町長の家(あやしい)
急ごしらえと思えないほど豪華な夕食の後、それぞれの客室についた浴室で湯を使わせてもらった後、やっと落ち着いたという感じだ。
「確かに魔道具はありますが、各客室に浴室付き。客人が多いとは言え、一介の町長が豊かなものですねえ」
部屋に戻った途端、兄さまが皮肉げに口に出した。
「リアもトレントフォースの町長の屋敷でお世話になったのでしょう? やっぱりこんなふうでしたか?」
「ううん」
私は首を横に振った。
「アリスターのおやしきより、おおきかったけど、そのくらい。まちのひとを、きょぞくからまもるための、おおきなへやがあった」
「ここは虚族が出ても、キングダム側へ走っていけばいいだけですからね。命の危険がある時にまで罪に問うことはありませんから」
結界の側の町ならではの不思議さである。
「さて、リア。どうでしたか?」
「うん。ふつう」
私たちの会話が何を言っているかというと、町長や屋敷に怪しいところはなかったのかという確認である。
「わたしも怪しいところは何も見つけられませんでした」
「じゃあ、わるいひとじゃ、ない?」
「それはどうでしょう。ちょっと確かめてみましょうか」
兄さまは、私を持ち上げて応接セットのソファに座らせると、口に人差し指をそっと当てた。それからおもむろに部屋のドアに向かい、何も言わずドアを開けた。
そこには、屋敷の警護の人が立っていた。シーベルの城でさえそれはなかったのに、厳重なことだとびっくりした私である。
「所用があり、ヒューバート殿下のところに行きたいのだが」
「申し訳ありません。殿下はお休みとのことで、なるべく部屋の移動はお控えくださいますよう」
「ではギルバートのところへ」
「警護の関係で、明日にしていただけると助かります」
「そうか」
兄さまはバタンとドアを閉めた。
「無理を言えば通りそうですが。夜は分断して、話し合わせない作戦か。そういえば昼も歓迎しているように見せかけて、私たちだけで話し合う時間はまったくありませんでしたね」
兄さまは少し下を向いて何かを一生懸命考えている。
「屋敷も隅々まで案内されました。まるで何も怪しいところはない、というかのようでした」
「なかったよ?」
私もニコと子どもらしく走り回って確認したのだ。もっとも、ラグ竜で結界箱を狙わせたという証拠など、いったい何を探せばいいのかわからなかったので、単純にお屋敷を楽しく見学しただけなのだが。使用人の態度も穏やかで礼儀正しいものだったし、特になんの不満もなかった。
「完璧すぎるんですよ」
兄さまの目つきは厳しかった。
「急な来客には多少慌てた様子があるものです。オールバンスの家でさえ、最低限で回しているからとはいえ、やはり焦りますしね。しかし、家族から使用人まで、そして屋敷の隅々まできちんとしているとなると、逆に不自然なんですよ」
そんなものだろうか。
「こうなったら、いやがらせに何日も滞在して、なにか問題が起こるのを待つのも手ですね」
「いやがらせ」
兄さまの口から出てくるとは思えない言葉である。
「とりあえず、閉じ込められているのは癪ですね、リア」
普段はいったん客室に入ると、出ることなどほとんどない。だが、出られないとなると出たくなるのはなぜだろう。
「うん。リア、きゅうにニコに、あいたくなった」
「なかよしですからね」
兄さまはドアの側にいたハンスに合図した。
「はっ」
ハンスはかっこよく返事をすると、すっとドアを開け、ドアのところの護衛に話しかけた。
「おい」
「なんだ」
私はそのハンスの足元からすっと廊下に出て、走り出した。
「ニコ! ニコ!」
「あ! お嬢様!」
「リア様! 待ってくださいー」
私の大きな声と護衛やハンスのしらじらしい声で、閉じた客室の向こう側がざわざわとし始めた。
そしてあちこちのドアが開いては、ドアの前の護衛に説得されてまた閉じた。だが、私は顔を出した人を全部チェックした。最後に顔を出したのがニコの護衛である。さすがに私を無視はできなかったようだ。ニコは、客室棟の突き当たりの一番広い部屋にいるようだ。
「リーリア様。いかがなさいました」
「リア、さみしい。ニコにあいたい」
とととっと走っていってニコの部屋の前にいた護衛を見上げると、しぶしぶと通してくれた。
