町長の家(大きい)
そのまま私たちはケアリーの屋敷へと向かう。そして私はヒューのやり方に感心していた。
最初から滞在させろと言えば、迷惑に思われ角が立つ。だがヒューは、最初に宿に向かうと見せかけて、ケアリーの町長から招かざるを得ない状況に持っていったのだ。
つまり、ヒューは押しかけたのではなく、招かれたということになる。同じ滞在するにしても、有利な立場に立つことができたということだ。
そんなことを考えながら、通りを北に向かって進んだ先には、たくさんの人が行きかう大きな広場があった。
「この広場がケアリーの最大の特徴です、皆様」
竜車で先導していた町長が、竜車の窓からひょこっと顔を出した。そんなついでのような態度はとても無礼なのだが、だんだん慣れてきた私たちである。
「広場の半分から向こうがキングダムです。日中は自由に出入りできますな」
町長が指し示した広場の真ん中には物見のような小屋が門のように二つ立っており、そこが結界の境目を示す役割なのだろう。
「その日によって、微妙に結界もずれるのですが、それでもこの広場を大きくはずれることはありません。さすがキングダムといったところですな」
そしてこちら側にも、あちら側にも、だらしなく制服を着崩した兵が目立つ。そのなかに、ふとグレイセスがいたような気がしたが、違った。
「ごえいたい?」
向こうの兵の中には、見覚えのある制服を着ている者がいる。
「ちがいますね。あれは城の兵と同じ、国軍の制服です。しまったな。そういえばケアリーには国軍の駐屯地があるのでした」
兄さまがチッと舌打ちした。キングダムの王族が来ているとなれば、国軍も迎えに来ざるを得ないだろうということだ。そして簡単な広場見学が終わると、すぐに次の場所へと移動だ。
「そして、こちらから左に私のこじんまりとした屋敷があります。ささ、どうぞ」
そうして連れていかれた屋敷は、とても小さいとは言えないものだった。キングダム側の結界ぎりぎりに建てられたそれは、少なくともシーベルで見たどのお屋敷より大きかった。
それを見て感心しているのがカルロス王子だ。
「おお、見事な建築だな」
「カルロス殿下、おわかりですか。もとは先々代がキングダムの職人を招いて作ったものですが、少しずつ増改築しておりましてな」
「そうだな。西棟のあたりの様式はキングダムの王都の貴族街で見たことがある」
「そうなんですよ。比較的新しい様式で、私の代でさっそく取り入れた新しいものです。いやあ、話が合いそうですな」
変人は変人にお任せできることがなんとありがたいことか。ここのところカルロス王子に感謝することが増えたような気がする。
屋敷のすぐ左側には小さい駅舎のようなものがあり、屋敷の正面にではなく、そちら側に案内されて、私はちょっとワクワクしてしまった。
プラットフォームのように一段高くなった木の床に竜車を横づけにすると、竜車の階段から土で汚れることなく降りることができる。その木の床は、そのまま屋敷まで歩いて行けるようになっていて、しかも屋根が差しかけてあり、雨に濡れることもない。
その駅舎のようなところの奥には、鞍をつけたまま、あるいはかごをつけたままのラグ竜が何頭かいて、竜車も数台並べられており、出かけたい時に、用事の内容に合わせてすぐに出かけられる仕組みだ。
「これは素晴らしいですね」
思わず兄さまが漏らした言葉に、ケアリーの町長は嬉しそうに胸を張った。
「ここケアリーは、ウェスター中部の商業の中心地ですからな。早い対応が求められることも多いんですよ。先ほどのように」
ハンスいわく、私兵がやってきたのも速かったが、町長自身がすぐにやってこれたのも、このように竜や竜車が用意済みで屋敷のすぐそばにあったからなのだろう。
「後でここの造りを見学させてもらいたいのですが」
「もちろん、かまいませんとも」
兄さまが興味を持ったのが嬉しいのか、町長はご機嫌である。
その後、屋敷に案内されたら、シーベルで会った息子のカークもいて、その隣にはお母様らしき人が立っていた。二人ともにこやかな笑みを浮かべている。
私はニコの手をつかむと、たたっと走り出して、二人の前で止まった。息子は顔見知りだが、その隣の人は、口元や目元に年相応のしわはあるものの美しく、急な客が来ても慌てないくらいきちんとした身なりの人だった。私は思わずこう言った。
「きれい」
「まあ。なんとおかわいらしいことでしょう。お二人とも、こんなに小さいのに、旅はつらくなかったかしら」
「だいじょうぶ」
「なんということはない」
私が手を伸ばすと、子どもに慣れているのか、自然に私を抱き上げてくれた。世のお母様はすべて私のお母様のようなものだ。
「母さん、前にお話ししたのを覚えてる? この方が私を助けてくれた、リーリア様だよ」
カークは母親に私を会わせるのが嬉しいようで、言葉が弾んでいた。カークのお母様はまあと言って唇を震わせた。
「その節は息子が本当にお世話になりました。本当にひどい怪我で、命さえ危ぶまれたほどでした」
「このあいだ、ちゃんとおれい、いってもらった」
抱っこされながら言うのもおかしなことではあるが、そうして私たちは挨拶を交わした。
「それから後になってしまいましたが、この方がキングダムの王子、ニコラス殿下です」
お母様は私をそっと下ろすと、ニコに淑女の礼を取った。
「かまわぬ。せわになる」
ニコも抱っこしてもらうのかと思ったが、手も伸ばさず、普通に挨拶を受けていた。そういえば、ウェスターでも城では誰にも抱っこされていなかった。私より先に、幼児から一歩抜け出してしまったのかもしれないと思うと、少し寂しい。
「カーク、イルメリダ。金の殿下と淡紫の姫だ。失礼のないようにな」
町長の言葉に、イルメリダと呼ばれた女性はかわいらしく口を尖らせ、すかさず言い返した。
「あなたが一番失礼だったと聞きましたわ」
「参ったな」
それで起きた笑い声がきっかけでいっそう和やかな雰囲気になり、すぐに部屋が用意されると、歓迎のお茶会が開かれ、落ち着いたところでお屋敷を隅々まで案内された。
よほど自分の屋敷が自慢なようだ。
「せっかくいらしたのですから、明日は町の側の観光地の見学などどうですか? 街の南に小さいですが湖がありましてな。あるいは町の見学をするなら、そちらも案内いたしますぞ」
時折、失礼な言動が顔をのぞかせることもあったが、突然訪問したにも関わらず、思いもかけず歓迎され、至れり尽くせりの対応をしてもらった。
前に海辺の町で会った時とも、シーベルで会った時とも、まったく印象が違って戸惑うくらいだった。
カルロス王子とケアリーの町長はどうやら話も合うようで、いったん部屋の割り振りをした後、お茶に招かれてからも和やかに話を続けていてとても助かる。
しかし、最初こそ失礼だったが、この和やかな様子や、なんの迷いもなく屋敷に私たちを入れたということは、シーベルを襲わせた犯人ではありえないのではないかという気もする。
迷惑そうではあっても、なんの後ろめたさも罪悪感もケアリーの町長からは伝わってこないからだ。
『転生幼女はあきらめない』8巻、1月14日発売です。
発売まで一日おきに更新です。
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