許可
転生幼女はあきらめない
書籍8巻、1月14日発売です!
そして兄さまが何か言おうとした瞬間、今まで黙って聞いていたバートが片手を上げてそれを止めた。
「じゃあ、五つ目の理由は俺が作るよ」
今度はバートに視線が集まった。
「俺たちも付いていくつもりだ」
アリスターがはっと顔を上げたので、バートは焦って言い直した。
「すまん、俺が勝手に考えていたことで、まだミルたちにも相談してなかったんだが。もちろん、アリスターにもな」
「ほんとだよ。あー、びっくりした」
ミルが隣でニヤニヤと突っ込んでいる。予想はついていたということなのかもしれない。
「もともとケアリーには、この間の事件の調査に行こうという話にはなっていたんだ。その」
バートは私のほうを向いた。
「こないだキングダムに行ったあたりから、俺たちはヒューの親衛隊、つまりヒューの頼みを臨機応変に請け負うみたいな仕事をしているんだ。もちろん本業はハンターだけど、夜、自由に動くことができる俺たちはけっこう重宝がられてる」
もともとバートたちは、ハンターができなくなったらそれぞれ魔道具の仕事や大工、それに調理の仕事などをして生計を立てるつもりだとは知っていた。つまり、ハンターは生業ではあり真面目にやってはいるが、それにこだわっているというわけではないということだ。他に興味のある仕事があれば、それをやることにためらいはないのだろう。
「今回もし、カルロス殿下がトレントフォースに行くとなれば、ウェスターの国境を出るまで、あるいはファーランドの領都までは護衛として付いて行こうかと思っているんだ」
「そんな壮大な計画を立てていたとは知らなかったぜえ」
ミルが今度は本当に驚いたという顔をした。キャロもクライドも同じだ。
「すまん。もしそうなったらさ」
「もちろん、行く」
すかさず答えたのはクライドで、キャロもミルも頷いている。
「アリスター」
「もちろんだ。トレントフォースに寄れるなら、言うことないし」
積み木を積んで私たちと遊んでくれていても、しっかりとした声で答えたアリスターは、責任感のある大人という感じでかっこよかった。
「これでは私だけがわがままを言っている子どもみたいではありませんか。本当は私の言っていることが一番正しい、大人の対応だというのに」
兄さまがぶつぶつと文句を言っているが、その顔は明るい。何かを吹っ切ったようだ。
「じゃあ、聞くぞ」
ギルが兄さまのほうに体を向けた。
「ルーク、カルロス殿下に付いていって、ケアリー経由で帰らないか」
「そうしたいです」
「よし!」
ギルは両手を胸の前でぐっと握った。
「細かいことは後で考える。ケアリー行き、決定だ」
もともとは、ニコと一緒のシーベルまでの旅だったはずだった。
「明日の朝、城に連絡を取るよ。俺たちの希望も一緒に聞いておいてもらおう」
結果がどうなるかわからないけれど、もしかしたら長い旅になるかもしれない。
お父様が嘆くだろうけれど、もう少し旅を楽しもうと思う私だった。
いったんは持ち帰り、王様と第一王子に検討してもらって、性急なようだが次の日、つまり今日の午前中に結果を出してもらうことになっていたカルロス王子の案件は、午後に延期された。
なぜかというと、私たちキングダムが余計な案件を放り込んだからだ。
ファーランド側のわがままを聞くだけでもてんやわんやなのに、大変申し訳ないことである。
そして昼食の後、私たちは昨日と同じ部屋に集められた。
ヒューと一緒に、こういう時いつも身軽にやってくるギルバート王子もいる。
まるで何かの沙汰を待つかのように神妙な私たちを見渡して、ギルバート王子はフッと笑みをこぼした。
「カルロス殿、トレントフォース回りでファーランドに戻りたいという希望だったな」
「はい。難しいことだとはわかっていますが、ぜひお願いしたく」
「きのう弟から聞いてひっくり返りそうになったぞ。ハハハ」
笑い事ではないのだが、豪快に笑ったギルバート王子はそのまま私たちのほうに目をやった。
「いちおう昨日結論は出たのだが、今朝になって、リスバーン殿から、キングダム一行もケアリー経由で帰りたいと新たに要望が出たのでな。また検討し直すことになり、時間がかかってしまったというわけだ」
「キングダムの一行。ニコラス殿とリアがいるのにですか」
カルロス王子がそう反応した後、うかがうように見たのはなぜか兄さまだったが、兄さまはまったく反応を返さなかった。
カルロス王子は、真面目なオールバンスが計画の変更を許すのかと言いたいのだろう。だが、兄さまは答える義務はないという態度だ。
カルロス王子はその次に私に目を移した。
私もつーんとおすましである。
だが、ファーランド側のジャスパーの目が面白がってきらめいていたので、ジャスパーにだけこっそりニコリとして見せた。
「昨日ヒューバートが説明したように、現在様々な事情があって、人手が足りぬ状況なので、正直なところ少し困る案件だった」
困ったということは、駄目なのだろう。覚悟していたので、がっかりした顔はしない。
「だが」
