理由
アルバート殿下の腕の中で満面の笑みを浮かべているニコは、年相応に見えてかわいらしい。
四侯であるお父様だけでなく、なぜ王族であるアルバート殿下までここにいるのかという疑問はあるだろうが、誰もが再会を尊重して見守ってくれていた。
いつまでもお父様にくっついていたい私だったが、そういうわけにもいかない。しぶしぶとお父様の胸を押すと、お父様も回した腕の力を緩めてくれた。
「グレイセス?」
前回はお父様を倒してでも止めたのに、今回はどうしたのか。
そういう意味を込めてグレイセスに声をかけた私である。
「既にイースターにて、国境を越える件はなし崩しになっておりますゆえ」
それでも今回ウェスターに来るにあたって、監理局はぶつぶつ言ったではないかと私はちょっと思った。
「もちろん、基本的には出ないでいただきたいというのが監理局の方針です。ですが、運用は現場に任せられていますので。リア様やルーク様を目にした侯の勢いは、こちらが止める間さえなく」
「あれほど頑なだったお前が柔軟になったものだな」
お父様の皮肉にもグレイセスはひるまず、その通りですと言うかのように軽く頭を下げたのみである。
「ですがディーンおじさま。越えるかどうかはともかく、何ゆえ国境までいらしたのですか。サイラスの件は驚いたとはいえ、四侯や王族が来るほどのこととは思えませんが」
状況が落ち着いたと見たのか、ギルが問いかけた。お父様にも驚いたが、アルバート殿下の登場にはもっと驚いたというのが事実だ。
「事件が起きた側ではそういう認識だったか」
アル殿下はニコを抱き抱えたまま苦笑し、子どもを抱いたままでは話ができないとおもったのか、そっとニコを下ろした。
「そこのとぼけた幼児」
「私のかわいらしいリアのことですか」
すかさずお父様の突っ込みが入った。
「う、うむ。その、リア嬢にしろうちの賢いニコにしろ、終わったことはどうでもいいと思っているだろうが」
その通りである。アルバート殿下が私のことをよくわかっていることに意外な思いで見上げると、アル殿下が少し口元をゆがめた。
「くっ。なぜお前のほうが何もかもわかっているような振る舞いなのか」
「お前ではなく、リアです。とても愛らしい、オールバンスの至宝の」
「わかっている。ただちょっとイラっとしただけだ」
お父様にも苛立たしげな目を向けるアル殿下のへそ曲がり具合は、ちょっとだけヒューに似ているような気がする。それから殿下はコホンと咳払いした。
「あー、終わったことはどうでもいいと思っているかもしれないが」
そこからやり直しである。
「そもそもあの事件でサイラスを逃がしたことはキングダムにとって大きな汚点だった。それがのうのうと生き延び、あまつさえ商人として平然として町に出入りしているなど、決して許せることではない」
当事者である私たちのほうがピンと来ていなかったようだ。
「ましてやキングダムに自由に出入りしている様子だと聞けばな。こたびは中途半端に奴を逃がすつもりはない。我らは」
アル殿下は軽く手を上げて自分とお父様をまとめた。
「目撃情報があったケアリーに直接来たが、動いているのは我らだけではない」
なんだか大きな話になったような気がして、私も緊張してアルバート殿下の次の言葉を待つ。
「既にキングダムのすべての町に捜査する人員を派遣した。そしてファーランド方面のすべての街道は封鎖してある」
この言葉にはファーランドのカルロス王子が息を呑んだ。そのカルロス殿下のほうに、アルバート殿下は体ごと向きを変え、軽く会釈をした。
「挨拶もせずに申し訳ない。ファーランドのカルロス殿下とお見受けする。私はキングダムの第二王子のアルバートだ」
カルロス王子も姿勢を正した。
「ファーランドの第一王子、カルロスだ」
ほぼ同じ年の二人だが、カルロス王子が王都に滞在していた時、アルバート王子はイースターにいたので顔を合わせるのはこれが初めてだ。
「申し訳ないが、先ほど言った通り、ファーランド方面は封鎖しており、検問を受けなければ自由に出入りできないようになっている。同時にファーランドには、ウェスター方面も封鎖するように依頼してある」
「ウェスター方面を?」
なぜファーランドにウェスター方面を封鎖させるのか、カルロス王子でなくても疑問である。
