仲直り
お待たせしました。
早春の日差しがまぶしい朝である。
私はしゃがみこんで空を眺め、それから枯れた草に触れかさかさする感触を楽しんだ後、こっそりため息をついた。
「しかられちゃった」
現在、私はウェスターに招かれた旅の途中である。兄さまやギル、それにニコだけでなく、なんの因果かファーランドの王子一行まで一緒の旅はなかなかに面倒で、やっとできた自分の時間でちょっとした実験をしただけだ。
父親にうとまれたり辺境にさらわれたり、襲撃事件に巻き込まれたりと波乱万丈の人生を送ってきた私はまだ三歳になったばかり。それなのに、無邪気におもちゃで遊んでいたら叱られるなんて、理不尽すぎる。
「しょうがないですって。結界箱なんて作ったら、そりゃ叱られますよ」
後ろからハンスの慰めにもならない声がする。
「はこにいれてないから、けっかいばこじゃないもん」
私は一応言い返してみた。
「そういうところは年相応だよな、リア様は」
「いえ、ハンスは感覚が麻痺しています。普通の三歳児はそもそもこんな言い訳をしません」
私の隣で同じようにしおれていたユベールがハンスに言い返している。ユベールは魔道具について教えてくれる私の先生で旅に同行しているが、正直なところあんまり役に立たない人だ。
それに、そんなことをハンスに反論しなくてもいいのに。
「リア様は叱られるだけですみますけれど、私なんて下手をすれば物理で首を切られそうです。ご当主に叱られても減俸か何かですむ気がしますが、ルーク様に睨まれたら王都どころか、キングダム追放ですよ、きっと。それに」
ユベールがぶつぶつと愚痴を言っている。私など一言しか言っていないというのに。
「ご当主は私のしたことなどすぐに忘れるでしょうけれど、ルーク様は執念ぶ、いえ、ずっと覚えている気がするんですよ」
執念深いと言いかけてやめたようだが、それを私に言ってどうするのか。お父様も兄さまも私の大切な家族なのに。もっとも、家族以外からオールバンスがどう見えるのかは知っているし、ユベールに意外と洞察力があることに感心もしていた私は、特にとがめるつもりはなかった。
「リア様だって、実験そのものじゃなくて、この状況下でやってしまったことを叱られてるんだってわかってるでしょうに」
「うん」
私は素直に頷き、また枯れ草をさわさわと動かした。
外国の王族一行がいる中で、キングダムでも秘匿されている結界箱の実験をしてみたのは確かに不用意だった。もちろん、私たち自身が結界を作れるということも秘密にしなければならない。
だが、結局は気づかれていないのだからいいんじゃないのかなあとも思う。
しおれている私を憐れんだのか、今度こそハンスが慰めてくれた。
「ま、ストレスをためてたのはルーク様だけじゃなかったってことだな」
「そう!」
私は大きな声を上げて立ち上がった。
「わるいのは、カルロスでんか!」
「しーっですよ、リア様」
ユベールがあたりをうかがいながらコソコソと私を止めた。
「こんなことでまた叱られたら、こんどこそ魔道具作りを止められてしまいますよ。私たちはともかく、リア様は楽しむために来たわけですから、とりあえずあの素晴らしい結界箱の発明はちょっと横に置いておきましょう」
コソコソとしている割には、言っていることはとても正しい。しかもいいとか悪いとかいう理由でないところが私の心をくすぐった。
兄さまに叱られはしたが、今回の実験は大きな成果だと思う。使ったものはニコが変質させたマールライトなので、ニコの成果とも言えるのだが、今まで半径3メートルだった携帯用の結界箱に使うマールライトを改良し、人一人分だけの結界を発生させることに成功したのだ。
小さくなったからといってなんの意味があるのかと問われても、正直言って思いつかないが、少なくともマールライトと魔石が小さくなることで携帯性を高めることができる。それに、必要な魔石が小さいことで、魔石に魔力が充填しやすくなることから、維持費もかからない。
「今までの結界箱は、とにかく魔力を充填するのが大変でしたが、リア様とニコラス殿下の工夫で、小さい魔石に可能性が出てきました。これは本当に素晴らしいことです」
横に置いておきましょうと言いながら、魔道具のこととなると口が滑らかになるユベールである。
だが、この技術には一つ大きな問題があるのだ。いや、技術そのものではなく、運用に問題があると言いたほうが正しい。
「ユベール、ひとりようのけっかいばこには、もんだいがあるの」
私は冷静に指摘した。
「問題ですか? 私には可能性しか見えないのですが」
ユベールがきょとんと私を見た。ハンスはさりげなくタッカー伯のお屋敷のほうを警戒してくれている。
「あのね、きょぞくは、ちかくでみるとすごくこわい」
「は?」
ポカンと口を開けたユベールは間抜け面を絵で描いたようだ。だがハンスは口をぎゅっと引き締めると、私のほうに一瞬強い視線を向けた。
「リア様、それは一人用の結界箱だと、虚族がすぐ近くに来るから怖いと、そういうことですか」
「そう」
私は大きく頷いた。さすが私の護衛である。
「きょぞくは、ぶきみ。けっかいのなかにこれないってわかっても、ちかくでみるとこわい。それに、けっかいにあたると、けっかいがぶるってするから、それもこわいの」
「リア様、経験があるんだな」
「うん」
ハンスには素直に言える。いつもからかってくるけれど、こういうことはちゃんと聞いてくれるとわかっているからだ。兄さまだと心配するからあまり言いたくない。期せずして三人できょろきょろとあたりをうかがってしまったのは仕方がないと思う。
ユベールは私と目を合わせようと思ったのか、しゃがみこんだ。
「リア様、私は虚族を見たことがないので、リア様がどういう経験をしたのかは正直にいってさっぱりわかりません」
正直すぎである。
「でも、怖いという気持ちだけでこの小さい結界を作る技術が無駄だとは全く思いません。絶対役に立つはずです。ハンターなど、怖くないという人もきっといるはずですし」
ユベールは私の肩を両手でポンと励ますように叩こうとして、はっとお屋敷のほうに目を向け、その手をさまよわせた。
「ポンと叩いて、何気ないふりをして立ち上がれ。今のままのほうが不審者だぞ」
ハンスのアドバイスに従って立ち上がった頃には、にこやかな兄さまがすたすたと近くまで歩いてきていた。
「朝から問題児二人がお散歩ですか」
ハンスがほっとした顔をしているのは、二人のうちに自分が入っていないと確信したからであろう。どうやら兄さまはまだ怒っている気配がする。私は心の中でため息をついた。
「え? ふたり? ニコラス殿下は出てきておりませんが」
あたりを見渡しているユベールは、天然なのか神経が太いのか。おそらく昨日、私以上に叱られたはずなのに自分が問題児だと思っていないところがすごい。
「ブッフォ」
「ププッ」
思わず噴き出したのはハンスだけではない。笑い出した私に兄さまもやっと怖い笑みをやめ、本当の笑みを浮かべてくれた。
「さあ、リア。私ももう怒ってなどいませんよ」
それは嘘だと思うが、追及すると墓穴を掘るので黙ってニコニコしておこう。
「いなくなったので心配していただけです。朝食に向かいましょう」
「はーい」
私は兄さまと手をつなぎ、屋敷のほうへ向かった。
タッカー伯の屋敷を出たらもうすぐウェスターに入る。油断せずに行こう。兄さまの手をギュッと握ると、兄さまもぎゅっと握り返してくれた。これで仲直りである。
まだ不定期かもしれませんが、頑張ります。