その言葉にピクリと体が跳ねそうになったが、我慢である。しかし、カルロス王子は素直に期待を目に浮かべていた。
「まずカルロス殿。条件を二つ飲めば、そなたの要望を認めよう」
カルロス王子の喉がごくりと動いた。
「なんでしょうか。私がかなえられることなら、なんなりと」
「うむ。それでは、一つ目。ファーランドの領都まで、ヒューバートを同行させてほしい」
これは意外だった。どんなに行きたくても、ヒューは責務があればそれを我慢する人だからだ。
皆そう思ったようで、戸惑いの空気が流れている。
だが、いい手でもあると私は感心した。ウェスターを案内する代わりに、ファーランドも見せてもらうという、等価交換である。
「これはヒューバートが自分から言い出したことではない。だが、同じ年頃の王子が経験を積もうとしているのを、横目で見ているだけなど、我慢できることではあるまいよ」
ギルバート王子は自分で答えを用意していて、優しい顔で笑った。
「オールバンスとリスバーンのおかげで、結界箱の運用は余裕をもってできるようになった。それなら、第二王子を一時手元から羽ばたかせ、経験を積んでもらうのもウェスターにとって悪いことではあるまい」
そしてヒューのほうに目を向けた。
「私の代わりに、見聞を深めてきておくれ」
「カルロス殿が受け入れてくださるならば、もちろん」
かっこいい返事である。そして確かにまだ受け入れるかの答えは聞いていない。
「一つ目の条件、しかと受け入れます」
こちらもかっこいい返事が来た。
「感謝する、カルロス」
「こちらこそだ。楽しみだな、ヒューよ」
ここに仲良し王子が誕生したと、私は微笑ましく見守った。
「うむ。それでは二つ目の条件だが」
再び緊張した雰囲気が戻ってきた。
「シーベルから西回りにウェスターを見て回ろうとすると、どうしても海岸寄りを回ることになる。以前、アリスターとリアがトレントフォースからやって来た道を逆に辿るということだな」
私と、それから端っこに控えていたアリスターは大きく頷いた。
「だが、今回は海を目指さず、ケアリー経由で進んでほしい。もちろん、キングダム一行を連れてだ」
これで私たちの希望もすんなりと通ったことになる。
ファーランドとキングダムの一行がそれぞれウェスターを旅したいという難しい案件が、第二王子のヒューが入っただけでとても簡単に思えてくるから不思議だ。
「そして、ケアリーではさんざんわがままをしてきてほしい。少し困らせるくらいでいい。その間に、手の者がケアリーの様子も探る予定だ」
なんということか、カルロス王子のわがままで、いろいろな案件が一度に、しかもスムーズに動くことになってしまった。
「二つ目の条件も、受け入れます。感謝の念に堪えません」
カルロス王子は頭を下げた。
「よいよい。ここから本国に使者を出して、追加の警護の者とはケアリーで合流するようにすればよいのではないか。そうすれば少しでも早く出発できるだろう」
「ありがたい提案です。さっそくそうさせていただきます」
リコシェがうやうやしく答えた。
「キングダム一行も、それでよいか」
「ありがとうございます。十分以上です」
「では、それぞれ準備にかかるといい」
ギルバート王子はニコニコと部屋から出て行った。
残された私たちには、緊張が抜けて、ほっとした空気が漂った。
「やあ、これでもう少し旅を続けられることになったな」
「この遠慮のないところがカルロスのいいところでもあるからな。今回はいいほうに転がってよかった」
カルロス王子とリコシェの普段の様子が垣間見られる会話だった。
「それに、ヒューに我が国を見せられると思うと嬉しいよ」
「兄上に相談した時は、まさかこういう結果になるとは思いもしなかった」
ヒューが静かに感動している。
「行ってもいいのだな、私は」
「うん。いい」
私はいばって許可を出した。王子様はみんな、控えめすぎる。カルロス殿下を除いては。いいと言われたのだから、いいのである。
ヒューが部屋の隅に控えていたバートたちのほうを指し示した。
「最初から最後まで私たちに同行するのは、アリスター・リスバーンと、バート、ミル、キャロ、クライドだ。既に顔見知りだとは思うが、トレントフォース出身のハンターで、第二王子付きの仕事をしてもらっている」
「よろしくなあ」
よっと片手を上げるミルは、本当にいつも自然体である。
「旅は慣れてる。ハンターだから、虚族は任せてもらっていい」
バートのさりげない挨拶には自信がこもっていて、王子付きだけど、自分の判断で行動できるということがちゃんと伝わってくる。私にとっても一歳から三歳までの成長は大きかったが、バートたちにとっても大きかったようだ。こうやってよく見ると、体もなんとなく大きくなっているし、この状況の中でもまったく委縮せず、のびやかに自信ありげに立っている。
「かっこいい」
思わずつぶやいた私を兄さまがぎゅっと抱きしめたので私は、くふふっと笑った。
「にいさまがいちばんよ」
「それならいいです」
兄さまに、やっと笑顔が戻った。
書籍の発売を控え、更新頻度を上げます。
とりあえず水曜日あたり更新できると思います!




