茶色の瞳、鼻の下に髭を蓄えた、何ともいかつい感じの人だが、着ている服は上質なものだし、なによりお父様をオールバンス呼ばわり。
「ケアリーをようする、キングダムなんせい、ウェスターとのこっきょうぎわをおさめる、ブラックリーはくしゃくだな」
ニコが小さな声で誰かを教えてくれた。教えてくれなくても、私だってもう少しで名前を思い出せそうだったから、ちょっと悔しかったが、ここは素直に頷いておく。
ニコの声は隣の私にだけでなく、ホールにいる全員に聞こえたが、それはとても良い効果をもたらした。カークにとっても心の準備ができただけでなく、なにより当のブラックリー伯爵の怒りをおさめる役割を果たしたからだ。
「ニコラス殿下。覚えていてくださいましたか」
「ああ。しろにあいさつにきてくれたな」
鷹揚に頷くニコの姿にブラックリー伯爵の表情も和らいだ。そして気持ちも落ち着いたのか、アルバート殿下に挨拶をした後、誰かを探すようなそぶりをし、やっとカークに目を留めた。
「確かカークといったか。シルベスターはどうした」
「父はただいま顔を見せることはできません。息子である私が当主代理をしております。当家へのご用向きは私がうかがいます」
カークは、穏やかな彼を知っている者にとってはずいぶんきついと感じられる口調でブラックリー伯爵に返事をした。
「そうか。まずはいきなり大声を上げて失礼した」
ブラックリーはこほんと咳ばらいをすると、きちんと謝罪した。
「本来ならわが屋敷に滞在するべき者たちを回収したら、すぐに屋敷を去るので、しばし滞在を許可願いたい」
「かまいません」
許可を出す以外にカークに何ができただろう。
一見表情が変わらないが迷惑そうなお父様にブラックリーが詰め寄ろうとしたその時、また玄関に慌ただしい気配がした。
さすがにうんざりした気持ちを隠せないカークだったが、状況に慣れてきたのか、今度は使用人がスムーズに玄関を開けると、思いがけない人の出現に、今度は私たち全員が息を呑んだ。
「ギルバート殿下!」
思わず叫んだのはカルロス王子だ。
私も驚いた。なぜウェスターの領都にいるはずのギルバート王子がここにいるのか。
もちろん、ウェスターの王様はちゃんといて、ギルバート第一王子とヒューバート第二王子はその補佐の仕事をしているのだから、必要があれば遠出することもあるだろう。
でも、遠出をするのはヒューの役割で、ギルバート王子は家族持ちでもあるから、領都でのみ采配を振っているものだと思っていたから、ケアリーで顔を合わせることになるとはみじんも思わなかったのだ。
そしてカルロス王子の驚いた声で、キングダム側は誰が来たのかわかって助かったようだ。
「第一王子を寄こしてくれたか。ありがたい」
アル殿下もほっとした様子である。ヒューはキングダムに来たことがあるが、ギルバート王子はウェスターにとどまっていたので、これが二人は初対面なのだ。