「ニコ!」
「リア。どうしたのだ」
広い部屋に護衛とニコとお付きの者だけ。慣れていると言っても、これは少し寂しい。
だが、いまはそんなことを考えている場合ではない。兄さまと打ち合わせたわけではないが、今すべきことはニコに伝言することだ。
「ニコ。にいさまから、でんごん。よる、ぶんだんされてる」
「よる、ぶんだんされてる」
ニコは丁寧に私の言葉を繰り返す。
「きちんとしすぎて、ふしぜん」
「きちんとしすぎて、ふしぜん」
「いやがらせに、なんにちもたいざいするべき」
「リア、それはどうなのだ」
どうなのだと言われても、兄さまが言ったことをまとめているだけだ。
「リアじゃない。にいさまがそういってた」
「だがな」
ニコはむうっと腕を組んでなにか考えている。
「ニコ、ここ、さみしくない?」
「なれている。さみしくなどない」
「ヒューといっしょに、ねたくない?」
「べつに」
きちんとしたお子様はこれだから困る。私はなんとか伝えたくてぴょんぴょんと跳ねた。
「けいごのものおおすぎて、にいさま、へやからでられない」
ニコは目を大きく見開いた。
「リアは出ているのに?」
「ちいさいから、でられた」
「なるほど。つまり」
ニコは腕を組んだまま閉じた扉のほうを眺めた。
「きちんとしすぎて、ふしぜん。よる、ぶんだんされる。いやがらせに、なんにちかたいざいするべき。でんごんは、ヒューに。それでいいのだな」
「うん!」
ニコが完璧に理解してくれた。
「ニコラス殿下。まさか」
おののいている護衛に、ニコが言い放った。
「さみしいから、ヒューのへやでねたくなった」
「そんな馬鹿な。城でもいつも一人でお休みではありませんか」
「いいから、ドアをあけよ」
ニコの言葉に、護衛はがっくりとしてドアを開けた。ニコはけっこう強いのだ。私たちは護衛の足元からするりと外に出た。
「あ! 殿下! お嬢様!」
ドアの前の護衛が叫んでいるが、ニコは気にせずスタスタと歩くと、廊下の真ん中で止まった。
「ヒューバートどの! わたしはさみしくなった! ひとりではつまらぬ! いっしょがいい!」
少し大きな男の子なら恥ずかしくて言えない言葉だが、ニコは堂々と大きな声で叫んだ。
「ニコラス殿! 大丈夫か!」
ヒューの部屋が大きく開いて、護衛が止める間もなくヒューが廊下に出てきた。
「へやが広すぎてねられぬ」
「では、私の部屋にまいりますか」
「おねがいする」
そうして堂々とヒューの部屋に行ってしまった。
「リアも! 兄さま!」
そう叫ぶと、私たちの部屋の護衛が走ってきたので、私は右手を差し出した。護衛は迷ったが、私と手をつないでくれた。
「お嬢様。夜は危ないですからもう外に出てはいけませんよ」
優しい小言に、私はうんと頷き、
「あい。わかりまちた。あと、おてあらい、いきたい」
と答えた。護衛は私を抱え上げると急いで部屋に連れ帰ってくれた。ミッション完了である。
部屋に入り、ドアが閉まった途端、兄さまとハンスが声を出さずに笑い転げているのが納得できないのだが。仕方なく私は、ぴしっと片手を上げた。
「リア、おしごと、かんりょうしました」
なぜもっと笑い転げるのか。笑いのおさまった兄さまがやっと褒めてくれた。
「明日になれば、私たちだけで話せる機会はきっとあるでしょうが、それでもリアが伝えてくれたことはきっと役に立つでしょう」
「うん。それにね」
私は兄さまに胸を張った。
「ニコ、ひろいへやにひとりきり。なれてるっていってたけど、きっとさみしかった」
本当のところはわからないけれども。
「ヒューといっしょなら、きっとたのしい」
「そうですね、いいことをしましたね、リアは」
「うん」
旅に出てからもう一か月以上たつ。私は兄さまがいるからいいが、ニコはお母様に会えなくてそろそろ寂しいかもしれないなあと思ったりもするのだった。
ギルもヒューも、きっと兄さまと同じことを考えついていたと思う。けれども、少なくともヒューは、兄さまが前日に伝えたことによって、次の日、つまり今日という日にどう行動するかをあらかじめ考えることができたのではないか。
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