頭を使おう
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「もやもやするんだが、もやもやしすぎてどうしていいかわからないんだ」
「やれやれ」
小さな声でため息をついたのは兄さまだが、私は素直にぴょんと座席から降りた。
「ナタリー、からのませきはある?」
「いえ、残念ながらてもちがありません。ユベールならあるいは持っているかもしれませんから、確認してまいります」
「おねがい」
ナタリーがそそくさと竜車から降りると、代わりにカルロス殿下とリコシェが乗り込んできた。
「ギル、アリスターかバートが、もってるかも」
「わかった」
ギルもさっと竜車を出ていった。
「よく考えたら、からの魔石なんて手元にはなくて。タッカー伯に頼むのもためらわれて、次の町まで待たないといけないと思っていたんだが」
リコシェが困った様子である。私はため息をついて、兄さまに頼んだ。
「にいさま、そこのあかり、ください」
「わかりました」
兄さまはにこにこしながら、竜車の壁にかけられている明かりの魔道具を取り外してくれた。私はその魔道具の箱の部分をぱかっと開けた。
「ませきは、まどうぐのなか。つかいかけのませきなら、なんでもつかえる」
「お、おお……」
リコシェが戸惑いを隠せず、しかし感心したように私のほうを見た。
「やはりユベールが持っていました」
「アリスターも持っていたよ。暇なときに充填しようと思っていたって」
魔石を調達に行った二人も帰ってきたが、魔石をくれたユベールとアリスターも興味津々で竜車の入口からのぞき込んでいる。
私はカルロス殿下をじっと見つめた。この間魔石に魔力を注いだばかりだから、そのもやもやは単なるわがままではないのかと思ったからだ。だが、確かに魔力は余っているようだった。
私はふうっと大きく息を吐いてしまった
。
「まりょくがもれてる。やっぱり、くんれんひつよう」
思わず目を見開いたカルロス殿下に魔石を渡し、丁寧に言い聞かせた。
「やりかたをおもいだして。あまったまりょくをゆらゆらして、ませきにそそぐ」
「魔力を意識して、揺らす」
カルロス殿下の魔力が動き始めた。これなら大丈夫だ。
「魔石に、注ぐ」
魔石の色が濃くなると共に、カルロス殿下の魔力が落ち着いていく。殿下はほうっとため息をついた。
「リア、助かった。この二日間、ちょっと頭を使いすぎたかもしれない」
「それで魔力が貯まるんなら、カルロス殿下はもっと頭を使ったほうがいいな」
そんなことを言い出したのはアリスターで、私はちょっと慌ててしまった。アリスターは現リスバーン家から正式に認められた四侯の血筋である。つまり、ウェスターにいても今はキングダムの侯爵家のものとして扱われる。だから平民ではないのだが、それでも他国の王族にこんなに気軽に話しかけたら叱られてしまうのではないかと思ったからだ。
それに言っていることもすごく失礼だった。
だが、カルロス殿下も普通の王族ではない。
「面倒だから、あまり頭は使いたくないんだ」
これである。リコシェも無礼をとがめるも何も、主がこれではどうしようもないだろう。
「庶民なら、これ一つでいくつパンが買えることか。魔石はどこでも足りないし、魔力の充填はいつでも歓迎される。王子だから生活に困らないかもしれないけど、その魔力、もったいないよな」
アリスターは充填された魔石をカルロス殿下から受け取ると、そう言って去っていった。
「もったいないって言われた」
呆気にとられていたカルロス殿下が思わずというようにつぶやいた。
「頭を使えとも言われていましたよ」
リコシェにダメ押しされて、ついにガクリと肩を落としたカルロス殿下である。
そこにひょいとヒューが顔を出した。
「いきなり竜車を飛び出していくから、腹でも壊したかと思ったが、そうではないようだな。大丈夫か」
どうやらカルロス殿下を心配していたようだ。この二日で仲良くなったのか、だいぶ気安い言い方になっている。
「いや、魔力が落ち着かなくてな。リアに魔力をみてもらっていたんだ」
「リアに。このとぼけた、いや、なんでもない」
急いで口元を隠したが、何を言いたいかはちゃんと伝わった私は思わず半目になった。だが、次の言葉で機嫌は直った。
「すまん、もっと小さかった時の印象が抜けなくてな」
小さい頃だってとぼけてなどいない。その言い訳も失礼ではあったが、目が優しかったので許すことにする。ゴホンとごまかすように咳をしたヒューは、私とカルロス殿下の様子から状況を見て取ったようだ。そして珍しいことにアドバイスまで始めた。
「魔力が余っているなら、魔石に注げ。体内の魔力が少なくなっても、枯渇しない限り困りはしないだろう」
当たり前のことだろうというように肩をすくめた。
「それが自分の魔力を増やすことにも、コントロールすることにもつながる」
私は驚いてヒューのほうを見てしまった。ヒューの言っていることは、私がアリスターやバートたちに教えたやり方と同じことだが、一般には行われていないことだと思ったからだ。
「王族なら、キングダムでなくても当然やっていることだろう。いや、やっていると思っていたのだが」
やっていない人がここにもいる。しかも、これは本人のわがままとかではなく、そもそもファーランドそのものがやっていないということになる。
「ファーランドでは町ごと覆う結界箱など使う予定はないからな。そもそも必要ない。いや、なかった。なかったが、これからは自己鍛錬のために頑張るつもりだ」
カルロス殿下が私の機嫌をうかがう様子を見せたので、ちょっとだけ苛立ったのは内緒である。ぜんぜん嬉しくない。
「ヒューができるなら、ヒューがおしえて」
「いや、リアが教えたのなら、もう一人でできるだろう?」
面倒くさいと顔に書いてあるが、それは私も同じだ。
「さあ、カルロスどのをおしつけあっていてもしかたがなかろう。そろそろちゅうしょくにしよう」
静かなにらみ合いは、ニコの一言で解消された。
「押し付け合う……」
「プッ」
リコシェが呆然とし、ジャスパーはこっそり噴き出しているが、主の面倒はちゃんと見るべきだと思う。
午後はそれぞれ竜に乗ったり、かごに乗ったりして、これまた自由に過ごした。もっとも私はお昼寝も少ししたけれども。
そしていよいよ前回お父様と泊まった思い出の宿のある町に着いた。宿はそれほど大きくないので、王族と四侯中心の宿泊となる。しかし、そこには先客がいた。
「リーリア様、お久しぶりですわ」
「ドリー?」
姿勢よく立ち、恭しく挨拶してくれたのは懐かしい顔だった。トレントフォースからシーベルまでお世話係として付いていてくれたドリーだ。最初は対立していたが、最後には親しくなったことを思い出し、私はにっこりと微笑んだ。
「まあ、さすがリーリア様。一時お世話しただけの私を覚えていてくださるとは」
感動したのかポケットからそっとハンカチを取り出し目に当てているドリーも気になるが、私の目はその隣に立っている派手な人物に自然と引き寄せられていた。だが、目を合わせてはいけないという直感も働いていた。
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