大人組と子ども組
そのまま朝食に向かうと、ニコが待ってくれていた。
「リア、おはよう」
ニコだって昨日、兄さまに少し叱られたはずなのになぜそんなに元気なのかと少しイラっとする。やはり王族だから手加減してもらったのか。
「ニコ、おはよう」
それでも爽やかに挨拶する私、えらい。
「きのうはルークにしかられてさんざんだったが、リアはだいじょうぶだったか」
「だいじょうぶ。ありがと」
本当は大丈夫ではなくだいぶ落ち込んだ。だが、自分が叱られても私のことを心配してくれていたニコに、王族だから手加減してもらったに違いないなどと心の中で冤罪をなすりつけた自分がそんなことを言う権利はないと思ったので、やせ我慢した。
「さあ、いっしょにちょうしょくをとろう」
「ごはん!」
私はニコに招かれるように、朝食の席に着いた。どこにいても自分の屋敷のように堂々としているニコは、まさに生まれついての王子様である。
しかし、朝食の席を見渡しても、私とニコと兄さま以外は誰もいない。
「アリスターや、みんなは?」
兄様に尋ねると、兄さまはニコリと微笑んだ。
「皆もう、すませてしまいましたよ」
「ありゃ」
特に寝坊したつもりはないのだが、思った以上に外で時間を使ってしまっていたようだ。
旅の間も、昼と夜は皆と一緒だったが、朝はファーランドとキングダム一行で分かれて食べていたから、違和感はない。今日これからの予定がどうなっているかわからないが、早めに食事を済ませるに限る。私はもりもりと朝ご飯を食べ始めた。
「殿下も、リアも。そんなに急いでは喉につまります。今日、ここにもう一泊お世話になりますから、今日はのんびり遊んでも大丈夫ですよ。大人はいろいろな調整で忙しいんですけどね」
苦笑する兄さまはまだ、13歳だ。だが、きっと大人組に入っていろいろと頑張るんだろうなと思う。私はもぐもぐしていたパンをきちんと飲み込んでから口を開いた。
「にいさま、むりしないでね」
「大丈夫ですよ。ヒューバート殿下とは面識もありますし、ウェスターの方々のことはある程度理解できていますから」
にっこりと優雅に笑う兄さまだが、さすがに成長期、兄さまの前にあったたくさんのお皿は既に空になっている。そしてごくごく小さい声でそっと付け足した。
「大きな王子は大きな王子へお任せです。お守りを手分けできてなによりでした」
「にいさま……」
わざわざ大きな王子とつけたのは、ニコのことではないと言いたかったに違いない。そして小さい王子様は、誰の手も借りずにもくもくと好き嫌いなくおいしそうにご飯を食べていて、まったくお守りなど必要ないのであった。
食事が終わると、兄さまは私たちに微笑みかけた。
「今日は、領都についてからどう行動するかの打ち合わせです。旅程がゆっくりだったので、領都に着いてから結界箱を作動させるまであまり時間がありません。打ち合わせの間、リアと殿下は、好きに過ごしていていいですよ」
「わたしもいたほうがいいのではないか」
ニコがまじめな顔をして兄さまに問いかけるものだから、兄さまの顔がいっそう優しくなった。
「殿下はウェスターに着いてからが本番です。公式な行事に出たり、式典に参加したり、面倒くさいことがいっぱいになりますから、せめてそれまでは、お好きになさってください」
「うむ。ではそうさせてもらうか」
兄さまだって本当は好きにしてもいい年頃だと思うのだが、四侯の当主名代として来ている以上、そういうことはできないのだろう。私は兄さまにぎゅっと抱き着いた。
「ああ、リア。おうちにいる時みたいにほっとします。では兄さまは頑張ってきますよ。ハンス」
「はい。お任せください」
ハンスだけでなく、ニコの護衛も姿勢を正して兄さまを見送った。食堂にいたタッカー伯のメイドたちがほうっとため息をつくのが聞こえて、私はちょっと鼻が高くなった。淡い金髪はさらさらと整った顔の輪郭を際立たせ、淡い紫の瞳は優しく穏やかに輝くけれど、少年らしくきびきびとした動作とにじみ出る四侯であるという自覚が、兄さまを特別な存在として印象付けている感じだ。
「にいさま、かっこいい」
「うむ。ルークはたよりになるな」