「万が一、既にファーランドに逃亡してしまっている場合、ファーランドの西側からウェスターに入り込まないようにするためだ」
なんだか本当に壮大なことになっている。
「キングダムに入り込んだサイラスを、キングダム内で捕らえる作戦だ。そのため、ウェスター側の国境も封鎖するよう、領都シーベルにも連絡を取ってある」
こちらではケアリーの町長をどうするかで大騒ぎだというのに、キングダムではサイラスのことが大問題になっていたとは予想もしなかった。
「ところで、正直なところ草原でこんなことを話すことになるとは思っていなかった。ケアリーの屋敷へ向かおうとしていたのだが、そもそもなぜ屋敷ではなく、こんなところにいるのだ?」
アル殿下は腕組みをしてギルや兄さまに問いかけた。
「ああ、町長の屋敷は今、ちょっと居心地が悪いんです」
ギルは気まずそうにそう言うと、詳しい説明は避け、兄さまと共に自ら先頭に立って町長の屋敷へと向かった。
私はといえば、お父様に抱っこしてもらいながらご機嫌である。
「しばらく会わないうちに少し重くなったか?」
「リア、おおきくなったとおもう」
誰も彼もがレディに対して重いと言うのはどうしたわけか。だが、ここは幼児の成長を喜んでいるものと判断し、寛大に振る舞う私である。
屋敷付属の竜舎に向かい、アルバート王子とお父様を見てキングダムの王族と四侯と気づき、大きく目を見開きブルブルと身を震わせる厩番に竜を預けると、お父様はとても興味深げに竜舎を見ていた。私はと言えば、あの時にこの厩番がいれば荷に隠れずに済んだのにと、ちょっと恨めしい目をしてしまったが、責任転嫁だということはちゃんと理解はしている。
オールバンスは竜の牧場を持っているが、屋敷のすぐそばの竜舎は単純な作りだ。町長の竜舎はとても使いやすい作りなので、お父様は興味を引かれたのだろうと思う。
「さっそく参考にすべきことが見つかったな」
この柔軟な考え方、さすがお父様である。
しかし感心している私に、兄さまがこそっとささやいた。
「お父様、国境から出られたから、珍しくはしゃいでいますよね」
「はしゃぐ?」
私もこそっとお父様の様子をうかがってみる。考えてみれば、もし参考にしようと思ったとしても、お父様はそれを口に出したりしないし、珍しそうな顔であちこち見たりもしない。いつもなら何にも興味をもたないような顔をして、実利だけしっかり持ち帰っているはずだ。
ということは、兄さまの言う通りうきうきしていて、心の声がちょこっと外に漏れたのに違いない。
「おとうさま、かわいい」
「ですよね」
ふふふっと笑っている私たちを怪訝そうにして側に来たお父様を見て、ブルブルしていた厩番が思わずと言うように口を開いた。
「淡紫が三人。三人も……」
王都ですら私たち三人が一緒にいるところを見たことがある人はほとんどいないのだ。確かに貴重な機会であろう。
私と兄さまは心得たようにニコリと笑顔を見せた。
「ありがたや、ありがたや」
結界の外にあるケアリーには四侯の恩恵はたいしてないはずだが、拝んで気分がよくなるのなら、気が済むまでやればよいのである。
感動する厩番を竜舎に残したまま、私たちはすたすたと屋敷のホールに向かった。長いこと滞在して勝手知ったる私たちはともかく、お父様もアルバート王子もまるで自分の屋敷にいるように堂々としているのがさすがだ。
先触れなど出していないので、お屋敷の使用人たちはぽかんとした顔で通り過ぎる私たちを見ているだけだ。そのうち、はっとした数人があたふたと散り始めた。当主代理のカークを呼びに行ったのだろう。
到着したホールは一介の町長のものとしては広く、アルバート王子とお父様一行が追加されたところで狭くもなんともない。
「ふむ。なんとも贅をつくした造りだな」
お父様がさりげなくあちこちを観察しながらそう口にした。
「建築様式はキングダムの王都の貴族のものを取り入れていると聞いたが」
カルロス王子が解説していて、誰の屋敷なのかと再び口にしたくなる。
そんな状況の中、慌ただしい気配と共にまずやってきたのは護衛隊によく似た制服、キングダムの国境警備隊の面々だった。
別作品を投稿しています。
虐げられ系のお話しなので、それでも大丈夫という方はぜひどうぞ。
「竜使の花嫁~新緑の乙女は聖竜の守護者に愛される」
17話を過ぎればつらい部分は通りすぎるので、それ以降にどうぞ~




