カルロス王子、本領発揮する
「母上にか。なにをよろこぶだろう」
父上には買わないのかと言いたいが、ニコが困ったような楽しそうな顔をしているので、私はドリーに聞いてみた。
「おかあさまがよろこぶもの、どれ? リア、しらないから」
「まあ」
その瞬間、私に母親がいないということを思い出した面々が悲しそうな顔をする。つい余計なことまで言ってしまった。
「リアはおとうさまのぶん、かう」
これで雰囲気が和んでよかった。ドリーが私の質問を一生懸命考えているが、予想外の方向で答えをくれた。
「ニコラス殿下のお母様と言ったら、キングダムの王太子妃ではありませんか。それなら特別な工房にご案内しないと」
焦るドリーに、ニコがポケットからごそごそと何かを出した。
「父上からこづかいをもらっている。これでかえるものがいい」
「金貨一枚、ですか」
ランおじさまらしい、面倒くさがりのお小遣いである。悩むドリーに私は提案してみた。
「しょみんのもの、かわいいもの、シーベルらしいものがいいとおもう」
どうせウェスターから、高価な土産は持たされるのだ。私たちは自分で選んだお土産を買えばいい。それに、王妃ならそもそも持っているものは最高級品だろうから、珍しい、庶民のもののほうが喜ばれる気がする。
「まいにちつかえるもの。ハンカチ、カップ、せっけん」
私は思いつくままに上げていった。ニコが情報を付け足す。
「母上はいいにおいのものがすきだ」
「こうすい、ハーブ、くだもの、ほしたくだもの、クッキー」
「どんどんたべものになっていくぞ」
三歳児のお腹は正直なのである。
「そうですね。クレスト産のレースを使ったハンカチなどは、高価ですが庶民にも手が届きますし、ユーリアス山脈に生える香草はさわやかな香りで布に包んで枕の下に入れる人もいますから、それらなどどうでしょう。金貨一枚でもずいぶんお釣りがきますよ」
「おお、それならあまった分で父上とおじ上にも、なにかかえるな」
余ったら買うのでいいんだ、と誰もが思ったことだろう。
私たちは店に案内してもらいながら慎重にハンカチを吟味し、ハーブの匂いを嗅いでくしゃみをしたりしながら、町歩きを楽しんだ。
よく考えたら、屋台以外のところで自分で何かを選んだことはないので、とても楽しく過ごすことができた。
その日の夕方から夜は、アリスターのお屋敷でニコと一緒に結界が張られる気配を感じながら過ごした。アリスターやバートたちは警備のため、夜遅くまで頑張るようだったし、兄さまもギルも、ウェスターの王族の人たちと行動を共にしている。
「ウェスターの地にて王子殿下と相まみえるとは……」
とセバスが感動しているが、あんまり当たり前に一緒にいすぎて、ついニコの価値を忘れてしまう私である。
「きょぞくを見るきょかがでるといいな」
「そうね」
そんな私たちの会話を聞いたセバスはがっくりとうなだれ、
「さすがリア様のお仲間でございます。キングダムの未来は明るい気がいたします」
とつぶやいていた。もちろん、明るいに決まっている。
だが、次の日にはのんきに虚族を見たいと言っている場合ではなくなっていた。
「トレントフォース経由で帰りたい? カルロス、お前、正気か?」
「もちろんだとも」
これである。
「警備の手間がどれだけかかると思う。しかも、トレントフォースに向かうまで、うちの領地を横断することになるんだぞ。他国の王族にそうそう見せられるものかよ」
カルロス王子があんまりなことを言うものだから、ヒューの口調が乱暴になってしまっているではないか。それも面白いが。
「なぜだ。ヒューバート殿がうちに来たら、私が隅から隅まで案内するが」
「ファーランドの国元の苦労がしのばれる」
ヒューが両目を隠すように手を当てて天を仰いでいる。ファーランド一行が行きと同じ経路で戻るなら、すぐそこの国境まで見送っておしまいだ。
だが、トレントフォース経由となると、ヒューの言う通り文字通り国を横断することになる。あちこちの町に寄り、時には野営もし、それを他国の王族を連れ、もしかしているかもしれない盗賊や虚族から守りながら進む。
私たちが襲われた、あの狭い道も通ることになるのだ。
「いいか、カルロス」
おや、とうとう完全に殿が取れてしまったぞと私は目をきらめかせた。
「ウェスターとファーランドは、キングダムを間に挟むためほとんど交流がない。それどころか、お互い魔石やラグ竜、それに農産物などをキングダムとやり取りする、いわばライバルでもあるんだぞ。その内情を軽々に明らかにすると思うか」
イライラと理を説くヒューだが、私はおかしいなと思い始めた。
だって、駄目だと一言言えばいいだけのことではないか。
「しかも、シーベルは結界を張り始めたばかり。ラグ竜に邪魔されるという事件はあったとはいえ、それでも大成功だった。だが、まだ最初の一回目だ。これを週末ごとにやるとなれば、これからどれだけ手間がかかるかわかるか」
ヒューがこんなにしゃべっているのは初めて見たかもしれない。
