一瞬も迷わない私
「ただ、あの状況から助かったのは、リーリア様とお仲間のハンター一行のおかげだったということは、後から見舞いにきたハンターたちに聞かされました。リーリア様が淡紫の瞳だったことも、アリスター様が夏青の瞳だったことも」
見舞いのハンターに聞かされなかったなら、誰に助けられたのかは知らなかったんだなあとちょっとあきれてしまった。
「ハンター、やめた?」
「はい」
ケアリーの息子は深々と頷いた。
「命がかかっていることを理解せず、冷静な判断が下せない者がハンターを続けていけるわけがありません。大事な仲間を私のせいで失ったことは、一生背負うつもりです。今、私にできることは、父の後を継いで、仲間たちが残した家族のいるケアリーを大切に守っていくことだと思っています」
「えらい!」
私はパチパチと拍手した。やんちゃでわがままだっただろうあの時のハンターが、よくここまで成長したものだ。
「でも、ケアリーは大きすぎて、父が何をやっているのかまださっぱりわからなくて。うろうろついて回るので精一杯です」
自分が頑張っていると自分で認めるには、犠牲が大きすぎたのだろう。その瞳には暗い影が残っていた。
「リア、すこしずつでいいとおもう」
「はい。はい。ところで、私を助けてくれたアリスター様や仲間の皆さんがシーベルにいると聞いたのですが、もしかしてリーリア様」
私の言葉を噛みしめるように二回うなずいたカークは、どうやら恩人であるバートたちに会えるのを楽しみにしてきたようだ。
だがそんな息子に、少しいらいらした様子のケアリーの町長が声をかけたそうにしている。この町長こそ私に直接礼を言うべきなのだが、そんな様子もなくて、何か焦っているようだ。やっぱり印象はよくない。
こちらからは一言も声をかけてやるまいとプイと横を向いた私の目に映ったのは、ひな壇を駆け上がってくるハンスだった。
「リア様! ルーク様! 伏せてください!」
そう言われても椅子に座っている私はとっさには動けない。私を左手ですくいあげるように抱えたハンスは、そのまま右手でニコも抱えると、椅子の足元に伏せさせた。にわか作りの木の土台に布をかぶせただけのひな壇は、ハンスが駆け上がった勢いで少し揺れていた。
「ちがう? ずっとゆれてる……」
「警備は何をしていた!」
叫ぶハンスの向いている方角から、ドッドッという、聞き慣れた足音が近づいてくる。
草原で聞くなら懐かしい音で済む。大量のラグ竜が駆けていく音だ。
「ラグりゅうのおと! まちなのに! ひとが! にげさせないと!」
「さすがリア様だ。だが、もう間に合わねえ」
ハンスに伏せさせられた私から見えるのは、自分の周りとひな壇に置いてある結界箱くらいだ。
ハンスが私たちを伏せさせたからか、兄さまたちも王様も、皆身を低くして西側から走ってくるラグ竜の群れを見ているようだ。
「誰も竜に乗っていません。野生の群れなのか? いや、鞍が付いている竜がいる!」
兄さまのつぶやきが途切れ、代わりに心配するギルの声が聞こえた。
「ルーク、大丈夫か! 耳がどうかしたか?」
「いえ、ただ……。声が聞こえて……。いたい? つらい?」
痛い! 痛いんだ! 誰か止めてくれ!
頭に声が響く。兄さまに聞こえていたのはラグ竜の声だ。私は兄さまの代わりに大きな声で叫んだ。
「ラグりゅうが! いたいって!」
「なんだって? あいつら、怪我をしているのか?」
ドッドッという足音は、もう間近に来ていたが、ひな壇の上にいる私たちも、下にいた警護の者たちもどうすることもできなかった。もし竜の前に飛び出せば跳ね飛ばされて終わりだ。そうでなくても、竜がひな壇にぶつかって段が崩れたら、そして竜の暴走に巻き込まれたら、怪我どころでは済まされないだろう。
しかし、救いは東から来た。
「ひゃっほう!」
こんな時に場違いに愉快な叫び声と共に、こちらからもラグ竜の足音が聞こえる。
「ミルだ! バート! アリスター!」
バートたちが竜を引き連れて反対側からやって来たに違いない。
「無謀だ! そのまま突っ込んだら竜の群れと衝突しちまう!」
ハンスの叫び声に、私は喜んでいる場合ではないと気づき、ひたすら皆の無事を祈った。
「嘘だろ……」
竜がそのまま進んでいればひな壇をも跳ね飛ばしていたはずだ。しかし、その衝撃は来ず、その代わり、私がそこを見つめるしかできなかった結界箱が跳ね飛ばされ、ラグ竜が駆け抜けていくのが見えた。
跳ね飛ばされた結界箱は竜の群れの中に消え、そして結界が消えた。
既にあたりは夜の闇にのまれている。
私は一瞬も迷わなかった。ニコもだ。
「けっかい」
「けっかいだな」
そうして私とニコが張った結界は共鳴して、町に近づこうとした虚族をすべて跳ね飛ばしたはずだ。おそらくキングダムまで届いたのではないだろうか。
「予備として私とギルが控えます。リア、ニコ殿下、少し持ちこたえてください」
兄さまの落ち着いた声に少し緊張がほどける気がした。自分のやっていることを正確に理解し、支えてくれている人がいることが、どんなに心強いことか。
やがて西から来たラグ竜の群れは東へと去り、代わりに東からやってきた竜がひな壇の前に止まった。
「リア! 大丈夫か!」
「そこは少なくとも王族の安否を問うべきではないか」
私を心配するバートに対する苦笑交じりのヒューの声が聞こえたが、冗談が言えるということは、危機は去ったということかと私はほっとした。だが、ヒューの声にかぶせるように、兄さまが大きな声を出した。
「ヒューバート殿! すぐに予備の発動を!」
バートにのんびり返事をしている場合ではないのだ。たまたま私とニコが結界を張っているが、そうでなければ今すぐにでも虚族が入り込んでくる可能性があるのだから。
「承知した!」
一瞬の間の後、叫び返してひな壇からヒューが駆け下りる音がした。ヒューが年下の指示に従いたくないとかいう偏屈な人でなくて助かった。そして私とニコはひな壇に伏せたままである。周りの様子は気になるが、起き上がった拍子に結界が切れてはいけないと思うからだ。
私たちの緊張が伝わったのか、ヒューが城に向かってから少しの間、誰もしゃべらず動かないという状態が続いた。
しばらくして、キーンと、おなじみの感覚が胸に響く。
「リア、ニコ殿下、もう大丈夫です」
兄さまの声に安心して、私が、そしてニコが、順番に張った結界をほどいていく。それから、ゆっくりと起き上がってちょんと座ると、周りを見た。そしてできるだけ大きくて、自信がありそうな声を出すことにする。本当は胸がドキドキしているのだが、皆を心配させてはいけない。
「リア、だいじょうぶ」
「わたしもだ」
途端に時が動き出した。
ちょっと更新を忘れていて、一週あいてしまいましたが、しばらくはストックありますので、来週からまた毎週更新できると思います!
『転生幼女』コミカライズ5巻は12月14日発売だそうです!
書籍のほうはただいま準備中です。