大好きな兄さまを見送って、さて何をして遊ぼうかということになった時、バートたちがガヤガヤと食堂に入ってきた。
「おーい、リアに殿下。今日は俺たちと遊ぼうぜー」
「ミル!」
こののんきな言葉は間違いなくミルである。ニコニコしたミルとバート、それにキャロとクライドだが、アリスターがいない。
「アリスターは?」
「あー、アリスターな」
ちょっと困った顔をするキャロの前にクライドがすっと出てくると、私を抱きあげ、ゆらりと揺すった。
「はい、殿下は俺ね」
ミルが遠慮なしにニコを抱き上げたので、ニコは大喜びだが護衛がはっと息をのんだ。私は首を横に振った。
バートたちに不安を抱いていたならその対応は遅すぎる。あるいはバートたち四人組はまったく問題ないと判断しているなら、心配するそぶりは出してはいけない。
「しっかくです」
「ああ、ついにリア様の失格が出てしまった」
ニコの護衛たちが肩を落としているが、努力してもらうしかない。
「俺たちのことは護衛仲間だと思ってくれればいいさ。気にすんな」
よく考えれば二十代前半の青年が偉そうにとも思われそうだが、ハンターとして誇りをもって自活しているバートたちは誰に対しても態度が変わらず、落ち着いている。昨日の夕方共に過ごしたこともあり、ニコの護衛も自然とそれを受け入れたようだ。
「タッカー伯爵から、子ども部屋があるって聞いてきたぞ。木竜やおもちゃなんかがあるってさ」
私は思わずニコと顔を見合わせた。
「いく!」
「行く!」
「よーし、まずはそこからだな」
私とニコを抱いたクライドとミルを真ん中にして、ぞろぞろと移動が始まった。
「あ、アリスターだがな」
バートがなんでもないふりをしながら私に聞かせてくれた。
「あいつはさ、将来的にはウェスターの王族と一緒に、魔石に魔力を注ぐ役割を果たす。それはわかってるよな?」
「うん」
私は頷いた。本当はキングダムに来てほしいと思っていた。リスバーンの直系である夏青の瞳を持っているのだから、トレントフォースにいた時みたいに家族のようにではなくても、四侯の一員として、ずっといっしょに過ごしたいと心の奥では願っていた。
でも、それは無理だということも理解している。
一階の食堂から階段をのぼりながらバートがゆっくり話してくれる。子ども部屋は二階にあるようだ。
「魔石に魔力を注ぐだけなら、別に表に出なくてもいい。魔道具屋でひっそりと魔力を入れるように、城でもそういう役割に徹すればいいと、アリスターは最初は思っていたようなんだが」
それもわかる。
「だが、リアがウェスターにいた時とは状況が変わった。ウェスターはキングダムとつながりを強め、人質を取って援助を求めるような姑息なやり方をしなくても、堂々と交流を明らかにできるようになった」
「つまり、アリスターはおもてに出たほうがいいというわけか」
ニコが静かに指摘した。四歳とはいえふくふくとした幼子が、大人に抱かれながら言う言葉ではない。
「ああ、そういうことになるな、ニコラス殿下」
それを不思議とも思わない様子でバートが同意した。
「アリスターは、それでいいの?」
本人が納得しているようならいいが、圧力をかけられたり本人の義務感だけでやっていたりするのであれば、それは嫌だと私は思うのだ。
「昨日のアリスターを見たろ。なにか迷いがあったか?」
私は昨日のアリスターを思い出してみた。私たちが結界の魔道具を作り出したことに悔しさがにじんでいたけれど、そんなところも素直に見せてくれて、私に会えた嬉しさも隠さず、明るく元気だった。
「なかった」
「だろ?」
二階に上がったところでキャロが手をわさわささせて、クライドから私を受け取った。
「リアの兄ちゃんと同い年だろ。プライドとか対抗意識とか、そんなのがきっとあるんだって想像してるんだけどな、俺は」
「そこは言わないでおいてやれよ。ほいっと」
キャロの鋭い分析にバートがあきれたように突っ込み、そのままミルからニコを抱き取った。
「廊下の一番奥から数えて二番目の右の扉だ」
バートの言葉を聞いて護衛が扉を開けて中を確認する。護衛に花を持たせるバート、さすがである。




