お宅訪問
そして久しぶりに会う王様や第一王子のギルバートに挨拶をして城に一泊した後は、お待ちかねのアリスターのお屋敷への滞在許可が出た。
「ほら、リアは俺に」
バートが伸ばしてくれた手に素直に両手を広げると、よっと勢いをつけて抱き上げてくれた。
「りゅうしゃはどこ?」
いつもお城と家を行き来するときは竜車だし、王城に近いギルのところに行くときも竜車に乗る私はあたりをきょろきょろと見渡した。そもそも王都では、門から屋敷の間でさえ広すぎて、竜車がなければ私の足で歩いていては日が暮れてしまうからだ。
「ひっさびさにリアがお嬢様だってこと思い出したよ。移動は基本、竜車か」
キャロが額に手を当てて、首を左右に振っている。
「そんなに広くないし、本当に城のすぐ近くなんだ。城からも警護の者が付くし、歩いたほうがいいだろ」
「うん!」
バートの言葉に元気に頷くと、私はバートから降りてすたすたと歩き始めた。兄さまも並んで歩いているのだが、誰かの家に行くのに竜でも竜車でもないというのは落ち着かないようで、いつもより、すこし挙動不審な感じがする。そんな兄さまと私の後ろを、ユベールがのんきな顔で付いてくる。庶民の暮らしをしているから、歩き慣れているのだろう。
ちなみにギルはいない。ニコと一緒に城にとどまっている。到着してすぐに、王族であるニコを城下に連れ出すわけにはいかないし、一人で城に置いていくのも寂しすぎるという理由からだ。
アリスターががっかりしていたが、ギルは、数日後、ニコがシーベルのお城に慣れたら、あるいは一緒に来られるようになったら泊まりに来るから、と言って慰めていた。もちろんアリスターは、
「別に、がっかりなんてしてない」
と意地を張っていた。仲がいいのは微笑ましい。
歩き始めてみれば、確かにバートの言う通り、城の門を出て、右に曲がって五分ほどもすればもう、アリスターたちのおうちだった。
特に門番もいない屋敷の門をくぐると、着いてきた護衛のうち二人がそのまま門のところにとどまり、数人が敷地内に散っていった。四侯ともなれば、友だちのところに行くにしても気軽ではないのは仕方がない。
しかし、建物はトレントフォースの町長の屋敷よりわずかに大きいくらいで、敷地も塀に囲まれてはいてもそれほど広くない。そのうえこれだけ警護の者がいれば、忍び込むのも容易ではないだろうと私は一人頷いた。
「ええと、居心地のよさそうな家ですね」
珍しく兄さまが言葉を詰まらせた。
「リアみたいに、小さいってはっきり言っていいんだぜえ」
ミルがニヤニヤと私のほうを見た。
「それは、ちょうちょうなのに、っておもったからだもん」
そんな昔のことを言われても困る。兄さまは困ったような顔をすると、言い訳した。
「いえ、ただ私も経験が浅く、招かれて行くのは、四侯の屋敷か城しかありませんでしたので。その、とても手が行き届いていそうな家だなと」
言い訳で墓穴を掘るとはこのことだと思い、私は思わずニヤリとしてしまった。そして、私と同じように感じる兄さまがますます好きになった。
その時、屋敷のドアが勝手に開いた。
「なかなか中にお入りにならないから、待ちくたびれて出てきてしまいましたよ。アリスター様、お客人を外に放りっぱなしはいかがなものかと」
待ちくたびれて外に出てきてしまう執事もどうなのかと思わず突っ込みそうになったが、その前に私は走り出していた。
「セバス!」
「リア様!」
セバスは私を受け止めると、高々と持ち上げて微笑んだ。
「あんまり大きくなりすぎて、もうすぐ持ち上げることができなくなりそうですよ、リア様」
「リア、ごはんもりもりたべて、たくさんおひるねしてる」
「正しい幼児生活でございます。さすがはリア様。それにこんなにはきはきとお話されるようになって、本当に素晴らしい」
セバスは褒めるだけ褒めると、そっと私を地面に下ろした。
「セバス、げんきだった?」
「もちろんですとも。お世話をする方が五人もいますからね。具合が悪くなっている場合ではありませんから」
「よかった。あのね、あのね」
セバスに話したいことがたくさんあったが、私は自分だけがセバスと話していることにやっと気が付いた。
「にいさま、セバス! セバス!」
「ええ、わかっていますよ」
兄さまは私に微笑むと、そのまま目を上げてセバスのほうを見た。ほんの少しだけ泣きそうな顔をするとセバスにも微笑んで見せた。
「元気そうだね、セバス」
「ルーク様も、ご立派になられて」
私の時とは違って、セバスが目に涙を浮かべんばかりに感動しているのが納得がいかない。
「次期当主としての並々ならぬ覚悟がうかがえます。さすがでございます」
「あの頃の私とは違うから。家族を、家の者を守れるように頑張っているよ」
出会ったばかりの頃に兄さまは、こんなふうにしゃべっていたなあと思い出す。これはこれでなかなかかっこいい気がする。いつから丁寧なしゃべり方になったのだったか。
「さあさあ、おうちに入りましょうね」
「うん!」
セバスと兄さまと手をつなぎ、当たり前のように家に入ろうとする私たちを、アリスターが慌てて止めた。
「いや、入ってもいいんだけどさ。いちおうそこ、今のところ俺の家だから。セバスもさー」
確かに家主を放っておいて勝手に入ろうとしてはいけなかった。
「アリスター様、申し訳ありません。主がいつまでもお客人を招き入れないものですから、つい」
「ぐっ」
まだまだセバスのほうが一枚上手のようである。
「お帰りなさいませ。そしてようこそおいでになりました」
中で待っていたのはハンナのお母さん、エレナである。覚えていた通り、ハンナと同じ青い瞳だ。その目を見ると、お屋敷でハンナと笑って過ごしていた時のことを思い出す。思い出の中のハンナはいつも笑顔だ。
「さあ、お茶がご用意してありますよ」
「おやつは?」
「もちろん、ございますとも」
ナタリーがすっと前に出てきた。
「ナタリーと申します。リーリア様のお世話係をしております。私もお手伝いいたします」
「まあ。キングダムからわざわざですか」
エレナは驚いたようだったが、貴族の子どもの旅には世話係が当たり前だと気が付き、納得したようだ。前回だって、途中からだがドリーが付いていたのだ。
「ではよろしくお願いします」
ナタリーは私に視線を寄こして大丈夫か確認した後、お手伝いに行ってしまった。
小さいとはいえお屋敷である。オールバンスのように、行ったことのない部屋があってどこがどこだかよくわからないような広さではないものの、それなりに部屋数はあったし、初めてきたお屋敷の探検をするのはとても楽しかった。とても一日では終わりそうにない。
ご飯を食べて、お風呂にも入って、兄さまと同じ部屋で一緒にくつろいでいると、ドアを叩く音がした。私と兄さまは目を見合わせ、思わず噴き出した。
「なぜでしょうね。旅に出てから毎晩のように誰かがやってくるのは」
ご苦労様なことだが、それこそ旅に出てからは、ハンスとナタリーは毎晩同じ部屋か控えの部屋にいてくれるので、ハンスが兄さまの許可を得てドアを開けてくれた。
入ってきたのは二人、一人は予想通りセバスだったが、もう一人は意外なことにハンナの母親であるエレナだった。
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