「それに、そのラグ竜の事件もある。捜査するのにどれだけ人手があっても足りぬのだ」
ここまで一気に話すと、ふうっと大きく息を吐いて、カルロス王子の肩にポンと手をのせた。
「カルロス、気持ちはわかる。一度国に帰ったら、こんな機会は二度とないかもしれないからな」
その寂しそうな声に、私は面白がってきた気持ちがシュンと消え去ったのを感じた。
初めて会った時から、シーベルに連れてこられるまでの間ずっと、ヒューは第二王子としての責務を重く受け止めていた。だからアリスターにも、ウェスターの住人としての責務を求めたのだ。
そして今も第二王子として、王様と第一王子の手足となり、たった今吐き出した分の責務を背負い、頑張っている。
本当はもっと自由にいろいろなことがしたかったのではないか。イースターの件があったとはいえ、キングダムに行ったことをきっかけに、もっとあちこち行きたい気持ちになっているのを我慢しているのではないのか。
ニコもギルも兄さまも、キングダムを出てはいけないという不文律に縛られている。私がさらわれたことをきっかけに、こうしてウェスターに来るようになったけれども、王族も四侯もとても不自由でもある。
だが、それはキングダムだけでなく。ウェスターでもファーランドの王族も同じこと。むしろ、二つの国は間にキングダムがあることで、いっそう国の外に出にくくなっていたのかもしれない。
「その通りだ、ヒューバート殿。いや、リアと同じように、ヒューと呼んでもいいか」
なぜそこで私の名前を利用するのだ。
「かまわない。やはりそうだったか」
ほぼ同じ年の王子二人。割と気安い態度を取っていると思っていたが、気が合うのだろう。同じ年と言えば、アルバート王子もそうなので、三人いたら、さぞかし気が合ったことだろうと思う。
いや、面倒な人が一人増えるだけかもしれない。
「私がわがままを言っているのはわかっている。私になにかあった時に、ウェスターに迷惑がかかることも。だが、これは単なるわがままではない」
なぜそこで私のほうをすまなそうな顔で見るのか。
「おそらく、これから先ウェスターに来ることは二度とないだろう。シーベルまで行ったのだと、それだけで満足すべきなのかもしれない。だが、私はキングダムの領内を通ってきて、やはりファーランドとは違うことに感銘を受けた」
感銘を受けているようには見えなかった。むしろ退屈そうにしていたように思う私である。
「ファーランドと同じように虚族のいる国、ウェスターはいったいどうなのか。この機会に、少しでも見聞を広げたい」
とてもまともなことを言っているが、大丈夫なのか。私はリコシェのほうに目をやった。
いつもはうちの王子が申し訳ないという顔をしているリコシェが、なんと、平然としているではないか。つまり、リコシェの説得は済んでいるということだ。
ではジャスパーはどうか。
真面目な顔だが、ほんの少し微笑みが浮かんでいる。ということは、ジャスパーにも、カルロス王子のわがままに付き合う覚悟ができているということなのだろう。
「勿論、本国には急ぎ使者を出し、許可を取ったうえで警護のものを派遣してもらおうと思う。なるべくウェスターには迷惑をかけないようにする」
なるべく迷惑をかけないようにするなどという殊勝な言葉を聞けるとは思わなかった私は驚いたが、この場を収めたのはギルだった。
「カルロス殿下、ヒューバート殿下、話が話だけに、この場で決められるものではありません。少なくとも、陛下と王太子殿下に相談すべきかと」
私たちキングダム側は、行きはファーランドと一緒だったが、そもそも帰りは別々である。ファーランド側がそうしたいのであれば、後はウェスター側と相談してくれればいいという立場であった。そのキングダム側のギルの冷静な一言で、この案件は断るにしても一旦は持ち帰りということになった。
このところ姿を見ないユベールは、城の結界箱の調整を続けている。ラグ竜に跳ね飛ばされた結界箱も、箱のゆがみさえ調整すれば問題ないとのことだが、もう数日時間がほしいとのことだった。
その間私とニコは、兄さまたちの日中の結界箱の調整があればそれに付き合い、夜の調整ではお留守番と、王都にいるよりは活発に過ごすことになる。
そういうわけで、カルロス王子の思いがけない話を聞いた日は、昼は結界箱の実験にユーリアス山脈のふもとで草原を走り回り、夜はニコも連れて、キングダム側としてアリスターの屋敷に全員集まった。ニコが泊まりに来ている分、外の警備はかなり厳重である。
「カルロス殿下がとんでもないことを言い出しましたが、ここで確実に別れられると思うと本当に助かります。帰りも一緒にと言われたらどうしようかと思いました」
「ゴホンゴホン」
兄さまの正直な気持ちを聞いて私はもっともだと思ったが、なぜかギルが焦ったように咳きこんでいる。
「私たちは、ユベールの調整が済んだらすぐに戻りましょう」
「それなんだがな」
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